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水は巡る 〜大雨によせて〜
西日本があの大雨にみまわれた2日後、私は誕生日を迎えました。
ちょうどお店も臨時休業していたので、当日は家で静かに過ごしました。

人は自分の好きな季節を選んで生まれてくる、と聞いたことがあります。
数秘術でも、人は名前と誕生日を自ら選んで生まれてくる。と考えます。

でも若い頃は、それについて懐疑的でした。
「えー、じゃあ私は梅雨が好きってことなのかなあ?」

そこまで気に留めたことはないけれど、何となく、誕生日は曇りや雨の日が多い気がします。
どっちかというと、もっとカラリと暑かったり、新緑や桜の季節や秋のほうが好きな気がするんだけど。と思ってました。

でも今は、この時期に生まれたことを納得しています。
別に蒸し暑いのが好き(笑)なわけじゃないよ。

私は恵みの雨が降ることによって、たくさんの生命が活気づく季節だから好きなのだと。

いきいきした生命エネルギーと、それを支える水の豊かな時期に惹かれて生まれたんじゃないかと思うわけです。
水が豊かだと生命もゆたか。

その豊かさを感じたくて、梅雨の時期は、地球の水の巡りを感じながら佇んでみたりすることも。

あたりまえのことですが「生命」は、そこに常に寄り添う「水」がないと生きていけません。
だけど日本みたいな水の豊かな土地にいると、すぐその事実を忘れます。

20代の頃、気温40度を超えるシルクロードを旅したとき、私はようやく水のありがたさを実感できた気がします。
砂漠で生きる人たちが、どれだけ水を大切にしているのかを感じることによって。

旅の最初の頃。3泊4日の長距離バスの休憩で降りた店で、涼をとるためカラカラのタオルを水に浸したいとお願いしたら、こころよく水を持ってきてくださって。
喜んで水に浸し、それを絞ろうとした時。
そのかたが慌てて、絞ったわずかな水を、別の洗面器で受けるのです。
それをまた畑にまいたり、別のことに使うのでしょう。
私は何も考えず、地面に滴らせるつもりでした。
「砂漠では水が大事」と頭ではわかってたけど、本当の意味ではわかってなかったんだ。と知った瞬間でした。

また、私は気軽に「水をください」とお願いしたけど、どんなに貴重なものを分けてくださいと言っていたのか。それを気前よくシェアしてくれる人々の優しさも染みわたり。

…あれ、なんでこんな話をしてるのかな?

そうそう、大雨でした。
大雨で、今なお断水など影響が残っている場所はいっぱいあって。
自宅の近隣を通るJR芸備線も、全部開通するのに1年以上かかるのではないかとのこと(橋が壊れてますからね)。

暑い中、被災された方、本当に大変で、まだまだ地域全体が渦中にあるわけですが、
私自身は直接の被害がなかったからか、この災害を自分がどんな風に受けとめているのかを少しづつ感じ始めています。

それをちょっと言葉に出して整理してみようかな、と書き始めたみたいです。なるほど。
ん〜、それでなんで、シルクロードの話なんだ?

あ、そっか。
今回の大雨によって、水の大切さと凄さがあらためて感じられたように思ったのです。
シルクロードの時みたいに。

水は生命と密接に結びついていて、人間は水と離れて生きられないけど、近くにいると河川の氾濫などで被災してしまうのは、もうずっと神代の昔から起きていることだと思う。
「治水」は人類にとってすごく大事なテーマなのだと。

おかげさまで現代では、いろんな技術が発展したおかげか、きっと奈良時代や室町時代よりは水害は少なくなっていて。
でも、いつのまにか人間がこの大いなる自然の要素を手軽にコントロールできるような気持ちになっていたのかもと思う。少なくとも私はそう。
というか、そんなこと、考えたこともなかった。
水や川はコントロールされているのが普通で当然だ、と安心しきっていたのですね。

今回、そこに気づくことができました。
自然を完全にコントロールすることなんてできるわけないのに。
そんな当たり前の事実を忘れて毎日を生きていた。
本当はこれまでもこれからも、いつ何が起きるかわからない世界に生きているのでした。

普段はどこか無意識に、人間が地球の主人公みたいに我が物顔に振る舞っているけれど、
こういう時「そうだった。地球からみたら他の動物や草木と同等の存在でしたよね、私たち」と、謙虚な気持ちにさせてもらえます。



私は時おり、地球の水の巡りを感じながら佇む時間があります。

雨音に耳をすまし、雨の香りを嗅ぎ、皮膚に沁み渡る湿度をじんわり感じていく。

そして思い出す。

水は、誕生して以来いちども地球上を出たことはない。という事を。

新しい水が宇宙のどこかからやってくることもない。

何億年もの間、ずっと同じ水が地球上を巡り巡っているのだと。

この一滴は何億年も前から存在しているのだと。

そしてその水は、何世代も命をつないでくれていて、今、私の身体にも巡っている。

その壮大な水の循環を身体に感じている時、地球と一体化している感じがする。
地球の一部である自分を感じられるような。

あの大雨も、地球を巡っているひとつの営みにすぎなくて。
ただ淡々と水は巡っていて、そこに命が寄り添っている。

私たちは水の巡りの中で存在させてもらっている。

この、当たり前の事実を、なるべく日々忘れないで生きていたいと思います。
マヤ暦新年「赤い宇宙の月の年」
あけましておめでとうございます。
昨日7月25日はマヤ暦における「時間をはずした日」でした。
そして本日、新年を迎えました。赤い宇宙の月の年。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

もう20年近く前、マヤ暦を使い始めたころは、かなりマイナーで。
でも最近はFBやツイッターなどでも「マヤ暦新年」のご挨拶をあちこちで見かけます。
ずいぶんポピュラーになって、嬉しいかぎりです。

おかげで今頃は「”時間をはずした日”なので臨時休業します」と言っても、普通にスルーしてもらえます(今年はちょうど定休日でした)。
でも雑誌のライターやってる頃は、休むの難しかったなあ。


こうやって書いてると「マヤ暦を使うとどうなるんですか?」と、よく聞かれます。

簡単に説明するときは「使ってるといろんなシンクロが起きてくるよ」と言ってます。

この暦は宇宙本来の自然な時間に沿ったカレンダーなのです。

なので本来の自分と宇宙の流れがシンクロしてくる。
この時間に馴染むにつれて、どんどん自然な流れに整えられてくる感じです。

たぶん毎年のように書いてるので(笑)、もうすこし詳しい文章も残ってます。興味のある方はブログのコンテンツ「マヤ暦」をご参照くださいね。

これまでに占猫の常連さんも、何名かの方は結構なヘビーユーザーになられてるご様子。
ときどき、どんなエキサイティングなシンクロが起きたのかをご報告くださったり。
「ねー、やっぱり不思議だけど、そうなんだよね〜」と盛り上がります。

私も最初に始めたときは、一気に人生が変わったもの。
ほんとに音を立てて「ガッコン!」と変わりました。
マヤ暦使ってなかったら、今の仕事はやってないか、あるいは何年も遅れて始めたのではないかと思います。

ちょうど新年が始まったばかりだし、興味のある方はスタートに最適なタイミングかも。
みんなでシンクロしていくと、生きやすい世の中になると思うなあ。
ちなみに、いまやマヤ暦はいろんな流派(?)があるみたいですが、個人的には「13の月の暦」が使いやすいと思います。


と、さて。
昨日、時間をはずした日は、何か特別に意識的なイベントがあれば参加しますが、
のんびりするのが好きだからか、本当に時間をはずしちゃって、何もしない年が多いです。
今回はまさに何もしませんでした。

というか「したいことしかしない」時間にしてみました。
そうすると「私ってこんな自堕落なんだ!」と笑えるほどに欲望のままでしたが、
うちのニャンコたちとおんなじくらいリラックスした時間を過ごせたように思います。

時間をはずした日は、なんせ時間からはずれてます(笑)。
なので、日常のルーチンなどから外れておくと、量子的な飛躍が起きたりするらしいです。

量子的飛躍が起きたかどうかはわかりませんが、
本日、新年の朝起きてみると、昨日までとは「別の場所」にいる感覚でした。

あれ、ちょっと違う場所に存在してる。みたいな。
自覚できる点としては、ここしばらく大雨の影響からか、どこか浮ついて落ち着かない感じがあったけど、どっしり寛いでリラックスしてる感じ。
あと、たぶん暑さとかで疲れてたんだと思う。
そういう疲れの雑味が抜けて、クリアになってる感じ。

しっくりときてる。新年に合わせて私らしくリセットされたんだな。

でも、これが一体どんな状態なのかはわからない。
それは今日からの新しい年を、赤ちゃんが一歩踏み出すように体験することで、次第にわかってくるんじゃないかと思います。
必要なシンクロが勝手にふるふると降ってきてくれるだろうしね。

赤い宇宙の月の年、はたしてどんな年になるのか。
新しい時間をワクワク旅していこうと思います。
W杯という祝祭
ついにW杯、終了しました。
すっかり満喫しました。楽しい物語を読み終えたような気持ちです。
期間中はどうしても寝不足気味でしたが、ようやく睡眠時間をしっかり確保できそう。

私、4年に一度、W杯が来ると「にわか熱心サッカーファン」になります。

いや、もちろんサッカーは昔っから好きなんですよ。
だけど、見始めると途中でやめられなくなるので、TVでやってても「んー、今は90分座ってる時間ないなあ」とかスルーしがち。
リアル観戦も、広島にいるとサンフレッチェ観に行きますが、カープと同じくらい。年に2〜3回も行けば頻繁なほうです。

でもW杯は他とは別モノ。
あんなハイクオリティな試合が、こんな短期間に濃密にこれでもか!と繰り広げられるなんて。正月と盆がいっぺんにきたような、とはこのことです。

世界最高レベルの個性あふれる選手たちが、各国の代表としてしのぎを削る。
毎回どんな試合になるのかワクワク楽しみで楽しみで。
まるでスポ根少年マンガのような(こっちが元祖だけどね)展開やストーリーに目が離せません。

今年は特に今まで以上にコミットした感じかなあ。
日本がベスト16に入ったのも盛り上がったし。
対ベルギー戦もいい試合だったものね。

やっぱり、ひたむきに諦めないで、最後まで全力で頑張ってるチームの試合は美しい。
胸を打つ。終わったあと、勝っても負けても充たされた感覚がある。

日本チームにも美しい試合を見せてもらえて、残念ではあったけど、充たされました。

決勝はクロアチアを応援してたので、こちらも残念だったけど素晴らしい試合でした。
全力で向かうクロアチアの多彩な攻撃に、サッカーの面白さを再認識。

まあ、それぞれのチームや試合の話をしてたらキリがない(笑)。そーゆーのはTVの特番などに任せて、と。

この前「W杯で寝不足気味〜」という話をしていたら、
「え、サッカーとか観るんだ。意外〜」と言われました(笑)。
これ、折にふれ結構言われます。あんまりスポーツに縁がなさそうなんだろうな。
うん、たしかに自分がスポーツするのは学生時代の部活以来、縁がありません(笑)。

でも観るのは好き。
やっぱ「サッカーの”祭典”」と言うだけあって、これは祝祭なのです。お祝い事。
世界中が、同じ時に同じ試合を、固唾を呑んで見守っているのを感じます。
世界がこの祭典でつながっている90分間。その一つ一つの物語が積み重なり、クライマックスへ祝祭と祈りが高まっていく。

もちろんいろんな考え方があって、W杯を快く思わない人もいるとは思う。
でも、こうして試合をしてる間、世界の多くの人たちが、このひとときに浸ってる。

苦しいことや、争いや、煩わしいことが世界には蔓延している。
でもこのW杯のひとときは、そういったことを脇において。
多くの人が世界中でつながっているのだと実感できる(世界同時にリアルタイムで観戦できるってスゴイよね〜)。

日本が試合をしているとき、渋谷とかではお祭り状態で盛り上がってました。
あの中にいながらにして、深刻な悩みと向き合っている人はあんまりいなかったのでは。

「お祭り」は大切だ。昔っからケと共にハレもある。

お祝いすることが、この世界や私たちにはバランス的にも必要なのだと思う。

個人的な祝祭と同じく、こうして世界規模で行われる大きな祝祭も悦ばしい。
もちろんオリンピックもそうだし、日本だと高校野球も高校サッカーも祭典。

世界は悲哀に満ちているけれど、同時に、たくさんの祝祭にも満ちている。

各自が好みの祭典において、純粋にお祝いのエネルギーを発散すれば、きっとその歓びはいろんな形で世界にポジティブに働きかけている。と、私はくっきり思うのでした。

各国代表選手の皆さん、素晴らしい試合をありがとうございました。

また4年後を楽しみに。
京都でリセット


6月末に、父の法事で京都に行ってきました。
京都にお墓があるので、年に1〜2回ほどしかお参りしませんが、
行ったときにはせっかくの機会なので日帰りにはせず、友人に会ったり、観光したり、時には仕事したり、1泊2日で旅行気分でお出かけします。

それにね、新幹線で日帰りで往復するより、2人だったら宿泊代込みのツアーという形で出かけたほうが料金が安いんですよね。
謎のシステムですが、なんだか大人の理屈があるらしく。遠慮なく享受させていただいてます(笑)。

京都は何度も行っても飽きません。
まだまだ行ってない名所がいっぱいあるし、
おいしい料理の店も、素敵なカフェも、行きたいところを挙げたらキリがない。

街をふらふら歩いてるだけで、面白そうなお店とあちこちで出会うしね。
1泊2日じゃ時間はゼンゼン足りないけど、毎年何回か行ってるので、京都とじわじわ知り合ってる感じはあります。
少しずつ馴染みのエリアとかが増えてきて、バスにも乗れるようになって。
そういうこと自体が嬉しかったり。

さて、今回の「名所にお出かけ」シリーズでは、銀閣寺に行ってきました。
銀閣寺、あんなに有名なのに、この人生で初めてお目にかかりました。
まあでも、そんなものですよね。
映像とか本で見てるぶん、すでに行った気になってスルーしてたり。

実際に見た銀閣寺、さすがに噂どおりの佇まいでした。
おお、教科書に載ってたとおりの立派な建造物。
が、やっぱり行ってみなくちゃわからないことがある。
行ってはじめてわかったこと。

庭が、驚嘆するほど美しい。

私にとって、銀閣寺の凄さは「庭」でした。
うっわー、庭がこんなに美しいなんて、教科書には載ってなかったよ。
もちろん、きめ細かなお手入れも、全体の侘び寂びの表現も素晴らしい。

でも何よりもっとも心が弾んだのは、苔でした。

何百年もの間に育まれてきた苔の有り様が、活き活きと美しい。
かといって苔なので、華やかに咲き誇るような美しさと違い。
まさに侘び寂びを体現したような、静けさと慎ましやかさと、その奥に潜む生命力とピュアな存在感に涙が出るほどハートがキュウっとなりました。

樹々から山肌、岩肌へと、滝が流れるように苔が棲息している。
造られた庭にあえて配されたという趣きではなく、とても自然にそこに在る。

苔は前から好きだったけど、その素晴らしさが120%で味わえる庭に出会えて、さらに好き度がアップしてしまいました。

まさか銀閣寺まで足を運んで、苔に夢中になるとは思わなかった。
人生、毎日が想定外の連続です。

そして哲学の道を散歩した後、帰る前には八坂神社へご挨拶。
占猫には、祇園祭で有名なちまきが毎年届いていて(店の入口におまつりしてます)、とてもご縁のある神社なのです。

ちょうど、大祓の茅の輪が設置されてました。
そっか、もう茅の輪くぐりの時期なんだ。
さっそく外国人旅行者に混じって、くぐる順番を待ちます。

ここ半年、父が亡くなって以来、普段は関わらない法律とか法事とか、その他もろもろ、今まで経験したことのないものを手さぐりしながら体験してきました。
戸惑いつつも、新しいことを学んで、古いものを片付けて、手放して。
そして今回の法事で、この半年かけてきたいろんな流れが、ついに収束を迎えたのでした。

毎日、一歩づつ目の前のことをこなしていただけなので気づかなかったけど。
けっこうこの半年で、いろいろ進んでたんだなあ。と振り返る。
半年前と状況、環境、私の在り方もかなり変化しています。
ようやくホッと一息つけるようになったのかな。

そして茅の輪くぐりの順番がきたとき、ふと思う。
ああ、ここからまた過去の私を手放して、新しいバージョンにリセットされて人生進むんだな。と。
もうずっと何十年もご縁のある神社で、はからずもこのタイミングに新生の私を祝っていただいたような。

同時に、あまりにも普通に長年ご縁をいただいてきたから意識してなかったけど、八坂神社との思っていた以上の関わりを自覚してびっくり。

そういう、ちょっとした世界の見方とかも、少しずつニューバージョンになってる気がする。
前よりももう少し、じっくり深く世界を味わえるようになってるかもしれない。
経験したことのない状況をくぐり抜けることで、気づかないうちにちょっぴりは成長していたのかも。

さて、茅の輪くぐり後、の私。
リセットされて、どんな人生になっていくのか楽しみです。
これからもいろんなことを経験して、ワクワクくぐり抜けて行きたいなあと思います。
新しいバージョンの私はどんな体験をしていくのでしょう。
きっと過去と同じ経験をしても、体験は違う。受け取る私の意識が違うから。

もしかしたら銀閣寺も「今だからこそ」の体験をしてたのかも。
半年前や半年後だったら、また違うものを受けとってるのでしょうね。

この世界があってくれて、そこに私を存在させてもらって、豊かな体験をさせてもらえて、本当にありがとう。
そんな気持ちになれた、久しぶりの京都でした。


あ。こうして書いてきて、気がついた。
今回ようやく、自分にとって喪が明けたのだと。
…というわけで。これからも引き続き、新生の私をよろしくお願いいたします。ぺこり。
7月7日(土)は臨時休業いたします
昨日の大雨、大変でしたね。
被害にあわれた方に、心からのお見舞い申し上げます。

またこれ以上の被害なく、皆さまご無事でありますよう。

さて、私のところにも「大丈夫?」とお気遣いの連絡を皆さまから頂いてます。
本当にありがとうございます。

おかげさまで直接の被害はないものの、通勤路の途中が冠水してしまい。

そのため、ものすごい渋滞になり、帰宅に3時間かかりました。

昨日ご来店くださったお客さんも、もしやお帰りが大変だったのではと案じています。

そんなわけで、今もまだ天候や状況が読めないので、今日は臨時休業にしました。

明日も状況次第ではお休みしようと思います。
その際はもう一つのブログ「タロット&数秘術の小部屋」のほうで告知させて頂きます。
(ご予約の方にはこちらから適宜ご連絡させて頂きますね)

皆さまにはご迷惑おかけしますが、宜しくお願いいたします。

本日は七夕ですね。
あいにくの雨や曇り空ですが、雲の上で織姫と彦星が出逢えますよう。
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おとりよせ。
もう昨年になりますか、お友達が九州の秘境、平家の落人伝説があるような村に行ったときに、山椒ベースの調味料のお土産を買ってきてくれました。
それがもう、すっごく私の舌に合っていて☆
最後の一滴まで、名残惜しくいただいた記憶があります。

で、なぜか最近になって突然、朝起きた時にその「山椒オリーブ」という名前を思い出し。
同時に「そうか!お取り寄せすればいいんだ!」と、ひらめきました。

なんで突然今になって思い出したのかは謎でしたが。
おそらく潜在意識下で、ずーっと欲してたんでしょうね(笑)。

なんにせよ、朝のまどろみの中でやってくる直感は、なるべく実行に移すようにしています。
頭にとっては謎の発想だとしても、それはたいてい自然な流れに人生を整えてくれるメッセージなので。

ほんと、最近は便利いいよね〜。
お取り寄せ、名前が思い出せたらネットでチェックするのも簡単で。
アマゾンみたいなとこには出荷してなかったけど、ネットショップはありました。

でも私は「電話OK」のお店だったら、ついつい電話注文しちゃいます。
ちゃんと「美味しかったです」と口頭で伝えたくて。

ネットで注文も便利いいんだけど、言祝ぎ師としてはやっぱり言葉で祝いたい(笑)。
もちろん大きい会社とかコールセンターとかだとポチりますが。
そこは塩梅、それこそ直感。
なるべく、生の言葉で喜びを伝えたいと思うのです。

というわけで、さっそく電話注文。
美味しかったことをお伝えすると、とっても喜んでくださいました。
「私もね〜、お電話でそういうお話し聞けると嬉しいんですよ。ありがとうございます」と。

そうやって言葉を交わしていると、先方のゆったりした雰囲気も伝わってくる。

「あの、お支払いはどうしましょう?」
「ああ、一緒に郵便振替の用紙を送りますから。またいつでもいいので、お手すきの時にお願いしますね〜」
…もしかしたら踏み倒すかもしれない、などとは露ほども考えてない様子。

最近なかったなあ。商売の世界に触れたときの、こういう柔らかくてのんびりした空気感。
ほのぼのした気持ちで注文させてもらえて、ハートがあったかくなりました。

そして数日後、さっそく商品が到着。
さっそく「山椒オリーブ」のフタを開けてみたら…
記憶していた以上に鮮烈で爽やかな香りが、身体を吹き抜けるように立ち上がり。
一瞬にして野生の山椒が生い茂る、初夏の山中に飛ばされました。

わかった。
なんで今頃になって、朝の直感でこれを思い出したのか。
ちょうど実山椒が旬を迎えたからだ。

この時期だと、ちょうど穫れたての山椒が使われているのではないか。
確認したわけじゃないけど、前回以上のフレッシュなこの薫りは尋常じゃない(笑)。
またお店に注文するとき聞いてみよっと。今度も電話でね。

ん〜、それにしても素敵な香り!
何度も何度も、飽きることなくビンに鼻を突っ込んで陶酔させて頂きました(笑)。

お気に入りの美味しいものがすぐに手に入る「おとりよせ」。
まるで魔法ですね〜。ネットや電話といったツールとお金というパワーを組み合わせたら、数日後には欲しいものが顕現化する。
あらためて言葉にしてみたら、すごい便利な世界に住んでるんだなあと。

秘技「おとりよせ」!(笑)。
もう私たちはすでに魔法を使う次元にいるのですね。
リーディングのご感想ありがとうございます。

いつもありがとうございます。
今日はE.M.さんからのご感想をを紹介させていただきますね。

☆★☆★☆

先日セッションをお願いしましたE.M.です。その節はありがとうございました。
なぜメールではなく手紙で書いているかというと…
初めて伺った昨年の春に、自分の内側を感じるべくヨガや瞑想を勧めていただき、その時から意識して丁寧に物事に取り組むように努力しています。

ので原点(と言えるのでしょうか…)に戻って手紙を書くようにしています。

初めてセッションをお願いした時は、まるでカウンセリングでも受けたのか?と思うくらいすっきりした気分でした。

先日は失恋についてタロットをお願いしましたが、本当に終わるのか、また戻るのか、自分が終わりたいのか戻りたいのか、わからないままでした。

その時にいわれた、すぐに先を求めて結論を出すのではなく、時間の流れに任せることを言われ「朝か夜かわからない4時」を例えてもらった時にはとても納得しました。
緩慢なままで結果が出ることを待つのは、私にはとても辛いですが、恋愛が魂を成長させるにはとても良い修行だと言われたことが強く心に残っています。

まだまだ朝の4時か夕方の4時か気になってばかりですが、自分の気持ちを落ち着けることに集中していきたいと思います。

占猫さんへ行く前は「占い」というのは、未来をみてもらうというか、そういうぼんやりしたイメージだったのですが、セッションしていただき、
これが自分の心の奥底の声なのかなあと、違和感なく受け入れることができました。
上手に表現できませんが、そのせいか「自分を認めて許す」ということを時折感じられます。

本当に占猫さんを知って、行くことができてよかったと思っています。
また魂の声を聞きたくなったときに伺いたいと思います。
ありがとうございました。

☆★☆★☆

今回はめずらしく、お手紙でのご感想をいただきました。
メールで届くことが殆どの昨今、とても新鮮でした。

私はお手紙大好き!なので、嬉しくって。
掲載のご許可をいただくためのお伺いも、お手紙で出した次第です(笑)。
そうしたら、掲載OKのお返事もお手紙で届きました!
ちょっとした文通(これ、死語じゃないですか?)気分でした!

ところで、ご感想読まれた方に突っ込まれそうな「朝か夜かわからない4時」の例えというのは、
たとえば…爆睡後、起きてみたら時計が4時をさしていた、と。
外は薄暗く(今だと5時の方がイメージしやすいかな?)、朝の4時か夜(夕方)の4時かわからなくて(外の明るさはどちらも同じようなものなので)、一瞬焦ったり不安になったりしますが、時が過ぎれば自然に答えはわかる。という話です。
待って明るくなれば朝4時だし、暗くなれば夜だと。

わかろうとしなくても、のんびり待てば、時が過ぎれば、結果は出ます。むしろ、待たないと結果は出ない。
…という場面は人生にいっぱいあるのですが、つい知りたくて焦っちゃいますよね〜。

そういう時には、こんな風にお手紙をやりとりしたりとか、生活全般のペースをスローダウンしていくと気持ちのフォローになるかもしれません。

というわけで、今回のようなのんびり交流もたまにはいいですね〜。
あっ、もちろんメールでのご感想も大歓迎ですからね!(笑)

メールでもお手紙でも、セッション後に貴重な時間を使ってまでご感想を書いていただける、そのお気持ちが自体が本当に嬉しいのです。
今回のお手紙のやりとりも、とても愉しい時間でした。
E.M.さん、お付き合いくださって有難うございます。
空&蓮、8歳のお誕生日おめでとう!


本日6月6日は、空&蓮の暫定誕生日。

5月末に占猫の周年がやってきたら、すぐに空(クウ)と蓮(レン)の誕生日がやってくる。
さらにいうと占猫と空蓮は、同じ年に誕生しました。

だから店が8周年てことは、空と蓮は8歳に。
うわ〜っ、大人になったねえ。

占猫オープン当初、空蓮はまだ存在してませんでした。
でも「広島でも猫のいる店にしよう!」と、あらかじめ店名に「猫」の文字も入れ、迎える準備は万端。

かといって、開店に合わせて急いで探す気分でもなく。
「きっと、うちにピッタリの子がやってくるよ」
と、周りに声だけかけて「うちの子」がやってくるのを待ってました。

そして7月に入った頃だったか、話がやってきて。
譲り主さん曰く、餌をあげてた半野良のニャンコが、いつの間にか押入れで産んでいた…という。
正確な誕生日はいつかわからないけど「6月初旬には生まれていた」とのこと。
そんな訳で、覚えやすい6月6日を暫定誕生日にしましたが、
まるで占猫のオープンに合わせて生まれてくれたかのように感じたのでした。
ついに「うちの子」が降臨だ!(笑)と。

とまあ、そんなこんなで当時の思い出を語るとキリがありません。
おそらく毎年書いてるので(笑)、気になったら過去ブログ読んで頂ければ幸いです。

と、さてさて現在に戻って。
今日はちょうど店休日なので、働くニャンコである空蓮は、ゆったり休日を満喫しております。

空は、いつもと同じく、愛され甘やかされるのが当然。というドヤ顔で寝転んでます。
こうして書いてる私のヒザから降りる気、ゼンゼンなさそうです。

蓮は、普段お店では人見知りゆえ「借りてきた猫」風に気配を潜めてるぶん、休日は運動量が多く、みんなが寝てる朝っぱらから、のびのびダカダカと走り回ってます。

いつもと同じ、休日の変わらぬ空蓮です。
この、いつもと同じでいてくれることが、日々どれだけ幸せなことか。

これまでほとんど病気らしい病気やケガもなく、すくすく健康でいてくれて本当にありがとう。

空と蓮が一緒にいてくれて、本当に良かった。
これからも元気で、ずっと側にいてください。大好き。

ちなみにダンナなんか「尾が9つに分かれるくらいまで長生きしてね」とか言ってます(笑)。

そんな訳で、これからも2人と2頭で、占猫にてのんびりまったり生息していく所存です。

また少し大人になった空蓮ともども、今後ともよろしくお願いいたします。
あっという間に、8周年。

そうなんです。光陰矢のごとし。占猫は本日、8周年を迎えました。
あまりにも矢のごとし過ぎて、実感はあんまり湧いてないけど。

でもそういえば。
つい先日、高校3年生の女の子が久しぶりに遊びにきてくれました。
彼女と最初にセッションしたのは10歳のとき。
もともとお客さんだったお母さんに話を聞いて「私も行ってみたい」と。
当時の最年少記録更新だったので、彼女の聡明であどけない顔をよく覚えています。
その彼女が今や、進路の気になる卒業間近の女子高生とは。

私、このときようやく、8年という時間をちょっと実感できたような気がします。
オープンの頃に生まれた赤ちゃんは、今や8歳になってる…ってことだよね。

意識上はあっという間だったけど、現実的にはこの8年、毎日毎時、肉体は呼吸を繰り返し、細胞を入れ替えつつ、いろんなことに遭遇して、日々私なりに歴史を刻んで確実に時間を過ごしていたのだと。赤ちゃんから8歳になるのと同じように。

そう考えると、やっぱり相当な時間だよね、8年て。
そんな、すごく貴重で長い人生の時間を、占猫という場で費やすことができて良かったな〜って心から思う。

みなさん、私たちを8年もの間、占猫で過ごさせてくださって、ありがとうございます。

8周年というのは、8年間お客さんが来続けてくださったということ。

そもそもお店って、お客さんに来ていただかないと成立しません。
私たちがいくら張り切っても(笑)、お客さんにご来店いただかないと存在できないのです。
今やネットで何でもできる時代に、わざわざ横川の小さな店まで足を運んでくださるお客さんには、本当にしみじみ感謝の気持ちでいっぱいです。

たぶん毎年同じようなことを書いてるけど、だって毎年そう思うんだもん(笑)。

これから占猫がどうなっていくのか、先のことはわかりません。
でも、これまでと同じように、ひとつひとつの出会いとワクワクを大切に、真心を込めて日々を過ごしていけば、必要なことは自然に起きてくるのだろうなあ、と感じています。
その感覚を信頼して、9年目をのんびりじっくり、味わっていこうと思います。
きっとまた、あっという間に過ぎていくような気もするけど(笑)。

それではあらためまして、今まで占猫にご来店くださった全てのお客さん、本当に本当にありがとうございます。
引き続き、今後とも末長く嬉しいご縁がつながってゆきますよう。

そして、まだ出逢っていない、でもいつかどこかのタイミングで占猫にご来店くださる方にも、ありがとうございます(笑)。
これから先、いったいどんな素敵な出逢いがあるのか…とってもとっても楽しみです!

占猫スタッフであるカフェ店主&空&蓮ともども、これからも宜しくお願いいたします。

9年目の始まりに、愛と感謝をいっぱい込めて。


初夏のお散歩
すっかり初夏になりましたね。
私はこの時期の心地よさが大好き。
暑くも寒くもなく、爽やかで、新緑と花々がイキイキしていて。
あ〜生きててよかった!と体も心もゆるやかになる。

さてさて、すごーくお天気のよかった先日、ちょうど予約が入ってない時間があったので店を抜け、川べりを散歩してきました。
ここしばらくバタバタしていたので、実は久しぶりのお散歩でした。
横川の川べりに至っては、たぶん1ヶ月ぶりくらい。桜の終わり頃以来かなあ。

川沿いには、ちょうどいい間隔でベンチが配されています。
この前来たときは、桜の下のベンチが旬でしたが、
今回は花ざかりのクスノキの下がベストポジション。

小さなクスノキの花が、もう散りどきなのか、風の吹くたびパラパラ落ちてくる。
でも爽やかで甘い香りはまだまだ健在で。
大好きなクスノキの香りに包まれつつ、川の上をつがいで翔びゆく鳥達を眺めながら思う。

ああ、いつのまにか時間はどんどん流れているんだな〜、と。

私がバタバタしてるうち、あっという間に旬は桜からクスノキへ。

そして「あっという間に桜からクスノキになったね〜」とか、同じようなセリフを毎年のように横川で繰り返しつぶやいて、はや8年。

今月、あっという間に、占猫8周年が訪れようとしています。

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