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リーディングのご感想ありがとうございます。

いつもリーディングのご感想ありがとうございます。

久しぶりかな?今年初ではないかしら。

まだ紹介してないメールが何通か待機してくれてますが、

その中から、今回はN.Fさんからのメールをご紹介させていただきますね。

 

☆★☆★☆

 

あゆたや様

 

先日、数秘術をお願いしましたN.Fです。

その節はありがとうございました。とても衝撃的で価値観の変わる時間でした。

あれからすぐ、自分の数字のテーマを実行しています(思ったよりだいぶ難しいです・・)。

 

そして「赤ちゃんがなかなかできない」というご相談をした時に、

「ちょっとした時間にスマホ見るのをやめてみる」

と言っていただいたのを実践してみたのですが、

なんとその次の周期で妊娠しました!

 

ほんとにびっくりしました、ありがとうございました。

 

そして現在つわりが少し重く、

その際に、次回のタロットの予約を入れてましたが、

申し訳ないのですがいったんキャンセルさせていただいてもよろしいでしょうか?

 

聞きたいことも他にあるので、安定してからor生まれてから、また必ずお伺いさせていただこうと思っています。

 

申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

☆★☆★☆

 

N.Fさん、ご懐妊おめでとうございます!

2020年の初ご感想紹介にぴったりのおめでたいメールありがとうございました。

実はこれ、何ヶ月か前にいただいたメールなので、

おそらく春くらいには赤ちゃんがお誕生されるのでは。ん〜ワクワク!

 

それにしてもメールを拝読して、私もびっくりでした!

魂からのアドバイスを実行したら、次の周期で妊娠されるとは…。

 

あ、念のため、蛇足とわかりつつも言っておきますと、

不妊でお悩みの皆さん全員が、スキマ時間にスマホを見るのをやめたら赤ちゃんがやってきてくれるわけではないですよ。

 

N.Fさんの場合は、そういう話が降りてきたという事です。

ただ、確かにこのアドバイスは、おまじない的、盲目的な根拠のない話ではなく、

それなりに現実的な根拠があるように思います。

 

一般的な意見ですが、スマホみてると身体が落ち着かないのです。

ゆっくりできなくて、いつも焦ってる、先へ先へと急ぐような。

 

でも、ゆったりした身体と、落ち着かない身体、赤ちゃんはどっちの身体に入りたいでしょう?

…という感じのことじゃないかなあ?と思います。

 

これはもちろん、あくまで話を横で聞いている私の個人的な感想です。

それぞれの方のメッセージは、日本語での記述は同じ言葉で表されるとしても、

セッションの、その時その場で発されるエネルギーは、その人のためだけのものなのです。

 

必要な人やタイミングであれば、何かが起きる。

もちろん、必要なければ何も起きないかもしれない。

 

でもそれは、私たちが頭で考えて判断する話じゃなく、計り知れない神秘のように感じます。

 

起きることしか起きない。

 

そんな不思議を毎日見せていただいてます。

 

そしてN.Fさんは、ちょうどのタイミングでご懐妊のきっかけを見つけていかれたのでしょう。

 

また赤ちゃんがお誕生されて、落ち着いた頃、タイミングが来たら、今度はタロットも楽しんでいただければと思います。

 

そうそう「赤ちゃん数秘」もやってますよ。

お母さんが数秘好きな方でしたら、お母さんが赤ちゃんを育てるにあたって、

「あると役立つ」情報をお伝えします。

もちろん、赤ちゃんは赤ちゃんの人生があるので、

お母さんが知らなくていい個人情報はナイショです(笑)。

 

ですが、育てる過程で、どんな個性なのかを知っていることで、

余分にお互いが傷つくのを防げる可能性があります。

そして何故この子が自分のところに生まれてきたのか、などなど。

 

興味がある方にはシェアしてますので、

またお生まれになってから、気になったらいつでもご予約くださいませ。

 

いつか、生まれたお子さんにもお会いできる日を、

のんびり楽しみにしています。

どうぞお身体お大切に、今しか体験できない時間をご堪能くださいね!

自販機の教え

 

前回の日記を書くにあたって、井の頭公園がらみの文章をmixiで探している時、

以下の日記を発見しました。

これは井の頭公園というより、話がフフって笑えたので再掲載。

こんなことあったなあ、と思い出アルバムとして。

 

それと、カレータロットカフェ時代のメニュー紹介文も懐かしいのでそのまま掲載!

当時は、週替わりカレーの告知も書いてたんだっけ。

 

念のため、こちらは東京の頃のメニューです。

広島のカフェ占猫ではフードメニューはありませんので、あしからず。

 

あ、そうそう。前回の日記の追伸。

昨日の日記みたいなの書いてると

「わ、やっぱり占猫が立ち退きになったら、東京に戻るんですか?」

みたいなことを問われるのですが、

いやいや、基本的には広島をベースにしたいと思ってます。

「故郷は遠くにありて想うもの」くらいで丁度いいのかと。

 

昨日書いてたイメージだと、最多で月1ペースで、ときどき遊びに行くくらいが丁度いい感じがしています。

こうして書いとくと、引き寄せるかもしれないから、何度でも書いちゃおう(笑)。

 

と、さてさて、日記の再掲載でした。

2006年10月のmixiより。

「自販機の教え」です。

 

☆☆☆

 

この前、夜の井の頭公園を散歩中、すっかり寒くなったので「あったかいのを何か飲むか」と、ドリンクの自販機に立ち寄った。

 

「んーと、ペットボトルのほうが持ち運びラクかなあ…」などとボンヤリ思いつつ、半ば無意識的に、慣れた行為らしくボタンを押した。

ガタン!という音とともに、これまた無意識自動的に腰をかがめ、ボトルを手にしたら…

 

ぎゃーーーーっっっ!! 冷たいぃいいい!!

 

何という、うかつ。

確かによく見たら、ボタンを押したドリンクには青いコールドマークがついていた。

 

多分この寒い中、「ミルクティのミニのペットボトルはホットに違いないである」

という勝手な思い込みで、ダミーボトルを見ただけで、ボタンの色を確認することもなく何気に押してしまったのだ。

 

いやはや。

しかし、水を飲んだつもりが酒だとビックリするのと同じように、あったかいと信じきって掴んだ時の身体の驚きはすごかったなー。

 

そして。

「いやー迂闊だった。やっぱちゃんと確認しなきゃ、教訓教訓」

などと笑っていた、その舌の根も乾かない翌日のこと。

 

また別の場所の自販機で、あったかいドリンクを購入する機会があった。

「そうそう、さっそく昨日の教訓が生かされるな。よーし確認するぞー。

よし、今度こそ確実にホットだな」

と、電車の車掌よろしくいちいち指差し確認までして、用心深くボタンを押した。

そしてガタン!という音と同時に、自動的に腰をかがめ、ボトルを手にしたら…

 

ぎゃーーーーっっっ!! 冷たいぃいいい!!

 

………って?え?冷たい?何で何で?

まったく状況を把握できず、一瞬頭の中がまっしろ。

 

つまり、自販機システムのほうが間違えてたわけでした。

ホットと明示してあったにも関わらず、きっちり冷たくしてあった、という…。

 

油断大敵。こういうシステムって、もう自動的に盲目的に信頼している自分がいる。

 

例えば他にも電車の到着時刻とか、ATMの自動引き出しとか…いろいろ。

でもよく考えたら、そのシステムが絶対確実に機能するという保証はどこにもないわけで。

そういう意味では、便利なシステムをありがたく享受しつつも、過度に期待するべからず、と感じました。

 

以前、中国やインドを旅行してる時は、そういえば常に用心してた。

 

汽車は当然予定通りには動かないし、ミネラルウォーターと称するものを買ったらフタが開いてて中が水道水になってたり、バイクを修理に出すと逆に部品が減ってたり…とか普通にあったから。

 

そしてその用心は、慣れると普通の当然のことだった。

 

やっぱり今は便利な日本に慣れすぎて、システムを信頼しすぎてるような気がしてきた。もう少し用心しよう。

 

もう少し妄想すると、例えばお金とか、経済システムそのものも今後どうなるかわかんないもんね。銀行に預金とかしちゃってるけど、信頼があるからこそだもんね。

 

今や世界中が「お金原理主義」とも思えるシステムの中で、お金がもし価値がなくなったらどうなるんだろ???

あれ、横道にそれちゃった。高校の時も経済は苦手だったし、リセット。

 

すべてに何の要望・期待もせず、その時々のあるがままを素直に受けとめるというのは、とても難しい。

でも、もしかして禅の和尚さんとかは、そういう心境に達するのかしら。

 

私の勝手な仮説。

もし寒い日に自販機でホットドリンクのボタンを押して、冷たいのが出てきても、それを触った時に驚かない人は、本人の自覚はともかく、きっと禅の達人です。

 

と、自販機ひとつで妄想しちゃったけど(だって2日連続なんだもーん)、

これは多分「自販機の教え」として、自分史的にはさりげなくも代表的な教訓として生涯残るのではないかと感じる今日このごろです。

 

 

長くなったけど、もうひといき。

今日は「CURRY TAROT CAFE」のメニュー更新の日なのです。

 

今週は2つともかなりスパイシーです。覚悟!

 

まずは自家栽培オーガニック青とうがらしを使った

*ナスとキノコのグリーンココナッツカレー

 

グリーンカレーで肉の入ってないヘルシー系は珍しいかも。

秋らしく6種類のキノコがたっぷり入ったコクのある風味を堪能してね

フレッシュな青とうがらしが脳天にガツンときます。

スパイシートリップ、できます

 

もうひとつの定番メニューも、スパイシーにバージョンアップ。

*ひよこ豆とオクラのスパイシーチキンカレー

 

洗練された組み合わせでガッツリ入ったスパイスと、ひよこ豆&オクラ&ひき肉が見事にマッチ。

 

辛いのが好きな人は、今週は来たほうがいいです。かなりトビます。

 

ではでは、皆様の御来店楽しみにお待ちしてまーす。

今週はお天気も良さそうですしね。お散歩がてらどーぞ。

立春に井の頭公園を想う

 

立春も過ぎ、春が立ちましたね。

昔、東京で井の頭公園の近くに住んでいる頃は、

毎日、森の中を通勤する中で日々の季節の流れを感じていました。

なので、フツーにしていても

「あ、今日、春が立った!」とか、自然を感じやすかったです。

 

最近は、東京にいる頃よりは自然と関わる時間が少ないので、

春が立つ気配を感じるために、しっかり耳を澄ませる必要があったり。

 

そういえばこの前、TVで吉祥寺の井の頭公園をロケしている映像をみかけました。

それだけで、わあ。とハートが喜びます。

 

私は本当にこの公園が大好きで。

20年近く東京に住むことが出来たのも、この自然豊かな公園の近所だったからだと思ってます。

 

小さい頃、父が転勤族だったので「故郷」という概念がさっぱり実感できないまま大人になったのだけど、

 

だからなのか、今の感覚では「故郷」は井の頭公園なのです。

(吉祥寺とか三鷹じゃないよ(笑))

 

私がこのくらい好きだからなのか、

公園におわします井の頭弁財天様も優しく見守ってくださるようで。

 

この前、井の頭公園に行った時、公園内で長年コーヒー店を営んでおられる店主から(オープン当初からの顔なじみさんです。公園行くと必ず立ち寄ります)、

 

「あゆたやさんが公園に来ると、すっごい弁天様が喜んでるんですよね〜」

と言われて、もう、大喜び!(笑)

 

私も弁天様が大好きで。

宮島の三大弁天様におまいりする時も、井の頭弁天様にもご挨拶しています(まあ理論上は同一なのでしょうけど、気持ちが大事)。

 

毎日井の頭公園にずっといて(羨ましい!)、つまりはずっと対話してる店主が言ってくださると、あっ、じゃあそうなのかな(照)と、本気で嬉しく照れてました(笑)。

 

出張セッションに東京まで赴く時には、必ず1日は井の頭公園を散策する時間をつくるのだけど、暮らしてた頃のようにはのんびりできません。

 

もうね、時間とお金に余裕があれば、井の頭公園の近所のワンルームを借りて、

月1回ペースくらいで東京セッションしながら、公園を満喫する!

 

…というのは、今の私のやってみたいことの一つです。

現実的には、どうしてもあの周辺は家賃が高すぎて、今のところ手が出ませんが。

こうして書いとくと、何かが繋がって、それが必要なら実現すると思うので書いとくね!

 

時々遊びに行くと、どんどん昔とは変化して、私の望んでいない事が起きてる部分もあるけど、

どこの「故郷」もきっとそんな感じだと思う。

ふとした時にもどって、エネルギーをチャージする場所なのです。私にとって。

 

と、いうわけで

せっかくだし(?)、井の頭公園の気配を味わえる日記をmixiから再掲載します。

「早朝の公園散歩」

 

2007年12月だって。

個人的なニーズによる再掲載です(笑)。

意味不明な部分などあるかもですが、スルーしてくださいね。

 

ではでは。

 

☆☆☆

 

この前の土曜日は、朝まで(つまり日曜だね)ヒヤシンス(@下北沢)で行われた、

シタール&DJイベントで踊り明かしました〜。

 

シタールのナマ音二重奏で、インド5000年のディープな次元にふっとばされた挙げ句、サイケなDJプレイで、いたれりつくせりのアガリっぷりと曲がりっぷりと完璧な着地をきめていただき、無事に現世に戻ってきました。

 

シタールのミナモトナガレ、

DJYocch、

楽しい時間をどうもありがとう。

 

で、いつもの事だけど、朝まで遊んだあとは、けだるーく井の頭線に乗り、のろのろと井の頭公園駅で降りて公園をたらたら散歩するのが定番コース。

 

電車の中でピカーっと輝きいずる日の出の瞬間を拝み、すべてのものがキラキラと朝日に輝く中で公園をお散歩。

 

お気に入りの木に抱きついてみたり、ふかふかの落ち葉を子どもみたいに踏んでみたり。

 

なにげにモミジを一枚、拾う。

ひしめく落ち葉の中から、ふと一枚。

ほんと、何であのたくさんの中からコレを拾うのか。

どうしてソレやアレでなくコレなのか。

何かが互いに感応しあうから拾うのか。宇宙の神秘。

 

白い息を吐きながら、池のほとりのベンチに座る。

相変わらず、渡り鳥たちがエサをくれるものと思い込み、

ものすごい勢いで急接近してくる。

ごめん。エサはやるな、と立て札がたってるの。

 

エサをくれる気配がないから、とすぐに諦める奴、いちおう万が一を狙ってあくまで狙ってる奴、などなどトリの性格もさまざま。一羽一羽みてて飽きない。いつのまにこんなトリ好きになったのか。

 

そういえば。

と、最近カワセミと出会ってないことに気付く。

彼等は主に早朝、エサをとりに公園にやってくる。常駐じゃないらしい(知り合った鳥マニアの方にきいた話)。だからかな、めったに見れないんだけど、そろそろ逢いたいなあ。

 

…と思った矢先。

目の前に小さな鳥が飛んできた。

そしてわざわざ青い瑠璃色の羽をこっちにひけらかすように旋回して、近くの枝にとまった。

 

うわーっ、カワセミだ〜っ!

 

まるで昔懐かしのTVのヒーローものよろしく、

呼んだらすぐに来てくれる正義の味方のようなタイミングだった!

とても自然の色とは思えないような鮮やかな姿にうっとり。

これまた堪能。

 

ちなみに、私には

カワセミを観たら、その日から暫くはラッキー!というジンクスがあり。

そのジンクスプラス「呼んだら来てくれた」的タイミング、

それに前夜の心地よい疲れがほどよくミックスされ、またまた気持ちのいい早朝散歩でした。

これだからやめられない。

だったら毎日早く起きろよ、って感じですが、

それが難しい。

早朝はやっぱ私にとって、朝まで遊んだ後のご褒美っぽい感じなのでしょうね。

「感じる力」を鍛えてみる

データを整理してたら「新年ごあいさつ」というタイトルの書きかけ原稿が見つかりました(笑)。

1月1日に書きかけたみたいなんだけど(記憶にないのがナゾ(汗))、

そのまま途中で埋もれた様子。

元日に掲載したご挨拶をアップした後で、勢いのままに書いたのかなあ。

それで、途中で初詣に行ったりして、そのまま忘れたのかなあ。

 

読んでみたら、わりと面白いかも。と思ったので、

そのときの感覚とは多少違うかもだけど、完結させて掲載することにしました。

 

新年ぽい文章も入ってるし、タイミング的にどーだろ、とも思ったけど、

ちょっと前に旧暦新年だったし、

さらにこれから節分から立春、とリセットする機会の多いこの時期だし。

まあいっか。

 

というわけで、気が向いたら読んでみてね。

いちおうタイトルが「新年ごあいさつ」ではあまりにもなので、

ちょっと変えてみました。

「『感じる力』を鍛えてみる」

 

 

皆さま、あけましておめでとうございます!

新しい年を迎えましたね〜。

 

今年も素晴らしい歓びの1年となりますよう、

心からお祈り申し上げます。

 

新年、というのは問答無用でフレッシュな気持ちにさせてくれます。

 

新年明けの空気って、やっぱり新しくて心地いい。

人が世界がそういう想念だから、そうなるのかな。

 

このフレッシュなエネルギーを取り込んでるので、実際にフレッシュになります。

 

つまり、いつのまにか、生まれ変わってます。再誕生。

 

昨年調子が良かった人は、今までの経験値をしっかり吸収消化して、

今年にとって不要な部分も自動的に手放して、アップデートしています。

 

逆に、昨年はちょっと調子が出なかったな〜、なんて人も

新年はそれを引きずらなくていい!

 

再誕生により、今の自分に不要な部分は都合よく手放してるので、

フレッシュにゼロから始めちゃう。

 

今年生まれたばかりの新人です、よろしくお願いします!みたいな感じで笑。

新人なんで、間違えても失敗しても許してね。くらいな。

リセットには最適のタイミングです。

 

やってみたいと思ってることがあれば、この新年の潮流に任せて初めてみると面白いかもね!

 

私は、しばらくサボってた身体を動かすこととか。定期的にやる瞑想とか。

そういうのを今日から再開してみよっかな。ワクワク。

 

あ。こういうポジティヴっぽいことを書くと、

「えーそんな都合よく再誕生なんてしてないよ〜」みたいな声が聞こえたりします(これはどこから聞こえてくるんだろう笑)。

 

私は自分が知らないことでも、人に質問されると答えることができる、という能力があります(笑)。ただし「それなりに」です。

 

この「再誕生をしてない」という誰かからのご質問、聞こえてきたからお応えしますと、

 

おそらく「してない」んじゃなくて「再誕生を感じられない」のだと思われます。

 

たとえば冬になって、もしも寒いと感じられない人がいたら「冬じゃない」って言うかもしれない。

でもその人が感じてないだけで、冬は冬。です。

 

冬を感じられたら、冬ならではの対応を楽しめます。

スキーの準備したり、こたつを出してみたり、冬のオシャレを楽しんだりとか。

別に頑張って考えなくても、寒さを感じれば自然に厚着したくなるのです。

だから新しいコートが欲しくなったりするわけです。

夏を感じてる時はコート欲しくないもんね。

 

で、この「感じる力」というのが、今のところ世間や教育においてあまり重視されてないから、わりと多くの人々に「鍛える」という習慣がないのです。

 

でもですね、感受力も、身体と同じく鍛えないと磨かれないのです。

もちろん、運動と同じで、もともと運動神経のいい人そうじゃない人いるように、

感受力も個人差はあります。

 

私の運動神経みたいに(笑)、感受性が鈍めの人もいると思います。

でも、苦手だからと運動しなければ更に鈍るだけだし、

同様に感受性も使わないと磨かれません。

 

私が「身体を動かさないでシェイプアップするにはどうすればいい?」

とスポーツする人に聞いたら笑われるでしょう。

まあそれに似てる感じと思われます。

 

なので、今まさに新年の、再誕生やフレッシュな感じを感じれなくて、でも感じてみたい人は(別に感じたくない人は感じなくていいのですよ。スポーツと一緒でやりたくない人はやらなくていい)、

「感じようとしてみる」のはいかがでしょう?

 

と、また長くなってますが。

ダイエットを決意したら運動するように、

新年エネルギーを「感じようとして」みてください。

 

苦手な人は運動と同じで、最初からトバさない。

まずは「こんな感じかなー」とフィーリングです。

 

それでやっぱり、新しいエネルギーを感じられない場合、

もし内側に古い不要なものが残ってる感じがする人は、

そこに捉われすぎないで、外の世界の潮流を感じてみてください。

 

あるいは、外に不安しかない人は、

そこに捉われすぎないで、内面の自分を感じてみてください。

 

そうした時に、頭で考えていたことと違うフィーリングがあれば大事にしてあげてくださいね。

 

あとは毎日、ジムで鍛えるみたいに、感じることを意識するだけです。

ちょうど新年は、わりと分かりやすくエネルギーがリセットされるのでチャンスかなと。

 

新年が一番わかりやすいけど、今からだと節分から立春の流れも、わりと感じやすいです。

豆まきしたり巻き寿司食べたりで、みんなの気持ちが準備してるから。

 

あらら。

今年も長い文章書くのは変わらないですね〜。

 

どこかで「こんな長いと読むの大変かも」とか思ってたけど。

そもそも読みたい人しかここまで読んでないものね。

今年は気にせず長文、脱線、好き放題しようかと思います。

 

ではあらためまして。

 

昨年は本当にたくさんの方々とご縁がつながり、たくさんお世話になりました。

愛と優しさをいっぱいいただきました。

本当にありがとうございます。

 

今年もますます、より幸せで充実した時間を過ごせますよう。

皆さまと一緒にワクワクした体験を、この世界で味わえますよう。

新しい年に、新しい潮流の中で、心からお祈り申し上げます。

 

今までご縁があった方とも、

まだお会いしてない、これからご縁がある方とも。

 

いいタイミングでお逢いできるのを楽しみにしています。

 

ぜひ、今年も一緒に遊びましょう。

「ことほぎ師」になりました!(mixi2010年1月分再掲載)

ふと思いつきですが、これからポツポツとmixiに掲載していた昔の文章で、

ブログに保存しておきたいものを再掲載しようかと。

 

当時mixiだけやってた頃のです。

その頃の文章で、思い出アルバム的に残しておきたい日記もそれなりにあるぞ、と先日確認したので。

 

今日の再掲載は「ことほぎ師」という言葉が降りてきた時のもの。

ちゃんと覚えてる。けっこう突然に「ふるるっ」と降りてきたのです。

意外と最近(?もっと前の感覚があるので)です。ちょうど10年前。

2010年1月20日に届いたのでした。

 

以下そのときの日記。

今ならまた少し違うニュアンスで書きそうだけど、

このフレッシュな、ほんわりした興奮と喜びを、こちらにも残しておきますね。

 

☆☆☆

 

昨日から「ことほぎ師」になりました!

 

昨夜とつぜん、ふるるっと「ことほぎ師」という言葉が降りてきた。

 

そんなわけで、これまで自分の仕事を説明するのに占い師という名称を使ってたけど、今後は「ことほぎ師」にしますね♪

 

ことほぎ師。

寿ぎ師。

言祝ぎ師。

つまり言葉で祝う人。

 

どうも占い師という名称は、意味的に幅が広くて、人によって解釈もさまざま。

私自身、この言葉に感じてるニュアンスと自分のやってることがもうひとつズレてる気がずっとしていて、

でもまあ、現存する言葉の中ではコレが一番近いんだろうなあ…というところで理解して“いわゆる占い師”と言ってました。

 

でも、ことほぎ師のほうがしっくりくる。自分が今やってることにフィットした感じ。

 

私がリーディングでやってるのは、ある側面から見ると、タロットと数秘術というツールを使って、その方の魂からのメッセージを伝えること。つまりはその方を言葉でお祝いすること。

 

それぞれの方の魂がいろんなメッセージを伝えてくる。

その内容は様々だけど、根本はみんな同じことを言ってる気がする。

 

「“あなた”という存在でおめでとう!」って。

 

そんな内容の通訳をさせてもらってる気がいつもしてるのだ。

だからリーディングするたびに祝祭にあふれ、お客さんと共に、なんだかスッキリして喜ばしい。

 

あらゆるものを寿ぐことができれば、全てに感謝が生まれてくる。

そうなると世界が全く違うものに変容していく。

 

お客さんに

「リーディングの前後では見える景色が全然違う!」

と、びっくりされることがよくあるのですが、これもセッションで2人が寿ぐことによって変化が起きているのかもしれません(そういう時は、お客さんの顔も変わってたりします)。

 

うん。

言祝ぐおしごと、ってなんかいいなあ。

祝祭のしごとだ。

 

そう考えてみるとタロットと数秘術だけでなく、大きくみれば、その前から続けているヒプノセラピー(催眠療法)も言祝ぎだし、さらにはライターの仕事も言葉で祝うわけで。

 

とうとう私のやってることの軸になる言葉が降りてきたように思えて、本当に喜ばしい気分なのです。

 

ことほぎ師、まだ生まれたばかりなので、これからどうなるか、どんな仕事をしていくのかわかりませんが、とりあえず、あらゆることをどんどん寿いでいこうと思ってます。

 

突然ですが、どうぞよろしくお願いいたします♪

流れのままに。

 

あっという間に、1月も終わりに近づいてますね。

ついこの前「あけましておめでとう」を言ってたのに。

もう1年の12分の1が過ぎようとしてるとは。

 

ブログも全然書いてない。

気づいたらこんなにブランクがあってビックリ。という感じ。

ときどき、ふと頭の隅に「そういえばブログ…」とか想念がわきあがってきても、

何となく、書けない。

 

以前は書けないと「書きたいのに書けない〜」と、苦しい感じがあったのだけど、

最近は「こーゆー時は、結局どんなに足掻いても書けないし」

と、あきらめて「駆られる何か」がわき起こるのを、のんびり待てるようになりました。

 

以前は自分がそーゆー人(突如書きたくても書けなくなる人)というのを、受け入れてなかったのだと思う。

なんでも、受け入れられるとラクになるなあ。

 

それは生きてる社会のエリアによっては、怠け者の誹りを免れないかもですが、

まずは受け入れないと始まらないものね。

 

で、さて、今日ようやく書きはじめたのは、劇的に駆られるものがあったわけではなく、いろんな事象が積み重なって、書くという行為に達した。みたいな感覚です。

 

いろいろとじわじわと。

 

たとえば、先日突然、何年も前に書いた「色川」の記事にコメントがついたのです。

「色川」の思い出〜前編〜

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=534

 

そのコメントをくださった方は、

「色川」のことを検索する中で此処にたどり着いたそうなのですが、

もう3年くらい前の文章で。

「へーそんな古いのもひっかかるんだなあ」

と思いつつ、私も久しぶりに読み返してみました。

 

いやー、自分で書いといて言うのも何ですが、いい文章だった(笑)。

というか、文章の技術はさておき、思い出をちゃんと書き残せてた。それが嬉しかった。

今読んでも、ちゃんと色川の大将が私の中に立ち上がってくる。

 

ああ、やっぱり私にとって「書く」という行為は大事なんだなあと。

やっぱり書くのっていいなあ。とかジワジワ思いはじめたのがこの頃、1月半ば。

 

その後、今年初のストリップにお出かけする機会があって。

お年始の第一劇場にお参りしてきました。

 

このストリップという芸能は、私の不思議なツボを刺激します。

 

年末年始以来、ドタバタしていた流れのまま、まだ元に戻ってないような、

現実に足がついてないような、ふわふわした感じがあったのだけど、

ストリップでナマの踊り子さんの美しい、でも現実に存在するボディをたっぷり拝ませていただくことで、現実に戻ってきた感覚がありました。

 

あ、私、存在してた。みたいな。

 

うまく言えないけど、振り返ってみれば、それまでは3次元というよりは2.7次元くらいの場所にいたような気分だったかも(笑)。

じゃあブログとか書けなくてフツーだよね。身体がその時空にいないんだもの。

 

ちなみに、これ現実にいる時にストリップ観ると、逆に別次元にトバされる感ある。

2.6次元くらい?(笑)

私にとって、ストリップは次元移動の扉みたいになってるかもね。

 

…などと戯言はさておき。つまりはそれで3次元に戻ってきた感覚だと。

そこに、先日臨時休業して参加した研修の影響もあり、

 

また、同時に1月半ばくらいから、セッションのお客さんが

「〇〇したいけど、なぜかできない!」

という、まるで今の私と同じような状態の方々が、結構な割合で訪れてくださって。

 

そうそう、最初はそれで悩みますよね。私も悩んでましたよ、うんうん。

 

でもセッションは、そんな私の経験を語る場ではありません(ときどき合いの手を挟んじゃうけど笑)。

そもそも「私」が答えるのではないですものね。

 

メッセージを翻訳してると、もちろん皆さん状況が違うので、お応えの内容は様々です。

「ああ、私と同じ状態でも、状況次第でアドバイスは違ったりするのだなあ」

などと思ってみたり。

 

そんなこんなが積もり積もったのでしょうね。

 

今日、のんびり予定のない休日で。

天気も穏やかで、そんなに寒くなくて、窓全開での空気の入れ替えもイヤじゃない。

 

ほわん。としてたら。

 

あ、書いてみよう。と。

 

それでこんな日記になりました。ほわん。

 

おそらく、本当にそのやりたい事が必要だったら、流れのままに任せてたらタイミングがくるんじゃないかと思いました。

 

焦って募って「その場」にいなくなっちゃうと、先ばかりに目を向けてると、

その場に届くシグナルや「積もり積もるなにか」をとり逃すかもしれない。

そっちのほうが、もったいない感じがします。

 

きっとそれまでは、ほかにやる事があるのかもね。

私もきっと書くよりも必要なことがあったのだと思う。

 

というわけで、流れのままにしていたら、

ようやく巡り巡って、こちらに戻ってきました。ただいま〜。

 

とか言って、またしばらく書かない日がくるかもだけど(笑)。

それまた流れのままに、ね。

 

とりとめのない文章なので、

せめて蓮ちゃんの写真を載せときます。

蓮老師&空老師は、まさに「流れのまま」を体現されている、私の師匠です!

 

 

2020年、あけましておめでとうございます。

 

あけましておめでとうございます!

新しい年を迎えましたね〜。

 

今年も私たちみんな、この世界にとって、素晴らしい1年となりますよう、

喜びや幸せが浴びるほどに降り注ぎますよう、

心よりお祈り申し上げます。

 

昨日まで曇りだったのに、元旦はスッキリ晴れていて。

んーん、気持ちいい!

世界に満ちている、新しいエネルギーをたっぷり味わいたくて

ちょっと寒いけど、窓全開。

清々しい気分で、呼吸もゆったりと、これを書いてます。

 

冒頭のお祈り、世界に発信しちゃってたから、

もう一回、照準を近くに合わせてお祈りさせてね。

ていうか、窓開けてたら、ずっといろいろ感謝したい気分。

指先はじわじわ冷たくなってきてるけど(笑)。

 

昨年もまた本当にたくさんの方々とご縁がつながり、いっぱいお世話になりました。

あふれるほどの愛と優しさを皆さんからいただきました。

本当に本当にありがとうございます。

 

今年もますます、私たちみんな、より幸せで充実した時間を過ごせますよう。

皆さまと一緒にワクワクした体験を、この世界で味わえますよう。

新しい年に、新しい潮流の中で、心からお祈り申し上げます。

 

今までに出会っている方はもちろん、

今からお会いする方も。

2020年は、いったいこれから何がおきるのか?

わくわく毎日アドベンチャーが始まります。

 

そんな冒険の日々の中、

どこかのベストタイミングで、今年もお逢いできるのを楽しみにしています。

ぜひ、一緒に世界を遊びましょう。

 

2020年も、よろしくお願いいたします。

12月4日(水)19時〜「できるーセ・ポシブル」上映会へのお誘い。

もう、タイトルだけで内容完結してますが。

 

「できるーセ・ポシブル」というドキュメンタリー映画の上映会が、

12月4日(水)の19時から、土橋にあるカフェ「ハチドリ舎」で開催されるので、そのお誘いです。

面白そうなので、一緒に観にいきませんか?

 

本当はもう少し早く告知すればいいのに、相変わらずの腰の重さで今日になってしまいました。

まあもし、タイミングが合えばってことで。

平日ではあるけれど、夜に土橋だから、お仕事帰りにも大丈夫ですよ。

 

で、そもそも、なんで唐突にお誘いしてるかというと。

 

私自身はあんまり映画には詳しくありません。

ダンナが好きなので、自分で選ぶよりも彼が「これは貴方にも面白いだろう」とチョイスしたものを観に行く…というパターンが結構多いのです。

 

で、この「できる」が彼のオススメ映画でして。

今ちょっとダンナに取材するね。どんな映画なのですか?

 

フランス人のカップルがヒッチハイクをしながら、

日本各地のパーマカルチャーやエコロジカルな生活をしている人々を訪ねて、

持続可能な日本の未来のビジョンを感じさせてくれるようなロードムービー。

 

…だそうです(まあ彼もまだ観てないのでアバウトですが)。

前から「観たい観たい」言ってました。

クラウドファンディングで映画を作ってる頃から注目してたみたい。

確かに面白そうではある。

あるが、私からすると結構マニアックなテーマだと思うので、上映する場所があるのかなあ。とか思ってました。

 

それが先日、イベントで久しぶりにハチドリ舎の店主と再会する機会があり。

いろいろ世間話をする中で、彼が店主に

「あのー、そちらでは「できる」の上映会やりませんか」

と、めずらしく積極的に尋ねたのです。

 

そしてさすが、店主もその存在を知っておられて、

「あ、そろそろ公開されるかもですね。観たいですか?」と。

「観たい観たい!」とダンナ。

それが10月だったかな。

 

その後、1月ほど経った頃。

ある時、ハチドリ舎さんから「12月に「できる」の上映会しますよ」という連絡をいただいたのです!

 

これ、もしかしたら(違うかもだけど)、その時のお願いが影響したのではないか、と思うのです。

私たちお客さんの希望をすくいとって、すぐに実行して現実を作り上げていく。

 

うーん、相変わらずフットワークの軽い店主の実行力を尊敬します。

 

で、せっかく希望したことが実現したのだから。

ぜひたくさんの方に観てもらいたい!と思ったのです。

 

まだ私も観てないけど、こんな風な流れで顕現化したことは、

きっと面白いに違いない!と。

 

あの素敵な空間のハチドリ舎で、このブログを読んでくださった方も一緒に

まったり映画を楽しんで、いろいろお話してみたり。

…とかできたら楽しそうだなあと思って。

 

そんなわけで急なお誘いと相成りました。

よかったらご一緒に映画とハチドリ舎を楽しみましょう。

 

あ、ハチドリ舎を知らない方もいらっしゃるでしょうから、

前に書いた日記を紹介します。気になる方はご参照くださいませ。

 

ハチドリ舎〜社会との繋がりを感じるカフェ〜

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=680

 

ではでは。

もう24時過ぎたから「明日」のイベントになりますが(汗)。

偶然それまでにこの日記をみて、偶然内容に興味を持って、偶然スケジュールが空いていて、偶然一緒に映画を観ることができる人がいるかもしれないものね。

 

そんなことも密かに愉しみつつ。

12月4日(水)19時から、よかったら観にいらしてくださいね!

SUN&MOON、今秋も広島上陸!

こんにちは。

今日はお知らせです。

 

占猫の店主は、店のカウンターでドリンクをつくってるだけでなく、

実は、また別の顔があって(笑)。

アルーンコンシャスタッチというボディーワークの施術も行っています(予約制)。

 

興味がある方は、このブログのリンク先になっている

「Bloom Touch 飛猫」のHPをご参照くださいませ。

 

そして、このアルーンコンシャスタッチに「SUN&MOON」という、なかなか体験できない施術コースがあります。

それは、男性と女性のセッションギバー2人によって、4つの手になる施術が行われるのです。

 

この、男女2人の施術者が一緒に、という機会が滅多に訪れませんからね。

それが今秋も11月25日(月)、広島で体験できることになりました!

今回も占猫店主と、盟友である関東在住のアディのペアで提供します。

 

やったー!、私もちょうどその日は用事で休業するので、最後の時間帯をさっそく予約しました〜!

 

どれだけ貴重な機会かというのは、前回の広島初上陸の際の日記があるので、

詳しくはそちらをご参照ください。

※最後の日時や料金などの告知データは前回のものです。お間違いないよう。

 

「アルーンコンシャスタッチ「SUN&MOON」が広島上陸!」

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=629

 

わざわざ昔の日記を読むのがメンドウな方に一言で(占猫のお客さん向けに)説明するとしたら、

うちのタロットは「今聴くといいこと」が出てくるわけですが、

アルーンは「今体験するといいこと」が起こります。

 

それが、普段の施術は2ハンドですが、SUN&MOONになると4ハンド。

多様性と深度がパワーアップされる気がします(個人の感想ですよ☆)。

 

今回のセッションはこの日1日だけ。

もしタイミングが合えば、そして、興味があれば、ぜひ気軽にお問い合わせくださいね。

飛猫か、あるいはいつもの占猫の予約アドレス&お電話でも対応します。

この日記を開催前に読んだってことはご縁があるかも(笑)。

 

そして、ちなみにアルーンコンシャスタッチをセッションを受ける側ではなく、

施術する側に興味がある方にも朗報です。

 

このセッション日の前に、11月23日(土)24日(日)の2日間で、

日本におけるアルーンの第一人者、ラサタが江田島でワークショップを開催します。

こちらも、興味ある方は飛猫にご一報くださいね。

この件の詳細も飛猫HPに掲載されてます。

 

ちなみに私も何年か前に一度、ラサタのWSに参加したことがあります。

私みたいな素人でも、すっごく面白くて、やはりとても瞑想的でした。

終わった時には心が静謐になって、心身のデトックスが行われたみたい。

 

あ、そうそう、その時の日記も残ってるからリンクしとくね。

よかったらみてね。

 

「アルーンコンシャスタッチのワークショップが広島で開催されます」

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=369

 

と、今回はアルーンコンシャスタッチについてのお知らせでした。

今週末の急な話だし、このタイミングでは参加できなくても、

アルーンコンシャスタッチ自体は、占猫店主の施術をいつでも体験していただけます。

 

ここ最近は、私のタロットと店主のアルーンタッチを同じ日に続けて予約して、

1日で心と身体、両方のケアを愉しんでいただく方も増えつつあります☆

(アルーンの施術は占猫から徒歩1分の場所で行ってるのです)

 

そんな贅沢な体験もぜひいつか。

今度また、私のアルーン体験も書きたいなあ。

…って、なんか最近、あれも書きたいこれも書きたいと言いつつ、ぜんぜん書けてない(汗)。

まあまあ、無理せず、書けるタイミングで楽しく書きたいと思います。

またその時にはよかったら読んでやってくださいね。

 

今日も読んでくれてどうもありがとう!

全力エネルギーをたっぷり浴びて。

日本で開催されたラグビーW杯が、先日終了しましたね。

私にとっては、なじみのないスポーツだったので、この機会に親しんでみよう。

と、時折TV観戦してました。

 

W杯が始まった時にもそういう話をブログに書いて、

「終わる頃にはルールがわかるようになってるといいなあ」

的なことを語っておりましたが。

 

結果、ルールはよくわかりませんでした。

なんか、結構細かくてむずかしいの。

「中央から何メートルのうちにどうこうやるとペナルティ」とか、

ここに、何をどう書いていいかもわからないくらいのレベルでわからない。

 

おそらく、こんな流血が日常茶飯事の、危険と隣り合わせのスポーツだからこそ、

ルールを厳格にしないとダメなんだと思います。

 

ですが、私には慣れるまでに時間がかかる気がして。

きっとW杯中にはムリだな。と判断し、途中からはいさぎよくルール気にせず、つまり頭を使わないで試合の流れを眺めるだけの観戦をしておりました。

 

そうすると、それはそれで面白い感覚で楽しめます。

もしかして3歳くらいの子どもの頃に観てるような感じだったかも。

 

何をやってるのか「理解」はしてないけど「感じ」は伝わってくる。

 

頭でがんばって理解しようとしながら観てる時より、試合の趨勢は感じられてた気がします。

 

激しくて、パワフルで、全力同士のぶつかり合いのエネルギーがそこにある。

一歩でも、1センチでも前進しようと必死に全力で向かって行く。

観てるこっちまで息をつめて力んでる。

 

「世界レベルの全力」を目のあたりにして、TV越しでも私は幾ばくかの影響を受けてるように感じてました。

全力ってどういうものか、を言葉ではなく実践で伝えてもらってるような。

 

そんな中、

もしかしてこのラグビーの全力パワー、今の日本に必要なエネルギーだから、このタイミングに日本でW杯開催することによって届けてもらったのかしら。

と、ふと思ったのでした。

 

というのも、振り返ってみれば、

このW杯期間中は、セッションにおける魂からのメッセージにも、

「全力で好きな人にアタックしろっ!」

「バンジージャンプ飛ぶくらいの勢いで、自分の意見を伝えちゃえ!」

「今度こそダンナに歯向かって全力で喧嘩を挑め!」

「逃げるな!全力で結果考えずぶち当たれ!」

 

みたいなメッセージが結構多かったように思うのです。

もちろん普段でも、そういうメッセージはありますよ。

ただ、なんか、割合が多かったかなあと。

しかも、口調も激しめ。

 

…うちの店での経験だけで日本を語るのもなんだかですね(笑)。

 

W杯期間中、少なくとも私が接していた世界においては、

全力を出せ!突撃しろ!的エネルギーが必要な場面にいる人々が多かったのです。

 

今回のW杯が、サンタクロースのように「全力エネルギー」をもたらしてくれたことで、ちょうど必要だった人々にタイムリーに届いた。みたいな。

欲しい栄養素が身体に入ったような感じかな?

 

そしてタロット(=魂のメッセージ)は「今聴くといいこと」「今ならできること」をお伝えするので、

このW杯期間中のセッションでは、

「全力エネルギー届いたから突撃してみて!今ならできる!」系アドバイスが多かったのでは?

と思ったわけです。

 

たとえばあるお客さん。

これまでずっと恋愛に引っ込み思案で、なかなか積極的になれないタイプだったらしいのですが、

今回「なりふり構わず全力でアタックするべし!」的な熱いメッセージが来て。

 

やっぱりその人にとって「今聴くといいこと」なので

「あ、なんか今ならやれそうな気がする!帰ったらスグやってみます!」

と元気に飛び出していかれました。

 

 

きっと、そういう系のメッセージが魂から届いた人でも

「え?全然ラグビー興味なくて観てないけど?」

というケースもあると思います。

ですが、観てる観てない関係なく、エネルギーには影響うけると思うのです。

 

私はよく、ハチロクの日の広島は祈りのエネルギーに満ちている。

と書きます。

目には見えなくても、意識するしない関係なく、大なり小なり、祈りのエネルギーが広島全体に影響していると思うのです。

 

それと同じように、ラグビーとそれを応援し愛する人々の熱いトータルなエネルギーは、日本全体に影響しているんじゃないかと思う。

 

観戦を体験したりとか、ラグビーのエネルギーにどっぷり浸った人はもちろん、

まったく興味がない人にも、私のようなルールわからずTV観戦する人にも。

ラグビーは私たちみんなに、すばらしく熱い、本気のピュアなエネルギーを届けてくれました。

 

もちろん、それをどう感受するかは人それぞれ。

意識し受け取る人、無意識で受け取らない人。無意識だけど受け取る人…等等。

影響はあっても、受け取るかどうかは本人の自由ですものね。

 

占猫にはW杯期間中、そのエネルギーを受け取る準備の出来てた人が多く訪れたのではないかと思ったのでした。

 

ちなみに先ほどお話しした、恋愛で熱いメッセージが届いたお客さん。

それはW杯が始まって間もなくのことでした。

「全力で気になる彼にプッシュするべし!」

と届いたエネルギーのまま、セッション直後からアタックを開始したそう。

 

そして結果、無事お付き合いすることになったのだそうです!おめでとう〜!

 

…というご報告を、つい最近、思えばW杯決勝戦の日にいただいておりました。

 

目には見えないけれど、私たちはきっといろんなエネルギーの影響を受けている。

だったら、せっかくのポジティブなエネルギーはたっぷり浴びて、ご相伴にあずからなくちゃね!

 

W杯によって私は、全力で、熱い、ひたむきな、突撃、前進、無我夢中のエネルギーを味わうことができました。

自分には少ない要素だったので、たいへん滋養になりました(笑)。

 

そういえば私も、この期間中に「えいっ!」と勢いで始めたことがあります。

これももしかしてラグビーの影響かもしれません。

それについては、また気が向いたら書くね。

 

というわけで。あらためましてラグビーW杯、日本での開催に感謝。

選手はもちろん、ラグビーを愛する人々が世界中から集まって、

素晴らしいエネルギーを日本に届けてくれてありがとう!

染めなおし

この前の臨時祝日、即位の日は、

白島で開催された「ココから市」を覗いてきました。

 

知り合いの店もいくつか出店していて、あらかじめチラシをもらってたの。

それを見るかぎり、屋外とは思えないくらいフードのクオリティが高そうな店名が並んでいて、めちゃくちゃ楽しみにしてました。

 

こういう屋外イベントで、ちょこまかと色んなものを食べるのは本当に至福です。

しかも季節は食欲の秋!蚊に悩まされないで思う存分いただけます!

 

と。そうだった、フードの話じゃなかった。「染めなおし」でした。

 

そう、チラシを眺めていたら、気になるワークが紹介されてたのです。

 

藍染めワークショップ。

 

こういう系のイベントでは、面白い体験ができるワークショップをやってることが多いのですが、

藍染めができるなんて、なんてタイミングがいいんだ!と。

 

実は、私にお気に入りの服がありまして。

Aラインの青のロングワンピースで、東京にいた時期に購入したから、何と10年以上着ています。

ラインも好きだし、不思議な染め模様で、森の木漏れ日、地面に映る樹木の影のような景色が、主張することなく薄く優しく全体に入ってるのもお気に入りポイント。

 

インド製で(それにしては生地もしっかりして)流行りも関係ないし、すごく気に入って大切に使ってたから、服もその気持ちに応えてくれて長持ちしたのかなあと。

 

なのですが。

さすがに経年劣化は否めず、特に色あせが目立つようになって。

悲しいことに、ここ2年くらいは店に着ていく気分になれなかったのです。あんなに好きだったのに。

 

「その色あせ感が味になってるし、ぜんぜんまだ着れるよ」

と言ってくれる人もいるのですが、

私自身が、最初の色合いや元気の良さを知ってるから、さすがにもう卒業な気分になっていたのです。

 

そして今年。ついに「よし、手放すか!」と決意しようとした時。

ふと「染めなおしちゃえば?」という声が聴こえて。

 

おお、なるほど!それはいいアイデア!…と、思ったけど。

でも、誰がやるの?

染め道具をこのためだけに購入するのも何か違う気がするし。

やったとしてもハンカチなどの小物ならともかく、シロウトがこんなロングワンピちゃんと染めれるのか?

 

…とか逡巡した結果。

あと1年くらい待ってみて、ご縁で藍染めの出来る機会が何かの形でやってきたら染め直す。こなかったら手放す。

という結論に落ち着いていたのです。

 

で、今回の「ココから市」ですよ。ラッキー。

というのも、普段はイベントのチラシを見たりしないから。

あらかじめ藍染めワークがあることを知ったから、その服を持参できたのです。

じゃなければ、その場で知ってガーンとなるとこでした(笑)。

 

こういう機会が巡ってくるということは、もうしばらく着ろってことだな。

と、バッグにワンピをしのばせて、いそいそと遊びに行った次第です。

 

そして、さっそく藍染めワークのブースに「持ち込みの服を染めていいか」お尋ねしたところ、ご快諾いただき。

しかも用意されていたのは、本物の天然藍でした! 

どんなになるのか楽しみ〜!

 

まずは、スタッフの皆さんと一緒にワンピを眺め、どんな風に染めるか相談。

「わー、かわいい」「このままでもいい感じ」とか、いっぱい褒めてもらって服も嬉しそう。

最初からの染め模様が、そのまま隠し味になりそうだし、絞りの柄などは入れないで、丸ごと真っ青にすることに。

 

手慣れた方に手伝ってもらい、藍の入った容器にお風呂に浸けるようにそろそろと入れてあげる。

入れ方によってはムラがはげしく出たりするみたい。

いやほんと、自分でやろうなどと無謀なことを思いつかなくてよかった。

 

あとは他のブースで眺めたり食べたりしてる間に、藍が服に作用してくれる。

しばらくたって引き揚げてみると、とっても鮮やかなグリーン!

「わー、青くないんだ」

「藍の、植物の色なの。日にあてると酸化してすぐに青くなってきますよ」

と言ってる端から、みるみる青くなっていく。

いわれてみれば、野趣あふれる草の香りもして。

 

天然の生きた藍に浸かった服は、おかげさまですっかり生まれ変わったよう。

前とは少し違う、鮮やかな青に染まり。

下地の柄がまだらな濃淡を醸して、奥行きのある色合いになりました。

 

染め直すことで、生地自体も藍にガードされて前よりしっかりした気がするし。

藍のご加護をもらって、新たな服として再誕生!

 

また久しぶりにお店にも着ていくと思います。

もし私が鮮やかな青のワンピを着てたら、この子です。

 

藍パワーのおかげですっかり元気を取り戻して、服がとても嬉しそう。

天然藍サン、そしてスタッフの皆さま、甦りのエネルギーをどうもありがとう!

スマホ版ブログを初めて見た時の話

そう、もともとスマホにした理由である、ガラケーでは自分のブログが操作できなくなった件。

 

ようやくスマホ回線がつながって、早速やってみたのがブログをスマホで見ることでした。

さーて、どれどれ、どうなってるかな?と。

 

もうね、びっくりした。

 

なんですか、あれ。

ものすごくおっきい広告が、画面の5分の1くらいを覆っていて。

読み進む状況にあわせて、上へ下へとちょこまかと移動して、鬱陶しい事この上ない。

私の日記なんか長々しいから、さらに読み進むのがメンドウで、自分の文章ながら途中で挫折。

 

「人気記事ランキング」(こんなの初めてみた!ガラケーにもタブレットにもこんなコーナーございません)の隙間にも、

「なんでウチのブログでその趣旨?」なナゾの広告がちょこちょこ入って、まるで記事みたいなフリをしてるし(汗)。

 

即行、その日のうちに有料ブログにしました。

 

で、デフォルト(←このワードも最近覚えた笑)は素っ気ないデザインだったので、

有りモノでしたが、なかなかに可愛い、ネコのイラストが入ったのに模様替え。

 

ふう。これで少しは人ごこちついた。

ちょっとは読みやすいブログになったかなあ。

ようやくお客さんをお迎えできるくらいの部屋になったかな、という。

 

「タロット&数秘術の小部屋」のほうは、いちおうHP的な役割なので、前から広告なくしてたけど、

こっちの「ことほぎ日記」は、

「フツーに日記だし、有料にするほどの立派な話を書いてるわけでもないし」

とか思って、そのままにしてたのです。

 

いやしかし、アレは駄目でしょ。読めないよ。

言い訳すると、自分がこれまで使っていたガラケーの画面もタブレットの画面も、結構スッキリしてるのです。

だから同じくらいの感覚で読める環境だと思ってた。

 

それが、スマホからアクセスしたら、あんなゴチャゴチャしい世界だったなんて。

 

そして同時に、今までブログを読んでくださってた皆様に心から感謝の気持ちが湧き起こりました。

 

今の世の中、おそらくスマホで見てくれる方が多いと思うのです。

 

あんな読みにくいブログにアクセスしてくださって、根気強く長い文章を読んでくださって、本当に本当にありがとうございます(最敬礼ペコリ)。

「ブログ読んでますよ〜」と笑顔で言ってくださる方々が、あの画面で読んでくださってたとは。

いやはや、反省しきりです。

 

これで少しはスッキリした環境で読んでいただけるのではないかと。

どうぞこれからもこんな風に、気が向いた時にはブログに遊びにきてくださいね!

 

取り急ぎ、ブログもスマホ生活に伴ってリニューアルしました!

というご報告でした〜。

スマホ始めました。

はい。ついに!

ガラケーをスマホに替えました!

先日書いた日記のとおり。

 

陽、極まれり。

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=686

 

ガラケー、色んなサービスがどんどん終了してしまい、使い勝手が悪くなるばかり。

決定的だったのは、自分のブログと繋がらなくなった事。

 

なんかもー、開発によって安穏とした住処を追われる野生動物の気持ちがわかった気がする。もののけ姫状態。

 

とはいえ、折しも今年は私にとって数秘的には9年周期の9年目。

色んなものを手放していく年なのです。

 

9年前の9年目には、大好きな井の頭公園での生活や下北沢のカレータロットカフェを手放しました。あれは大きかったなあ。

今回はいったい何を手放すんだろう?と思ってたところ、

昨年末、占猫のビルが取り壊される話がやってきて

「ああ、来年(つまり今年ね)は占猫を手放すんだ」と理解してたのです。

 

しかし、正式な通知は未だ来ず。

どこかのタイミングでなくなることが確定してるとはいえ、9年前ほど手放した感ないなあ。

とか思ってたら、ここに至って急に大きい手放しが来ました(笑)。

 

これかあ。ガラケーは手放した感、卒業感、すごいある。

おそらく私の脳内的には大英帝国の産業革命レベルです(大袈裟だな)。

今まで手で糸を紡いでたのが、紡績工場に飛ばされたような。

 

でもたしかに、今年に入ったからなぜか急にネット関連のことについて苦手意識が薄くなってきたのですよ。

 

突然ですが意識が変わりまして

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=601

ネット鎖国からの開放

http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=611

 

スマホに移行する準備はじわじわとできていたのかなと。

 

新しいものが人生に入ってくるのは、とてもワクワクする冒険です。

初歩の初歩から始める学びって、大人になると滅多にないのでとても新鮮。

知らないことを一から体験していく。

 

何をやっても新しいの。

スマホ成長日記でもつけてみようかな(笑)。

端末が届いてから、さっそく翌日にはスマホケースやノウハウ本みたいなのを買いにいってみたり。

そもそも、今まで興味なかったから

「ていうか、スマホケースって、ネット以外だとどこに売ってるの?」とかハタと悩んでみたり。

今回はわかりやすく東急ハンズに行ってみました。

 

ケースを着用させるまでは、まるで子猫に触れるよう。

落とさないか傷つけないかヒヤヒヤしながら扱ってました。

それでも結局1メートルくらい落下させました(汗)。滑りやす過ぎ。

気をつかって逆に緊張しちゃうのか。

防護シートを貼るときも、あわや猫毛が間に入りそうになってみたり。

(でもこれは空ちゃんの陰謀だと思ってる。「私を常に携帯しなさい」的な笑)

 

ようやくケースに収まってくれて、猫毛も排除して、しみじみ眺める。

私にとっては「全く新しいモノ」なので、わりとピュアにスマホを観てるかも。

 

こんな掌にのる小さなモノが、実は最先端の知恵と技術の結晶で。

ここから知らなかった世界にも気軽に繋がれる。

その神秘への入口が、こんなフツーに手元に置かれてるなんて。

 

やっぱり、このサイズ感に驚きます。

タブレットをずっと使ってるので、スマホサイズの操作感はまだ不便なんだけど、何というか、ミニチュア的な魅力を感じます。

 

子供の頃、キティちゃんのグッズとか、だいたい文具系などは何でもミニチュアになっていて。

ちっさい色鉛筆セットとか定規セットとか、実用的ではないけど魅力的でついお小遣いはたいて買っちゃった…みたいなことが数知れず。

なんとなく、そういう感じな魅力がある。

 

使いづらいんだけど、今の時点では

「おお、こんな小さいのに機能性スゴイ!」

みたいなとこでボーナスポイントとってる。

 

感覚的には、スターウォーズのR2D2がちっちゃくなって横にいる感じ。

昔、R2D2欲しかったんだよね。

 

たいがい、こういうモノには名前をつけちゃうんだけど、なぜかまだ降りてこない。なので今のとこ仮にR2D2って呼んでます。

…あ、もしかしてR2D2って呼ばれたいのかな…?まあ、しばらく様子をみよう。

 

ちなみにC3PO的な部分もちょっと感じる。わりとお節介ぽい。

 

契約時、Apple musicが半年無料というサービスをもらったんだけど、

もう、回線繋げたとたん、

「まだApple musicの初期設定が完了していません。こちらでお手続きを」

って毎日催促されてました(汗)。

 

こちとら、音楽どころか最低限機能を起動させたり同期させたりでアップアップなのに。そんな余裕ありません!

 

ここ最近になってようやく繋がりました。

うーん、これもスゴイね。Apple music(に代表される音楽配信)。また書く機会があれば書こう。ピュアな初期の驚きを書き留めておこう。

 

とまあ、なんとかかんとか、すったもんだしながらスマホと少しずつ交流を深めているところです。

 

とはいえまだまだ始めたばかり。

山登りなら一合目くらい。

なので、占猫から謎のワン切り電話がかかってきたり、変なメッセージが届いたら、操作ミスの可能性大です。優しくスルーするなりご指摘いただければ幸いです。

 

今もね、ブログアップしようと思うと、改行ができてなかったり、

スマホに合わせてiPadもバージョンアップしたら、今まで馴染んでたシステムが変わってたりで、アワアワしてます。

 

みんなすごいね〜。こういうチョコチョコしたアップグレードに伴う変更に順次適応してるんだと思うと。

慣れると、適応能力は磨かれそうですね。

そこ、ものすご〜く苦手なトコだからなあ(笑)。

まあ目の前のことを一つ一つやっていくだけですね。二合目目指して(笑)。

 

今後、皆さまのご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

まずはスマホのある人生にシフトチェンジしたことをご報告まで。

台風19号に触発されて。

台風19号、すごかったですね。

一夜明けて、映像を目の当たりにして驚愕しました。

こんなに多くの川が氾濫するなんて。

水の豊かな国の、もう一つの側面。

自然の威力と人間という存在の小ささ、無力さ、という現実をしみじみ感じました。

畏敬の念を持たざるを得ません。

 

今回のあちこちでの被害に心が痛みます。

多くの亡くなられた方へ、心からの哀悼の気持ちを送ります。

そして、まだまだその後の影響が残る地域がたくさんあります。

1日も早く皆さんにとっての「いつもの日常」が戻りますように。

 

当日は広島でも強風でした。

台風は逸れると聞いて、お仕事の予約も前日になって入れたのですが、

朝起きてみたら「えっ、これで逸れてるの?」と思うような暴風。

 

そこへ宅配便の方が荷物を届けにきてくれて。

「えっ、今日配達?大丈夫ですか?」「もう、大変ですよ」

と、風に吹き飛ばされそうになりながらサインしたり、その間にもドアが勢いよく閉まりそうになったり。

 

これはもう、雨が降ってないだけでフツーに台風じゃん。

と、お仕事も臨時休業しました。

せっかくご予約くださった皆様、すみませんでした。

でも風もあれだけ強いと危険です。

 

私は、あの、ゴッ。という音と触感に危険を本気で感じました。

部屋の中にいても、空気の張りつめ具合か気圧なのか、風の凄さが触感にくる。

雨が降ってなかった分、風に意識が向いたのか。

強風が吹いた、というよりは風のかたまりがぶつかってくる、という感覚。

 

前に広島の土砂災害が起きた時、ちょうど車で仕事帰りに大雨に見舞われたのだけど、

それは「バケツをひっくり返したような」というよりは、水のかたまりがぶつかってきた感じでした。

車の中にいるのに、ものすごい水圧を感じていて。

これは銀ちゃん(車の名前)が危ない!潰れちゃう!と本気で思いましたね。

 

あの時のことを身体が思い出しました。

今度は風のかたまり。

こんなに風圧を感じたことはなかったんじゃないかなあ。

まさに気象庁がずっと繰り返してた「これまでに経験したことのないような」を広島でも体験しました。

 

風がかたまりになるなんて。そのまま岩のようにぶつかってくるなんて。

想像もしてなかった。

地球、すごいなあ。自然はすごいなあ。

 

進路から逸れていた広島でこれだもの。

東海や関東の皆さんの体験はいかばかりか。

 

しかし、私はこういうのを体験すると

やっぱり地球温暖化の影響ではないか。と思ってしまいます。

 

世の中には、温暖化と人間の活動は関係ないという意見もあるみたいだけど(温暖化してないとかね。考え方いろいろ)。

科学的な根拠はどうであれ、これまでは殆ど起きなかった「100年に一度」や「1000年に一度」の災害が、月2ペースで実際起きてるし。

となると心情的に、科学は知らなくても

「そろそろ、もっと人間は地球に優しくしなきゃいけないんだろうな」と。

 

それはもう、電気も欲しいし、豊かな生活はしたい。

でも、人間の都合を優先して、一瞬豊かになったように見えても、

これまでよりハイペースで発生する災害によって、

家があっけなく壊れたり、水道ガス電気が使えなくなったり、

畑や田んぼが壊滅して、食糧不足や経済被害が起きたり、

あるいは、常にその可能性に高確率で晒された生活は、本当に豊かなんだろうか。

 

もしも地球が不調になったら、その一部である人間だけが不調から免れることはできないと思う。

 

そろそろ、もっと地球に優しくしてあげなきゃね。

 

かといって「非力な個人が、台風や温暖化、環境悪化にどう関わっていくのか」は、考察の余地がある。

んー、基本的なゴミの減量とか節電も「無理のない範囲(←ここ大事)」でやるとして。

 

あと私だったら、たとえば経済活動かなあ。

何かを購入するときに、地球環境を大切にする考えを持ち、実行している企業の商品を買う。地球を大事にする企業に一票入れる。

そういうのは、えてしてちょっと高めだったりするのだけど、そこを「地球のため募金」的な感覚で出してます。

まあこれも「無理のない範囲」ですけどね(笑)。

 

で、最近は「選挙があったら投票に行く」というのも環境問題と関わるためのひとつの手法かと思う。

 

個人がゴミの分別するのも大事だけど、もっと根本の、国の方針からザックリ変えるのが一番早い気がします。

 

とりあえず誰に投票するかはさておき、

最低限、地球環境に関して無関心な、むしろ環境を悪化させるような方針の人々には入れない。意識のある人々に自分の一票を入れる。

 

例えば、これは聞いた話なので、詳しいわけじゃないけど、日本は科学の基礎研究にあんまりお金を出してくれないんだって。

「今の自分たちに理解できる範囲」で役に立ちそう、と思うものにより多く投資してるのだとか。

「今の私たちには想像のできないようなモノ」を生み出す可能性のある研究には、国費が回ってないってことだ。

 

きっと今の私たちには発想できないけど、現状を変えていくような知恵はどこかにあると思う。その知恵を世の中に降ろせる人も現れると思う。

 

昔の人が「早い乗り物」を考えても、ある時までは「車輪」という存在をイメージできなかった。けど、どこかのタイミングで誰かがその知恵を降ろしてきたように。

そして今後は車輪以上の何かが誕生するかもしれない。

 

個人的にはそういう新しい発想のために税金を使ってもらいたい。

妙な戦闘機とか、兵器に兆単位のお金出すよりね。

沖縄の美しい海を埋め立てたりするお金出すよりね。

 

他にも、個人では賄えないような資金を投入することで、もっと地球環境を居心地よくする手段はいろいろあるんじゃないかと思う。

できれば、そういうことに意識的になれる人たちに政治をしてもらえるよう一票入れたいなあ。

 

おやおや、こんな話をするつもりじゃなかったのに。

「風のかたまり」なんてタイトルにして、台風のお見舞いの予定だったのに。

 

こんなに長くなったのは、台風に触発されたからかな。

書かされた感、ある。

「そろそろ、人間は目覚めたほうがいいよ」みたいに言われてる気がする。

 

地球はすごいから、もしかしたら温暖化で北極の氷がドンドン溶け出していようが、台風で福島の仮設場に置いてあった放射性廃棄物が海に流れ出そうが(重大だと思うのだけど、何でTVはニュースにしないのかしら)、そのくらいのダメージではまだ大丈夫なのかもしれない。

 

でも人間は今回の台風だけでも、かなりのダメージです。

「このままほっとくと、人間は地球上に存在するのが難しくなっちゃうよ。そろそろ目を覚ましたら?」って言われてるような。

 

人生いろいろ、通勤ラッシュに揉まれたり、職場や学校で苦手な人間関係に晒されたりする中で、苦しいことや都合の悪いことに「見ないふり感じないふり」をするスキルばかりが発達してきた気がする。

でもやっぱりそろそろ、こんな台風とか豪雨とか、さすがに見ないふりは難しくなってきた昨今。

地球からのメッセージのように思うのです。アラーム音が大きくなってきた。

 

実際、最近は16歳の環境活動家、グレタさんみたいな、これからの未来を担う若者たちが今の状況に呼応して、地球温暖化に本気で関わり始めているのが頼もしい。

きっと、人間もどんどん変化していく、その途上なのだろう。

 

今回の台風、今もなお大変で心痛むことだけど、

だからこそ、この経験をそれぞれに受け止めて、地球環境への意識を深めていくきっかけになるといいんじゃないかと思います。

 

そうして地球を思いやることが、子々孫々が幸せに暮らせる環境を保つことが、亡くなった方々へのせめてもの気持ちになりますよう。

 

台風一過の満月は、空気が澄みきって、とてつもなくプルプルと輝いてました。

 

世界はこんなに、美しい。

 

夢とタロットの多重構造について・タロット編(後編)

 

というわけで、タロット部門。後編です。

前編は夢のお話でしたが、後編は夢の多重的な構造が、タロットを詠むときと似てる感覚がある。…という話。

 

まず、知らない方のために、私のタロットのやり方をちょっと言葉で再現してみます。

 

最初、たくさんのカードの中からお客さんに一定数をピックアップしてもらって、テーブルの上にカードを展開させるでしょ?

お客さんに引いてもらうのが、状況によって13枚から20枚くらい。

 

その後、私がニュアンスで引く追加も入れると、だいたい20〜40枚くらいのカードが場に出るかな。

けっこうボリュームのある景色です。

 

一般的に「タロットリーディング」といってイメージされるのは、

そのカードの表面に何か、ある一定のメッセージが現れていて、

それを読み解く、みたいな感じかと思います。

 

が、私の感覚でいうと、1枚1枚のカードが、ものすごく多重的なエネルギー構造を持っていて、たくさんの意味にとらえられる、無限の可能性を持ってます。

限られた、定まったメッセージではないのです。

 

もちろん「今、その人が聞くといいこと」のエネルギーが一番表面に現れてるので、

私は普通にそこを読みますが、実はその奥にものすごーーーく深い海のように、

果てしなく遥か下まで、いろんなエネルギーがそのカードを構成し、織りなしていて。

 

一枚のカードが、その表面だけでなく、ずーっと奥まで続いてる…

イメージでいうと、図書館の書架の列がずらっと奥にならんでいるのが見えてる感じ。

 

もちろん、そんな果てしないの読んでたらキリがないから、私からはわざわざ詠みに行きませんよ。

 

その人の魂が提示している、一番上に出ているメッセージだけに集中します。

 

でも、その下に無限に見えるくらい、他にも同時にメッセージが存在してるの。

 

夢の中みたいに多次元にわたって、意味とメッセージが銀河の星々のように、奥行きをもって存在している。

 

そしてセッション中、カードの表面に出ていた以上のなんらかの進展があったり、質問があったりすると…

突然、その図書館の書架の奥のほうから、ゴゴゴゴ〜っと、その進行や質問に必要な情報やメッセージが、さっきまで出ていたものとチェンジして、浮き上がってくるのです。

 

そして私はまた、その、一番上に届いたメッセージを読む。

つまり、出ているカードはそのまま同じでも、必要ならば次の段階のメッセージが届くこともあるのです。

 

この多次元性、タロットの時には以前から体験していたのだけど、

実は夢の世界でも、あの感覚で多重構造になってるのか〜。というフィーリングを得るようになったのです。

 

ということは、現実の世界でも…?

 

相変わらず、夢の内容はぼんやりしたものが多いけど(笑)、

この多次元感覚を、タロットだけでなく夢の中でも感じられたのが、最近の面白い発見です。

 

ちょっとマニアックなので、ブログに書いてもどうかな〜と思ったのだけど、

私のブログは、日記みたいなものですし。

 

わかりにくい話を書いてるかもですが、この人のメモなのね。とご了承いただければ幸いです。

 

そうそう、よく「直感を磨くにはどうすればいいですか?」と、尋ねられますが、

今回の体験から思うに、夢日記をつけるのは感受性を磨くのに役立つとおもいます。

感受性は直感だからね〜。

 

日記書くときは、具体的な内容よりも、それに対してどんな感情があるのか、とか

夢に対する感受のフィーリングにフォーカスすると面白いかもです。

 

と。いちおう最後だけでも「ちょっとはお役立ちな日記風」に無理やりしてみました(笑)。

 

長々、途中でやめずによんでくださった方、どうもありがとう。

夢とタロットの多重構造について・夢編(前編)


何年もごぶさたしてたのだけど、またふと思いついて、久しぶりに夢を書きとめることを始めました。

最近、朝起きぬけにメッセージが届いたり、何かひらめいたり、朝の直観が活性化してるような気がして。

そこにちゃんと意識を向けてみようかと。
夢はいろんな情報を与えてくれますからね。

とはいえ、どっちかというと、あんまり夢を覚えてないタイプです。
起きた瞬間に忘れる感じがする。
あるいは覚えていても、そんなに印象的ではない夢だったりね。

でも、夢見も鍛えることができるのです。
私はそんなに得意じゃないけど、それでも書きとめ始めると、夢も呼応してくれるみたい。

夢の力を鍛える方法。
まずは夢にやる気を見せる(笑)。

寝る前に、専用のノートとペンを枕元に置いておく。
気合入ってるな〜と夢に思ってもらう。

そして起きたらスグに、霧のように漂っている夢のかけらを書きとめる。
どうってことない夢であっても、覚えてることを書く。

そうすると不思議なことに、書き出すと、芋づる式にいろいろ思い出してくる。
覚えてることの前に見ていた夢の内容とか。
あのスルスルっと芋づる式に出てくる感覚が、不思議に気持ちよくて愉しい。

あるいは、面白いのは、ある夢のことを書き出してると、
実はその夢と並行して、同時に違う夢を見てる感覚を思い出したり。

どうやら多重構造なのか、同時進行で、別次元で別の夢が並行している感じがある。

この感触は、以前には感じられてなかった。今回の書きとめ始めてから感じられたこと。
少しは夢に対しても、繊細に感受できるようになってきたのかな(笑)。

夢は夜寝てから朝までの、一本の線を辿って見てるわけじゃないんだと。

何層もの構造になっていて、同時にたくさんの夢を見てるのに気づけました。

その感触が興味深い。
今のところ、同時に認識・感受できるのは3層くらいだけど、おそらくもっと多重構造なのだと思う。

それで思い出したのが「過去と未来は、常に今にある」という話。

これは例えでもなんでもなく、実際に今現在に未来も過去も重なっているらしい。

でも、私にはなかなか感じにくく。まだ実感できてないのですが、
もしかして、それは夢の多重構造みたいな感触で、現実の未来過去も、今こうして書いてる瞬間にもあるのかな。と思いました。

朝起きたてのまどろみの中で感じている、あの、次元の重なりの感触。

もちろん全然違うかもだけど、感触としては、このへんの触れ方なのではないかと。
ふと思ったので、とりあえずメモね。

で、今のメモはただの臆測ですが。
この夢の多重構造の感覚、実はタロットのセッション中にはおなじみの感覚です。

「あ、この多重構造、タロットのときの感覚と似てる〜」って思いました。

こっちはリアルです。
長くなりそうだから続きは別に書こうかな。

次回、多重構造タロット編(笑)に続く。
リーディングのご感想ありがとうございます。
いつもありがとうございます。
今日はひろこさんから頂いた、手書きのお手紙での感想を紹介させていただきますね!

☆★☆★☆

先日はタロットリーディングをありがとうございました。

宇宙服を着て、ポツンと浮かんで、外の世界とコミュニケーションをとってる。
そんな姿が、今の私。

そんなお話から始まった、魂からの長いお手紙。

「全く、その通りだわ」と。
虚しいというか、味気ないというか、もどかしいというか…。

「それじゃあ、もうつまんない〜!」と、私の中の『ハートちゃん』がジタバタと叫んでたんですね。

これまで人との付き合い方にしても、うわべだけをサラッと撫でてやり過ごす方法を、自然にとってきたのだと思います。

自分の感情は深く沈めて、「いい人」仮面をかぶって生きてきて。
いざ深く関わろうとしても、その術が「わからない」となり、立ち止まってる状態だった気がします。

せっかくこの人生に生まれて、夫をはじめ出会えてる人たちと、しっかり向き合って、楽しく今を生きたいなと。
そう思ってる、そう望んでる私に気づけました。

そのことを伝えてもらえ、本当にありがとうございました!

「今」まさに聴いておくとよいメッセージを、このタイミングで教えてもらえたこと、
占猫、あゆたやさんとの不思議なご縁に心から感謝です!

このごろの、もやもやしていた自分を「おめでとうございまーす、魂の成長です」とお祝いされて、「なんだ、そうだったのか」と。

そして「今の私だから、変化していける時だから、こういう機会をもらえたんだな」と、納得できました。

少しずつ気楽に、そして大きな流れにまかせて日々を生きてみようと思います。
またいつかのタイミングで伺わせてくださいね。

☆★☆★☆

ひろこさん、ありがとうございます。
こちらこそご縁をいただけて感謝です。
そのうえ手書きのお手紙のご感想までくださって。

タロットは、魂は、いつも「今聴くといいこと」と伝えてくれますが、
そのメッセージの根幹となるのは「魂の成長度」です(ざっくり一言にしちゃうとね)。
タロットは魂の成長した面を見せてくれるのです。

そしてそれは、漫然と「ハッピー!おめでとー!ラッキー!これから良いことがおきますよ〜」みたいな根拠のない話じゃなくて。

たいていの場合は、ご本人の自覚症状を根拠に「どのように成長しているのか」を伝えてくれるので、自覚とリンクして納得できるのです。

まるでレントゲン撮影したかのように、成長状況がタロットに映し出されるの。
あ、もちろん「今聴くといいこと」の範囲内でね。

タロットは一般的なサイエンスとは違うだろうけど、
毎日お付き合いしている私としては「心の科学」みたいに感じます。
心なりの根拠があって、具体的でクリアな内容。

基本的には優しくて愛のあるメッセージですが、
愛あるがゆえに、ご本人にとっては時に耳の痛い話を伝えられるケースもあるみたい。
そのあたりもシビアというか冷静というか。
お茶を濁さないで伝えるべきことはハッキリ伝える、という感じなのです(私はなるべく降りてきたそのままお伝えできればと思ってるので、それが耳に痛かったらすみません汗)。
まあでも魂は、聴く準備の出来てないことは言わないから。
聴きたくないかもしれないけど、聴けるタイミングにはお伝えしなきゃなのです。

私が使ってるタロットは、アレイスター・クロウリーという人が発案したカードなのですが、この人が現代の魔術師(といっても100年くらい前の人だけど)と言われてて、魔法や錬金術などをガンガンに研究していたらしく。
あんまり彼を意識したことはないけど、そういう研究者っぽい人が作ったカードというのも、メッセージのテイストに多少影響があったりするのかな?

また話がそれてますね。

とまあ、そんなこんなで根拠を示したうえで
「魂が成長してますよ〜。おめでと〜!」
と、お伝えする場面に立ち会えて、言祝ぐことができるのはとっても嬉しいです。

じっさい、魂の成長って本人は自覚しにくいよね。
そもそも「魂が成長する」という概念が普及してないから、どういう感じが魂の成長なのか意識化されることが少ないかも。
これはもう言葉では説明できないので、
興味のある方には、いつか「成長おめでとう〜!」って言祝ぐタイミングに、ぜひ体感していただきたいなあ。

などなど、またとりとめのない話になってしまいましたが。

ひろこさん、今聴くといいタイミングでお祝いをお伝えできて光栄です。
これからも、ますますどんどん、魂の成長を楽しまれますように。

またいつでも遊びにいらしてくださいね。
潜在意識をかき回せ。


これまでに何度かリーディングにご来店いただいたリピーターのお客さん。

「こんにちは〜、お久しぶりですね。今日はどんな感じですか?」
「ん〜。何やってるのか、もうよくわかんないから、とりあえず潜在意識をかき回してもらおうと思って」

お。その表現。しっくり。
潜在意識をかき回す。

言葉にするとイメージが制限される場合もあるけど、言葉になることで無意識に感じていた「何か」がクリアになる場合もある。
そうだ、セッションでは潜在意識がかき回ってる感じがする。

なんだかよくわからない時には、とりあえず潜在意識をかき混ぜてみる。
前日に作ったカレーを温めなおす時みたいに。

そうすると、今まで見えてなかったものが見えてきたり、これまで意識の奥底に隠れていたものが浮き上がってきたり。
ポコっポコっとあぶくのように何かがはじけて、アクのようなものが抜けてみたり。

潜在意識をかき回すことで、風が通るような、閉塞感から抜け出すような感覚がある。

今までそこ、感じてはいたけどクリアになってなかった。
言葉を届けていただいて、ありがとうございます。

私は自分のやってるリーディングについて、あんまりうまく説明できません。
言えることとしては「『今聴くといいこと』が現れます」という一点をオウムのように繰り返すのみ。
あとはもう、本当に毎回何が起きるかわからないから。

もちろん、占猫初来店のお客さんには、どんなことをやってるのか出来る範囲で説明するのですよ。
が、システム的なことはご理解いただいても、内容については、結局「やってみないとわかりません」的な。

なので、未体験の人のお役に立てばと、
体験済みのお客さんから送っていただいた「リーディングのご感想」をブログで紹介してみたりね。
様々な視点からのご感想を掲載することで、多角的にホログラム的に「こんな感じなのかな」と、ご参考になればと思うのです。

はっ!そういえば最近、掲載してないぞ。
嬉しいことに、ご感想いっぱい頂いてるのですが、ここしばらく自分の文章があふれてくることにチューニングしてたから。
ああ、選挙あたりからかも。もうそろそろ掲載させていただきますね。

あ、また話が脱線しそうになった。

そもそも、よく考えたら自分のリーディングを自身では「浴びた」ことがないもんね。
いや、自分へのリーディング、もちろんやってますよ。
でもなんか、お客さんが受けてる感じと違う気がする。私もどんな感じか自分のセッション受けてみたい(笑)。

とまあ、そんなこんなで、よくわかってないのです。
「わかる」って思考の役目だし、リーディングは思考の範囲外のことだから、たしかにわからなくて当然なんだけど。
でも、思考のある人間ですから。
やっぱりある程度は言葉にして、起きていることを思考でも認識したい。

で、今回みたいな
「あ、なんかしっくりする表現」
に出会うと、視界が広がったような感覚があるのです。

リーディングでも「言葉を提供する」みたいな時はあるよ。
聴くタイミングが来ていたら、魂が「それが〇〇ということです」みたいに伝えてくれる。

今まで体験してきたことに「言葉」が入ると、それだけで世界が大きく変わる時があります。
その人の生きている世界に、状況は変わらなくても、言葉がひとつ入る。
それだけで、その場でお客さんが変化する場面をいくつも見せていただいてますが、そのたびに「人間って言葉が大事なんだなあ」って実感します。

私も今回「潜在意識をかき回す」という新しい言葉と感覚がつながって、シナプスが繋がって、いろんな表現や視点に影響を与えてもらえそうな気がしています。

そして、こうやって書くことで、同じ様にその言葉を必要としている誰かの場面に届くかもしれないし。

こんなギフトを思いもかけずお客さんから頂けるなんて、人との出会いって本当に楽しいなあ。
きっとその方は、何気ない一言が、こんな文章になってるとは思いもよらないだろうな。どうもありがとうございました!

などと感じた、あるひとときをメモしてみました。
ハイクオリティを体験する 〜ラグビーワールドカップ2019 〜
ラグビーのW杯、今年は日本で開催されてますね。
開幕試合では、日本が勝って。
開催国が開幕戦で勝利するのはおめでたい感じがします。

しかし、実は私、ラグビーをあんまり観たことなくて。
まだラグビーの良さとか醍醐味をイマイチ感じられてなくて。

TVの映像などで試合の一部分を漠然と眺めることはあるけど(当然のように直接試合を観たことはない)、
スクラム組んだりモールになってみたり、モゴモゴしていて何が起きているかわからない。
そもそもルールがわかってないから。いろいろもどかしいというか、落ち着かないというか。それできっと集中して長く観れないのかも。

と、私にとっては「よく分からないスポーツ」の中にカテゴライズされてます。ラグビー。

なのですが。
この「よく分からない」という状態は、どんなコトでも、もどかしい。
モヤモヤするというか、クリアじゃないというか。スッキリしない。

まあ、世界にはよく分からないものなんて、山ほどあるのだけど。
たとえば、私に一番よくあるケースは、ちょっと難しめの本を読んでたら出てくる単語たち。
知らない諺とか、言い回しとか、最近だとIT関連で使うようなカタカナ単語とか。

そういう分からないものに出会ったら、余裕のある時は調べて確認するけど、
時にはめんどくさくてスルーしちゃうこともある。
そうすると、なんかモヤモヤする。
で、モヤモヤは嫌なので感じないフリをしてやり過ごしたり。
「おそらくこんな意味なんだよ、きっと、うんうん」とか自分の中でごまかしちゃう。
でも見ないふりしてるだけで、実際にはぜんぜん解決してないし(笑)。

もちろん、よく分からなくても「私にとってどうでもいいもの」は、意識されないからもどかしく感じないし、モヤモヤしないはず。
つまり、モヤモヤするってことは「分かりたい」という感情からのメッセージだと思うので、
できれば、そういうモヤモヤする「よく分からないもの」を減らしたい。
と、人生の方向性としてはそのように思ってるわけです。大きく出たな。

それでラグビーの話。
思うに、落ち着いて観れないのは、
モヤモヤを感じないふりをして、居心地が悪いからではないか?と仮説を立ててみた(笑)。
本当はラグビーがいったいどんなスポーツなのか知りたいのではないか?と。

であれば、ワールドカップ日本開催。という、とっても旬なこのタイミングに、少し歩みよってみようかと。
W杯が終了する頃には「今この試合で何が起きているのか」が、わかるようになってるといいなあ。スッキリするだろうなあ。
こういうイベントには、せっかくだから乗れるところは乗っとこう、と思ってます(笑)。

ちなみに、ダンナはラグビー好き。
なので「だったらまずはニュージーランドと南アフリカの試合を観るといいよ」
とオススメされました。

この組み合わせ、超強豪国同士の一次リーグ屈指の好カードだそうです。
うんうん、それは面白そう。

私は「何かを知りたいなら、それに関してなるべくハイクオリティなものを体験するのが一番手っ取り早い」と思ってます。
百聞は一見にしかずで、ハイクオリティを体験することで、言葉にはならないんだけど、何か大事なものに触れたように感じられるのです。

それはスポーツだけでなく、美味しい料理や芸術など。何でもね。

というわけで、さっそく録画しておいた試合を観戦しました。
ラグビーのハイクオリティを一次リーグから楽しめるのはラッキーです。

うーん、すごい!熱気がすごい。
まずはその一言。
そして、この人たち人間なのか?が二言め。
皆さん、格闘技系の少年マンガに登場する人みたいな体型してるんですけど。
直接、選手の皆さんの作戦会議中の輪の中に入ってみたい。
すごい異世界感ありそう。

しかもそんな重戦車級なのに、試合運びはスピーディで切れ味がある。
やっぱりハイクオリティだからかな、スピードがあってチームの連携も上手くて、
何をやってるのか、何がしたいのか、ルールがわからなくても、ぼんやりわかる。

あの変形ボールだから、プロの人でも取りこぼしやすくて、もどかしい。
おそらくその不安定さが、この競技のキモなのだと思う。
どんなに上手い人がプレイしても、ボールのバウンドの行方とか、不確定要素が多くてハラハラする。

安心感をもらえないので、ずっと気を張り詰めて、終わった時には観てる私までドッと疲れました(笑)。
まだ「すごい面白い!」というとこには至ってませんが、独特の熱気には惹かれるし、あと、今まで観てたスポーツとは、ひとあじ違う不思議な刺激感があります。

んー、なんだろ。サウナ入った時のような感覚?
しばらく熱い部屋でガマンして、外に出て冷水を浴びる時の爽快感みたいな。

ものすごく強いエネルギーがぶつかり合う中、なかなか均衡が崩れない。
熱くって、もどかしくって、観る側もついついリキんじゃって。
でも一瞬、ちょっとしたスキを見つけるんだろうな、ある瞬間に均衡から抜け出て、
そこから脚の早い人が一気にゴールまで駆け抜ける。
その加速度といい、スピード感といい、爽快の一言。

不思議なメリハリのある競技だなあ。サウナ的。
私は「今までにない新しい刺激」にヨワいので、このW杯期間中、観戦が楽しみになりました。
まだルールはさっぱりわかってないけれどね(笑)。

追伸
ラグビー好きの方が読んだら、あまりの無知ぶりにご不快だったかもしれませんが、ご容赦いただければ幸いです。ぺこり。
惹かれたゆえに、わからないまま書いてしまったとご了解くださいませ(笑)。
なんだか書きたい欲求 〜まるで釣りのような〜
最近、何だか「書きたい欲求」が強くなってる。
特に主張したい内容?物事?があるわけじゃなく、ただ単に書きたい。

これは何だろ…。うん、こんな風に、自分の中で今起きていることをそのまま表してみたいというか。
あ。ちょっと釣りに似てるかな?
思ってることや自分の中に漂ってることを釣り上げて、魚拓にしておきたいような感じかと。
水中に何かが泳いでるのは見えるけど、それがどんな種類のものかはわからない。
だから釣ってみる。みたいな。

自分の中で、日々とりとめもなく、いろんなことが発生している。
今まさに起きてる事実もあれば、何かをきっかけに、ふと思い出して過去に飛んでたりとか。
何の法則も理路もなく、水中にいろんな魚がただ泳いでる。
そういう、起きている様々なことを言葉にしてみたい。

相変わらず書くペースはのんびりなんだけど、ブログは締切のないのが魅力。
(思うにライターの仕事を経て後、締切トラウマがある気がします。締切がないものに魅力を感じやすい笑)

なんか書きたいな、と思った時にとりあえずタブレットか白紙に向かう。
日常や心境でふと気になった事、気づいた事が向かうきっかけになる。
それは、ちょっとしたキーワード程度の場合が多い。

釣りでいうと、これがエサかな。
このちょっとした気になるものを釣り針の先につけて、スーッと内面の奥底に降ろしていく感じ。釣り糸を垂らしていく。

そうか、ある意味、文章を書くのは、わたしにとっては瞑想なのか。
内側に降りていって、眺めたいもの、味わいたいものを引き上げてくる。

文章の流れとして方向性は漠然と感じてるものの、何を書きたいのか具体的にはわからないまま書き始める。
気になってるから、欲求があるから、その現れたとことから言葉にしてみる。

あ。
そして、奥底に潜っていくと同時に、上に向けてセンサーが何かを探っているのにも気がついた。
今、こうして書いてる中での発見。

こう、雨降ってきたかな?と僅かな雨粒を探るため、手のひらを上に向けて感じ取ろうとするような感覚の動かし方。
奥底に釣り糸を垂らして魚の存在を探りながら、同時に上の天候や周囲の様子も感じ取ってるみたいな。

これ、直観を受けとる時と同じ感覚が発生してる。
今まで気づかなかった。
なるほどな〜。書きながら同時に直観も受けとろうとしてるんだ。
書くことは、私にとって内面の奥底に潜っていくのと直観とを繋げる行為なのですね。

うーん、それは…気持ちいいよねえ(笑)。
「書きたい欲求」がでてくるのも当然だなあと思います。

今回みたいに、これまで無意識だった「内面の仕組み」に気づいた瞬間は快感です。
きっと踊りや武道や楽器の演奏などで、今まで出来なかったことができるようになった瞬間と同じ感じような喜びじゃないかと思う。
たらたらと書いてるうちに新しい発見ができて、面白かったなあ。

と。
今日もまたずいぶん話が飛んでいます。
そう、何を書きたいかもわからないまま、徒然なるまま内面に釣り糸を垂らしていると、こんな風に思いがけない発見や気づきや新しい道程が、トゥルルっと突然現れたりします。

ええっ、この話、こんなところにつながってたの?みたいな。
書くという行為の醍醐味ですね。

実際の釣りはやったことないけど(笑)、
最近の私は、自分の内面に釣り糸を垂れて、何かが釣れるのを待っているのが好き。
こんなふうに時々、今まで知らなかった新種が見つかったりもするから、結構ハマってるのでした。
月光浴
9月の満月に、お月見。

私も月を見てるけど、月に見られてる私もいて。
月の視線を浴びてる感じがします。月光浴。

今回は、今年一番小さい(=地球から距離が遠い?)フルムーンらしかったけど、
それでもスーッと届く、くっきりとした光。
さすが「お月見といえば9月」とイメージされるだけあります。

ふと思いついて、ひさしぶりに石たちにも月光浴してもらいました。
石たち、特にクリスタルなどのクリア系やセレナイトとか、光を蓄えるコたちは月光が大好き。

浄化するイメージ?シャワーみたいな感覚で太陽光を浴びてもらう時もあるけど、
石はもともとの生まれが土の中だから、日光浴だとキツいコたちも結構いて。
その点、月光浴は皆さんに大人気です。

原石もアクセサリーも、ひとつひとつ満月の下に並べていく。
太陽光がいったん月を経由して、まろやかになって手元まで届く。
青白く心地よさそうに光る石たち。

よーく見ると、太陽の元で虹を発生するクリスタルたちは、月光でも虹が出てる。
月光の虹らしい、チラリとした謙虚な輝きが密やかで、瑞々しく美しい。
高原でひっそり湧き出づる泉のような。

また、セレナイトは月光浴がものすごーく好きみたいで、光が颯爽と走りわたる姿にウットリ。不思議に光量が倍増したかのよう。眩しいほどの白光で。
そうそう、セレナイトの個人的愛を語った文章がどっかにあったな。確認&シェア。

「セレナイトが好き」
http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=494

とまあ、ほんの2時間くらいでしたが(月もどんどん移動しちゃうからね)。
ひさしぶりに満月の光を浴びて、みんな嬉しそう。

石の皆さま、普段はこういう時間をあんまりつくれなくってすみません。

月光浴、意外と私にとっては贅沢でレアな遊びなのです(笑)。
夜、仕事から帰った後に、たくさんある石たちを月光のよく当たる窓際まで移動させる…という気分になかなかならない。ていうか思いつかない。
さらに言えば、満月じゃないと(あるいはその前後1〜2日ですかね)、浴びるほどの光を感じにくいから機会も少ないし。

そんな中、9月の満月は、なぜかふと月光浴したくなる。
お月さま、気持ちにゆとりが生まれるような光を放っておられるのでは。

ちなみに翌日、月光浴したインカローズを身につけたら、なんだかピカピカしてました。
月光でコーティングされたような、優しいつややかさ。
私までピカピカ気分になれました。

こうして気持ちよくなるたびに、やっぱもっと頻繁に月光浴してあげよう。といつも思うの。で、またすぐ忘れちゃうんだけど(笑)。
美しい月光が思い出させてくれるのを待つしかないですね。
陽、極まれり。
あれ、この文章を掲載し忘れてた。せっかく書いてるし載せちゃお。

さて、少し前になりますが、9月9日は重陽の節句。
日本では33や55、77の節句よりはマイナー気味ですが。
9のゾロ目もパワフルです。

中国の考え方では、9はパツパツいっぱいに「陽」の気に満ちているらしく、
その陽気が二つ重なって、大変おめでたくもあり、
同時にあまりにも陽気すぎて、暗転しないように儀式をしたりもする日みたい。

イメージ的には菊を漬け込んだお酒を飲んだりする感じ?
私も当日は、家に菊を活けてみたり、
菊酒じゃないけどお気に入りの日本酒「小笹屋竹鶴」、一献いただいたり。
「なんちゃって節句儀式」を行いました(笑)。

数秘術に関わってる身としては、重陽は9のお祭りみたいな感覚です。9まつり。

9は数秘では、手放しのエネルギー。
中国思想の言うように、もうエネルギーがパツパツいっぱいに満ちちゃってる状態なので、あとは、もう、手放すしかない。
…ということなのです。

数秘的には、陽の気がついに極まったので、手放すための節句。
みたいな感覚でしょうか。

なので、世界の(節句文化のある)いろんな場面で、
この重陽の時期、いろんなものを手放す状況に入ってる人は多いんじゃないかなあ。と推測してます。

環境やモノ、関係性はもちろん、
自分の今まで普通に使ってた価値観や考え方なども。
もうそれは、やるだけやったから、関わるだけ関わったから、パツパツいっぱいで。
次の新しいエネルギーを入れるためにも、まずは古いものを手放していく。
そんな時期なのだと思います。

私も、この重陽に一つの決断をしました。

それは「ガラケーを手放してスマホに替える」ことです。

これね、私にしてはものすごーく大きな決断なの。
同じものを長く使い続けるのが好きな性格なので、新しいものに向き合いにくい。
端的に言うと「執着しやすく、手放しにくい」奴です(笑)。

携帯なんて、日々の仕事に必須なものだから、
余計、使い慣れてるものを使い続けたい気持ちが強くてね〜。

ただ、やっぱりガラケーだと不便に感じるシーンが、じわじわと増えていて。
薄々「もう替えよっかな」というアイデア自体は、前から頭に漂ってたんだけど。

とはいえ手放すのが苦手なタイプなので、そのままウヤムヤにしてたのです。

が、この重陽の「手放しエネルギー」が気持ちを動かしてくれたのか。

ふと「ああ、もういいな。ガラケーで接する世界はもう飽きた」と、何の引っ掛かりも執着もなく、パッと決断できたのです。不思議。

今はね、スマホのことはさっぱりわからないんだけど、
そのくらい未知の要素を、自分の世界に採り入れるのは面白そう。

これまで私が住んでいた世界に存在してなかった、新しいものがやってくる。

新しいツールを使いはじめる時はいつもそうだけど、
きっと脳内ではシナプスの繋がり方とか、これまでと違う経路が開発されるはず。
そしたら、今までにない思考や発想がやってくるかもね。

いやほんと、今の若い人たち、生まれた時から携帯が存在している世界で暮らしている人たちは、何かが…たとえば見てる世界とかが、私とは違う感じがするもの。

スマホにすることで、新しい世界が垣間見えると思うと今からワクワク。
重陽の前まで「うーん、どうしよっかな〜」とか迷ってたのが嘘のよう(笑)。

おそらく近日中にスマホに替えると思いますが、扱い方のわからない初心者です。
しばらくは、予約メールの返信さえ時間がかかるかもしれませんが、
優しく見守っていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。

…という、節句の中では地味めな重陽ですが、
私には大きな手放しの決断をさせてくれた、パワフルな節句でした。
重陽さん、どうもありがとうございました。
今年も911がやってきた。
今日は(といっても、もう昨日だ!)タロット仲間のアジータが広島に遊びに来てくれました。
師匠がマンガラで同じルーツなお友達。もしや2〜3年ぶりの再会かな?

今回は米子で数秘術の講座「体感する数秘」を開講するので、その途上に立ち寄ってくれたの。
9月14〜15日にベーシック(初級編)、16〜18日にアドバンス(上級編)。
申し込みは直前まで間に合うそうなので、興味のある方は「マンガラジャパン」のサイトをチェックしてみてね。
今回間に合わないけど興味ある人、東京では定期的にやってるみたいですよ〜。

と、せっかくなのでギリギリですがご紹介(てかもうこれ明日じゃん汗)。
そのお仕事の前に会いに来てくれて、いろいろ楽しい1日でした。

…と同時に。
今日が911であることにも思いを馳せてました。

もう18年前になるのに、今も飛行機がビルに激突するあの映像が浮かんでくる。
振り返ってみれば、あそこで私の人生は変わったな。と今では思っている。
もう何回も書いてるから今年は書かないよ。でも、あらためて根っこを確認するつもりで前に書いた文章から一つピックアップ。自分が読む用。

「911によせて」
http://ayutaya-hompo.jugem.jp/?eid=215

世界や自分に大きな変化をもたらした出来事。
その日を、あらためて思い起こすことを大事にしたいと思う。

思うことは祈ることでもある。
あの日失なわれた、多くの命に思いを馳せて。

そして現在、千葉では台風の影響で大変な状況が続いているとのこと。
この季節はずれの酷暑でご苦労はいかばかりか。
どうか一刻でも早く復旧しますよう、心からお祈り申し上げます。
「いつ頃、占猫は移転するのですか?」
という、ご質問をよくいただきます。
なので、ちょっとお答えしておこうかなと。

(これは「小部屋」ブログに掲載した文章ですが、
「ことほぎ日記」だけチェックしてる方もいるかもなので、両方に掲載しますね〜)

これまでにもお伝えしているように、
占猫の入っているビルが
「老朽化のため取り壊すことが決まった」
と、不動産屋さんから2018年の晩秋に連絡がありました。

その時点から、ビルの居住者の方々の契約の終わらせたりが始まるので、
「全員の契約が終了するまでの間、店舗の方は使ってもらって構いませんが、もし水道管破裂などがあっても、こちらでは直しません」みたいな旨の話でした。

つまり、その時点でいつ(=全員の契約が切れるまで)取り壊すのかは正式に決まってなくて。
ただ、取り壊すことは確定していると。

私たちは、この「占猫空間」が大好きなので、ギリギリまで出来る限り居座るつもりです。
ぼちぼちお話が届いて約1年になりますが、今のところ正式な通告は来ていません。

たしか法律上、不動産屋さんは、立ち退きの半年前には告知しないとダメなのだそうです。
今のところ通告は来てないので、つまり、あと半年はこのまま現状維持だと思います。

その告知がくるまでは何の準備もしないで、のんびり占猫にいる予定です。

ですので、その「半年前の通告」が届いたら、あらためてブログでもお知らせさせていただきますね。
私たちも、その時点から次の流れを考えようと思ってます。

と、いろんな方にご心配をおかけしてましたので、
現時点での状況をご報告させていただきました。

立ち退きの半年前、通告が来たら、あらためてご報告させていただきます。

それまでは、相変わらず「占猫空間」でゆったりしてますので、
どうぞお気軽に遊びにいらしてくださいね!
髪の剪定 〜直観は髪に宿る〜
というわけで、そのまま前回書いた「ガジュマルの剪定」の続きです。

ガジュマルをすっきりサッパリ剪定したら、
「お前の髪も剪定しろ」とメッセージが来た件。

そう、植物の剪定は好きなのに、自分の髪はすぐ忘れちゃう。
気がついたら、また1年近く切ってなかった。

私は生まれて以来、一度も肩より上で髪を切ったことがありません。
母親の嗜好(趣味?)だと思うけど、物心ついた時には一度も切ったことがない髪が腰近くまで伸びてました。
なので「髪って長いのが普通」と思ってます。幼い頃からの条件付け。

一度、学生の頃「もしかして短いほうが手入れがラクかも」と思って、
肩スレスレくらいに切ったことがあるけど、軽いぶん寝ぐせでハネたりして逆に大変で。
以来、短くしたことはないのです。

といっても今は幼い頃ほど長くはなく。
手入れの手軽さを優先すると、だいたい胸のあたりを目安にしてます。
いつか人生を劇的に変えたい時とかあれば切るかもですが(笑)、今のところは長いままがラクだと感じるんですよね。

で、ラクはいいんだけど、コレの困るところと言えば、伸びても気づかないこと。
あんまり外見を気にしないほうで、髪型変えたりしないし放ってるから、そうなると肩より後ろで髪が伸び放題になってても気づかないの。忘れてる(笑)。
よっぽど「あっれ〜、なんか最近、洗髪メンドウじゃない?」とか思うまで、自分の髪の長さを意識してない。

なので、今回みたいにガジュマルから「髪切れ」と言われるとありがたい。
ふりむけば、おそらく1年は切ってないかも…という状態でした。

いやいや、理想としてはワンシーズンに一度くらい、毛先を調えてもらいに行きたいと思ってるんですよ。
特別ヘアスタイルを変えるようなことはなくても、
やっぱり「プロに手入れしてもらう」というのは大事だと思うから。
虫歯がなくても、歯医者さんで定期的に歯のお掃除をするみたいにね。

うちのお客さんも、そんな風に定期的に来て下さる方が結構いらっしゃいます。
特に問題や悩みがなくても、気分転換や状況整理のために来てくださったり、
きっと「心のお手入れ」感覚でご来店いただいてるのだと思います。

そんな風に私もヘアサロンに行ってみたいのですが…
実際には「ああ、また忘れてた!」という。
さすがに、最近は年齢とともに以前よりデリケートな髪になっていて、
もう少しケアしてあげたいと、ますます思ってるのだけど。

それに直観は髪に宿る、と言いますからね。
髪を尊重することは、直観を尊重することにもなるんじゃないかと。

そんなこんなで、ひさしぶりに「髪の剪定」に行ってきました。
で、行くと毎回、心地よさを思い出します。

ああ、やっぱり人にシャンプーしてもらうの最高!と。
普段の洗髪とは全然違う刺激を受けて、頭皮が大変に快感です。

もし私が、ものすごーくお金持ちになったらやってみたい贅沢のひとつ。
それは日々のシャンプーをプロにお任せすること(笑)。

1年ぶりだったので、10センチ近く切ったかな。
床に落ちてる切った髪を観るのも好き。
なんかまだ「生きてる」感じがあって、ぞわぞわする(笑)。
自分の分身が、そこでまだエネルギーを発してる感じがして。
心の中で、切った髪とお別れの挨拶をしてから、店をでます。

切った後、その日はとてもフレッシュです。
髪が軽くなって、頭皮が心地よくマッサージされて。
そして、ちょこっとだけでも時間を見つけて瞑想します。

自分の内側に意識を向けていく。
特に髪や頭皮を意識する。
するとね、髪の先から、その一本一本が、世界からエネルギーをいっぱい受け取ってるのが感じられる。
この感覚を味わうのが好き。気持ちいい。
髪を切った時ならではの醍醐味かも。

生花が水揚げされた時みたいな感じなのかな。
切る前よりエネルギーの通りがいい。スウスウしてる。
そして髪を通して、身体にクリアなエネルギーが満ちてくるような。
なるほど、髪に直観が宿るとか霊力が宿るとか、こういう感覚を味わうとナットクします。

そう、髪を切ると、こういう楽しみがいっぱあるのに。
なのに、ついつい忘れて、1年くらい経っては
「そうだった!こんなに心地よかったのに!もっと頻繁に通って楽しむぞ!」などと毎回思ってる。

…ということを、こうして書きとめておけば、今までより行くようになるんじゃないかな?
と思いついたので、つらつら書いてみた次第です。

帰ってからガジュマルに任務完了の報告。
お互い剪定されて「すっきりさっぱり仲間」になりましたとさ。
ガジュマルの剪定 〜自分の世界は自分がつくってる〜
ふう。昨日ようやくアジサイの剪定をやりました。
家の前庭に植えられた、勢いのある大きなガクアジサイ。
本来は咲き終わってすぐにやるものですが、
なんせ今年は雨と猛暑が続いたもので。
やる気になった日は、たいがい雨か酷暑の日。で、あきらめる(おいおい)。
結果、9月に入ってしまい。
すでに次の芽が出つつありました。ごめんごめん。
でも、ようやく調えられてすっきり〜。

と、アジサイの剪定をパチリパチリやってる時に思い出したことを書いてみる。

うちの家では、あちこちに観葉植物が置かれてます。
中には、吉祥寺に住んでた頃からの長老もいくつかあって。

そのうちの1つが、ガジュマル。
あの、キジムナーが棲んでいると言われる樹です。
何気なく100均で購入したもので、最初は小さい鉢にチマっと小さく植わってたけど、広島に来て大きい鉢に植え替えたら、それなりに大きくなりまして。

祭りの夜店で何気なく買った金魚やヒヨコ(最近みないね)が想定外に大きくなり、そのまま家族になってるような感じでしょうか。

今や樹高も1メートル近く、豊かな葉の茂る、たしかにキジムナーが棲んでいてもおかしくない風情です。お気に入りです。

あるとき、ハンモックに揺られながら、出窓から差しこむ夏の光とそこに置かれたガジュマルをぼんやり眺めてたら。

さっぱりしたい。切れ。

…的なメッセージが届きました。
あ、そういうことか。どうもここ最近、ガジュマルに目が行ってしまう頻度が高いと思ってたら。

しかも、今までそんなことをガジュマルに言われたことはありません。
これまで、この子を剪定したことはなかったのです。10年以上、一度も。

ですがそういう目で、あらためて観てみると、
たしかに、今までは良かったかもしれないけど、そう言われてみれば伸びすぎで。
もう上の窓枠に頭がついて、ちょっと窮屈そう。
豊かな樹勢と思ってたけど、いつのまにか葉っぱが多すぎて、なんだかモサモサした感じがします。

きっとずいぶん前から、こういうモサモサで窮屈な状態だったんだと思うけど、リアルに観てなかった。
しかも、そう考えたら、うすうす潜在意識ではモサモサに気づいていて。
だからここしばらく、なぜかガジュマルばっかりずっと見てるな〜。とは思ってた。

が、それを無視して「樹勢があって豊かに生い茂るガジュマル」というイメージのままずっと見てた。
でもそれって、ありのままのガジュマルを見てないってことじゃん。
ありのままを見てなくて、おそらく頭で勝手に「そういうもの」と決めつけて観てたんだろうな。

心理学で、人間関係の問題などによく登場する「投影」みたいなものかな?
私たちは相手をちゃんと見てるようで見てなくて、見たいと思うイメージを相手に投影しているだけ。
…みたいなことをしばしばやってるらしく。

でもたしかに、結構そういうことって多い。
人間関係じゃなくても似たようなことをやってる。
気に入って飾ってたはずのポストカード、いつまにか古びて色褪せてるのに、前のイメージのままでそこにある気がしていたり。
価値観?感性?が変化したのに、以前好きだった服を、未だに「好きなはず」と思い込み、頑張って着ようとしてたり。

頭(思考)を通して見ていると、世界も自分も、ずっと「そのまま同じ」で当然な気がしてる。
ずっとそこにあるとなかなか気づかないけど、諸行無常、実は淡々と変化しているのにね。
その変化に気づかないで、観たいものだけを見る。

「自分のいる世界は自分が作ってる」とかよく聞くけど。
なんだか、この言葉がリアルになった。

人生はハッピーだと思えばハッピーなものを選んで見てるし、
人生は苦痛だと思えば苦痛なものを選んで見てる。

私は自分が観たい世界を選んで観ているのだ。
ガジュマルの現実には気づいたけど、他にもどれだけ「現実」を観てないんだろう。

とまあ、これは今書きながら出てきたこと。
メッセージがきた時は、さっそくいそいそと剪定準備に着手しました。
ネットで調べたら、ちょうど8月くらいまでは剪定に向いてる時期でラッキー。

なんせ初めての試みです。勇気を出して、大胆に枝をカット。
樹高を3分の2くらいにまとめました。葉も適度に梳いて。
結果、鬱蒼とした森林のようなガジュマルから、風と光の通る、明るいムードのガジュマルになりました。

なかなかいいんじゃない?
窓際の鉢、何度眺めてもすっきり気持ちよく。
キジムナーにも夏らしい住処になったね。
とか、ご満悦で眺めてたら、

お前も髪切れ。

と、またまたメッセージ。

わ、来た。また忘れてました。
私はすぐに髪を切るのを忘れちゃうのです。
もう1年くらい切ってなかったかも。
思い出させてくれてありがとね。
というわけで、おかげさまで間をあけず私の髪も剪定され、ガジュマルと同じくらい、すっきりサッパリしたのでした。
リーディングとセッションって、どう違うの?
という質問をいただきました。ありがとうございます。
この質問が届いたのはどういう由来かというと、言祝ぎ師の仕事において、やってる内容を説明する時、この2つの単語を同じようなニュアンスで使ってるからです。

タロットや数秘術をお客さんと対面で「やる」ことを、
リーディングと言ったり、セッションと言ったり。

知ってる人は知ってるだろうけど、だからこそ「いまさら聞けない」的なカテゴリーなのかも。
が「いまさら聞けないこと」なんて存在しません。
遠慮なく、なんでも聞いてみてくださいね。

わからないことはわからないって言うだけだし、
わかることなら、自分が知ってる範囲内で書いてみようと思います。
意外と書いてみたら、予想してたのとは違う内容になったりして面白いんですよね。


セッション中は特にそうですが、
私は何か質問されると「私」が知らないことでも、語り始めることがあります。

問いかけに対して
「え〜、わかんないなあ」と「私」は思ってるときでも、
どこからか何かがやってきて、口を開けると「それはね…」とか滔々と喋ってたり。

「ああ、これって直観らしい出現だなあ」と、横で眺めてる「私」が客観的に思ってみたり。
おそらくその場に必要なことなんだろうけど(それさえ認識できない)、喋ってる私自身が興味ぶかい。
「へえ、いいこと言うなあ」
「なるほど、そんな風に解釈できるんだ」
などなど、「私」にも新しい視点をもらえたりして嬉しい。

いちおう、ちょこっと理屈(?)っぽいことを言うと、
そういった直観で降りてくる「応え」(「答え」じゃないよ)は、科学的事実や理論とは違う場合も多いのではないかと思う。直観だから。
でも「その時その場」における真実、あるいは最も必要なメッセージであることは、証明はできないけど、きっとそうなんだと思う。直観だから。

そのメッセージが嬉しいことでも、嬉しくないことでも、楽しいことでも、悲しいことでも、意外なことでも、
「なんだかしっくりくる」ことが多いかな。直観の言葉は。

「ええ〜、セッションしたけど、そんなにしっくり来なかったよ〜」
という人もいらっしゃるかもしれませんが(笑。てかこれ笑いどころ?)、
もしそんなことがあったなら、それは、単に私の翻訳能力がまだまだ未熟だからです。未熟ですみません。ペコリ。
直観に降りてるもの自体、翻訳前のものは、本来しっくりくるのだと思う。

その、雨が降るように世界にあまねく遍在しているメッセージたちを、どこをピックアップして、どう切りとって、どう表現…翻訳するか。は、日々の精進が大切なのだろうなあ。

そういう意味でも、タロットって「今はまず、このカードに出たメッセージを読めばいいからね!」と、ある程度限定してくれるので、とっても便利なんだよね。

あれ、また話がそれてる。どこからこんな話に?
何が言いたくてこうなったかな。
あ、そうそう。とりあえず聞いてみるといいよって話だった。

「とりあえず聞いてみる」はやってみる価値あり。
何が起きるかわからない。何かが生まれるかもしれない。
もちろん、同じ確率で生まれないかもしれない。でもつまり50%50%。
だけど何もしなければ、聞かなければ、0%。何も起こらないものね。

あ〜、ようやく元に戻ってきた。
リーディングとセッションについてだった。
そしてこの件については、直観じゃなく、頭を使って調べてみるね。
直観がそうしろと囁くので(笑)。

こういう時、何となく知ってるつもりだったことを、あらためて確認する機会をもらえたなって思います。
知った気になったまま、漠然と流してることが人生にいっぱいあるのは薄々知ってるんだけど(笑)、こんな機会がないと確認しないので。

まず、リーディングはreadingです。読む。
これはやってることを直接的に説明してますね。
タロットカードを読む。
数秘術のチャートを読む。
みたいな。

つまり、こっちは普通にダイレクトにやってる事を表現している単語。
なので、考え方としては「セッション」という単語が、なぜリーディングと同じ感覚で使われるのか?ということになりますね。

セッション、ちょっと調べてみました。
最近、便利いいね〜。ネットですぐ調べられる。
しかも、考えてもなかった情報も入ってみたり。

セッションはsession。
えっと、いろんなサイトから拾ったのをまとめると。
英単語の一般的な意味としては
「1.開会、集会、集い」らしい。
あと、2.で「音楽の演奏家が集まって即興的に演奏すること」がくる。

ダイレクトな意味では、なんかちょっとズレてるなあ。
他、いろいろ調べてみたら、
複数の人々でおこなう活動、とか、会合などの一連の流れそのものの事、とか。
そういう、ひとつの流れを一括りにするような、漠然としたものをまとめるような役目の単語っぽく感じました。
もともと漠然としたニュアンスがあるから、漠然としたことを表現しやすいんだね。

その中で、私が「セッション」と単語を発する時に最も近いイメージは、音楽の即興セッションかなあと。

音楽家が集まって、即興でセッションする。
打ち合わせも特になく、お互いの発している微細なエネルギーや気配を感じながら演奏することで、その場に新しい「何か」をクリエイトしていく。

その場にあるエネルギーを紡いでいくような。
そこに、各人のその瞬間の在り方がミックスされて。
同じものは二度と生まれない。
その時その場にしか発生しない世界が展開される。

…みたいな。リーディングもそんな感じに思う。

私の場合は1対1ですが。
その日初めてのお客さんの時も、リピーターさんも、常連さんも。
私がリーディングを一方的にしているだけじゃない。
その場にあるエネルギー、お互いが発しているものを感じながら、
2人で「何か」を発生させている。そんなのがしっくりくるイメージ。

よく「そんないっぱい喋って疲れませんか」と気遣っていただけるのですが、
こちらが一方的に何かを与えている、みたいなのだと疲れるかもだけど、
セッションなので、エネルギーが2人の間を巡ってる感じなのです。

終わった時点では、無理なくいい感じで運動した後のよう。
なんだかホッコリあったかいような、気だるいような、ふわふわするような。
「この2人」じゃないと体験できないセッションによって、エネルギーが巡る。

私的には、この「人によって状況によって、毎回起きることが違う」というのが、セッションの魅力です。
どのセッションも毎回何が起きるかわからない。

だから準備もしないし、予想もしないし、構えもしない。
ただ起きることを受けて、感じて、応答する。

そのスリリングでエキサイティングな、アドベンチャー感たるや!

毎回、次はどんなことが起きるのか?と、どのセッションもワクワク楽しみなのです。
気づけばもう15年くらいこの仕事をやってますが、ぜんぜん飽きない。
毎日毎時、その人の魂からのメッセージが届き、新しい物語を聴かせてもらえて。

あ。さっき1対1と書いたけど、ちょっとスピリチュアルぽい言い方しちゃうと、
その人と、その人の魂と、私と3つのエネルギーのセッションかもね。

というわけで長くなりましたが、
「セッション」はいったい何が起きるか、起きるまで誰にもわからない楽しいクリエイトの時間です。
「リーディング」については、日々精進して直観を磨き、精度を高めていければな。と思います。

これで少しは質問の答えになったかなあ?

リーディングもセッションも、どちらの言葉を使えど、私が大好きなことに変わりありません。
次にお会いする誰かと一緒にできるのを、今日もワクワク楽しみにしてますね!
ハチドリ舎 〜社会との繋がりを感じるカフェ〜
村本さん独演会の話を書いた勢いで、ハチドリ舎もシェアしとこっと。

ハチドリ舎は、広島は土橋にあるブックカフェ。
前から噂は聞いていて、行ってみたいと思いつつ、なかなか機会がなかったのですが、今回ちょうど独演会の会場だったことで、行けてよかったです。

店の入っているビルからして、わたし好みでした。
昭和の古い建物で、小津安二郎の映画に出てくる会社みたいな中の一角にオープンしています。

村本さんが遅れてくる間に、店主がハチドリ舎の紹介もしてくださって。
曰く「社会問題など真面目なことを扱う、かなり振り切ったカフェ」だそう(細かい言い回しは忘れたけどニュアンスね)。

平和のこととか、貧困とか、差別などの問題とがっつり向き合ってコミットしてるお店です。
そういったテーマのイベントも数多く開催され、映画の上映会なども頻繁で、
スケジュールをみたら、私も気になってた観たい映画が並んでたりして。

この前の選挙時には、山本太郎の応援で広島のサポートセンターみたいになってたらしいし。

いろんなイベントがある中、どれも面白い企画なのだけど、個人的にすごい!と思ったのは「6のつく日に語り部さんとお話する」という企画。

毎月6のつく日には、戦争、原爆の語り部さんが常駐されて、お茶を飲みながら直接お話を伺えるのだそうです。

うーん、これすごい。

語り部さんのお話を聴く機会って、普通は講演会みたいなのに参加したり、
修学旅行などで学生が一斉にお話を聴く…みたいなイメージでした。

それが、カフェで、間近で、距離を近くしてお話が伺えるということでしょ?
講演会で聴くのとはまた違う何かを感じられる予感がします。

こうした、想いと工夫のある数々の企画は、やはり沢山の人との繋がりがないとハプンしません。
店主はきっと、多くの人々との交流を大切にされる方なのでしょう。

村本さんのイベント終了後、店主にご挨拶に伺ったところ、
さすがというか、占猫でさえご存知いただいてました。
やはりお顔が広く、うちのお客さんとお友だちのようで、いろんな人脈をお持ちの方だなあと感じました。


こういう、社会のことを真面目に語ったり尋ねたりできる場所はとても貴重です。

何となく日本って、社会問題や世界情勢、政治についてとか、真面目なことを話題にするのが、漠然とだけどタブー視されてる感じがある。

たとえばカフェや居酒屋行って、周囲のテーブルでそんな話をしている人はまずいない。
酔って、政治や社会に文句だけたれてる人はいるけど(笑)。
もちろん私も日本の風習に巻かれてますから、ランチしながらいきなり社会問題を語り合う機会は少ない。
ご一緒する相手にもよるけど、普通はそういう話題になりにくいよね。
もし話したくても「相手が嫌がるんじゃないかな」と忖度してしまう。

ある日、そういう方面のことに興味を持ったとしても、それを発展させていくための、培うための土壌が日本には少ないように感じます。
興味があっても、詳しく知りたくても、どうすればいいかわからない。

ハチドリ舎という場所が存在することで、これまで迷子になってた人たちも、とりあえず此処に来てみたら、次のとっかかりが得られるかもしれない。

そんな場所が広島にあってよかったな。頼もしいな。と思う。

よく言われることだけど、私たちは社会のことについて無関心でいることは出来るけど、無関係ではいられない。

また、折にふれ、機会をみつけて伺えればと。
そうそう、基本メニューはドリンクのみですが、土日にはカレーランチがあるらしく。
カレー好きとしては、次回はそこ狙おうかと思ってます(笑)。
村本大輔に会ってきた。
ウーマンラッシュアワーの村本さんに会ってきた。
会ってきた。というか独演会に行ってきた。というだけですが。

その2日前に、広島のハチドリ舎で村本さんの独演会があると知り。
村本さんにもお会いしてみたかったし、
ハチドリ舎も行ってみたかったし、
人も場所も気になってたイベント、というのは緯度経度がカチっとハマったような感覚があって。
「これは行けってことですね」スイッチが入って、すぐに申し込みました。
真夜中だったのに、ネットって便利。欲望に優しい(笑)。

私はいわゆる「お笑い」にあんまり縁がない。
若い頃から、そんなに興味をひかないジャンルでした。
TVで延々とやってるのを、表面だけパっとすくうと
あんまり腰をすえて観る気にならない感じがあって。
お笑い番組やってたら、別のチャンネルに変えちゃう。

落語とか寄席とかは、好きなんだけどね。
どうも私は、どんな芸能でも、TVを通すとあんまり魅力的に感じにくいみたい。
落語でもTVだと、そんなに面白くないものね。

たぶんお笑いも劇場まで行ったら、楽しいと思うんだけど。
まあでも、行ったことがないし、つまりご縁が薄いのかなと思う。

でも一度だけ2〜3年前、友人にさそわれて、ぜんじろうさんという方のスタンダップコメディを何かのイベントで観にいった。

すごーく、面白かった!

やっぱりライブの迫力はすばらしい。そこに話術の芸がある。
この時、やっぱお笑いもいいじゃん!と感じた次第。
私もいちおう「話すお仕事」なので、話術の芸はすごく惹かれるのでした。

ああ、このままだとぜんじろうさんの話になっちゃうね。
彼の芸も本当に素晴らしかったけど、今日は村本さんでした。

とまあ、お笑いに疎いので、失礼ながらぜんじろうさんも行くまで存じ上げなかったし、たいがいの芸人さんの名前を知りません。
が、村本さんの名前は、なぜか私のツイッターによく上がってきていたのです。

おかげでTVを観ない私でも興味をそそられたのでした。
というか、知り始めた最初の頃はTVに出てたみたいですが、いつのまにかTVに出なくなったらしく。
ぜんじろうさんといい、村本さんといい、私はTVにあんまり出ない系統のお笑い芸人さんが好きなのかもしれません。

TVはきっとお笑いといえども、スポンサーなどの関係で発言に制約があるんだろうな。お笑いなのに。
遠慮なく歯に衣着せぬ、その人そのままのお笑いの才能を堪能するには、TV以外の場がいいんだと思う。

最近ではオリエンタルラジオの中田さんという方がYouTubeで面白いことしてるなあと注目してるし、今頃になってようやく少しずつ、お笑いとつながってきたのかなあと思います。ほら、こんな風に名前書けちゃうくらい(笑)。
前はアメリカ大リーグの選手名を言われてもわかんないのと同じくらい、お笑いの人もわかんなかったもの。といっても今のところまだこの3名だけですが(笑)。

で、ハチドリ舎での独演会。

すごーく、面白かった!

楽しかった、と書くとちょっとズレるような気がするところがまた面白い。

本来は1時間の予定だったのに、時間を忘れて喋ってくれて、あっという間の90分。

会場への到着が20分くらい遅れて(広島駅前がカープの試合で凄いことになっていたらしい)、「すいません!」と駆け込んで来たとたん、何の準備もなく喋りはじめ、
時間オーバーして喋ってたから、気づいたら次の予定時刻になってたみたいで、
喋り終わったとたん大慌てで、挨拶もそこそこに風のように去っていかれました。

そのスピード感と間合い自体も新鮮だったな。

観客に何の準備もさせないで、「あ、来た」と思ったとたん一気に村本ワールドにもっていく。
うわーっと90分、エネルギーをかきまわした挙句、
まだ受け手はその余波に呆然としてる中、ぱっと、その張本人はいなくなってる。

ライブは終了してるんだけど、自分の内側を感じてみると、掻き回されたエネルギーがまだまだ身体中を駆け巡ってる。

やっぱり気持ちいいなあ、ライブは。
ライブって、観客とのセッションなのだと思う。
これは音楽でも落語でもストリップでも、きっとそうなんだけど、
今回は話芸だったので、なおさらそう感じました。

というのも、私もある意味、喋るだけのお仕事をしているから、なんとなく近い感覚があるのです。

リーディングしてる時って、お客さんとセッションしてる感覚なの。
それで「セッション」って言っちゃう。

リーディングとセッションと、同じような意味合いで、あんまり区別しないで使ってしまうので、
ときどき「どう違うのですか?」と言われたり。
ああ、これはもう別の話ですね。
ちょっと、どこかのタイミングで書けたら書いてみよう。

閑話休題。

で、村本さんのライブ。
おそらく、ほとんど何を喋るかなんて準備してないと思う。
お客さんとのセッションだから。
お客さんによって、内容も当然変わってくる。
場を共有している人たちのエネルギーを感じて、その場に降りてくる言葉を受け取る。
そして、喋る。
それは、その場に最適にフィットするエネルギー。
今いちばんその場が聴きたい話、なのだ。

なので、話の面白さもさることながら、
私がいちばんスリリングに感じたのは、一つのお話がオチて、次のお話が始まるまでの「間」の時間。

村本さんが一息ついて、ちょっとドリンク飲みながら、あらぬ方向へ視線をさまよわせながら。
空白の、沈黙の時間がしばらくある。

この沈黙に、ドキドキワクワクした。
神秘的な瞬間を目撃しているような感覚。

何かが生まれる、何かが降りてくる、その瞬間を待つような。
村本さんご本人の状態と、観客のエネルギーの状態次第で、何が生まれてくるのかは出てくるまで誰にもわからない。

あの空白の時間の、とてつもなくスリリングな感じが、今回いちばん印象に残ったように思います。


村本さんは、ほんの4〜5日前までアメリカに滞在されていたらしく、
「海外に行って、楽しかった感覚がまだ残ってる空気」をまとっておられて、
いきいきしたエネルギーが心地よく。

今回の広島独演会は、日本に戻ってきてすぐ8月6日に思いたったそう。
しかも「2日後の8日にできますか」とハチドリ舎に連絡があったらしく。

2日後なのに対応できたハチドリ舎さんの実行力もすごいし、
2日間の告知で、立ち見までいっぱいにする村本さんの人気もすごいし、
その2日で集まったお客さんもすごいと思う。
そういや、私がネットで見つけたのはハチロクの深夜だったと思うけど、
その時点で残席が5席くらいだったなあ。

そのくらいニッチなタイミングで来るべき人が来て、
アメリカから戻ってきたばかりのフレッシュな村本さんとセッションして。

そんなライブが、参加した人みんなにとって面白いのは当たりまえ。
この組み合わせのセッションが、予定をオーバーして90分になるのは熱量的に必然かと。

とてもエキサイティングで、あっという間の一瞬で、でもものすごーく濃ゆくて。
私の生命力に、また新しい活力が流れ込んできたような。
そんなスピーディーで素敵なひとときでした。

またどこかで偶然、今回みたいにタイミングよく独演会の告知を見つけたら、行ってみようと思います。
ハンモックのある生活。
うちの家にはソファはないけれど、ハンモックがあります。

いわゆるトイモックと言われる、アウトドアにも持っていけるような小さめなヤツですが、それでもソファくらいのスペースは占領します。

けっこう場所をとっちゃうけど、
これがあるかないかで、人生大違い。
たしか5〜6年前に入手したのですが、以来、生活の質が一変しました。

私のお気に入りタイムは、窓際にあるハンモックに揺られる何もしない休日。

風の心地よくとおる、爽やかな初夏や秋も大好きだけど、
今みたいな暑い時期も意外と好き。

猛暑日は別ですが(そーゆー時はエアコンをガンガンにして笑)、
今の残暑くらいの気温だと、ぬるーい風が肌にふれる中、
じわりと汗をかきつつ本を読んでると、まるでタイの南の島にいるみたい。

ハンモックで本を読みながら、お気に入りの音楽流して、傍らに気の利いたドリンクなどあれば、すっかりリゾート気分です。


タイの島のコテージには、ベランダにほとんと必ずハンモックがあります(ていうか、設置してないとこには泊まんない)。

海外を旅していた頃、南の国のあちこちでハンモックが活躍してるのを目撃しました。
ビーチのコテージに常備されてるのはもとより、
知り合った人の家に泊めてもらったら、寝るのがハンモックだったことも(笑)。

小さい子供が軒先のハンモックに入ってるのをよく見かけたし、生まれた時から身近にある生活必需品みたい。

私は最初、慣れなくて、長時間使えなかったけど。
たぶん、日本の日常生活では馴染みのないツールなので、身体が緊張するのだと思う。
リラックスして身体を委ねられるようになると、とても心地のよい乗り物(?)になりました。
使ううち、馴染むうち、いつのまにかベッドがわりに何時間も寝てたりね。

とはいえ。
大好きではあるけれど、数年前までは家に設置しようとは思いつきませんでした。

それがある時、旅仲間の友人の新居を訪れたら、ベランダにハンモックが吊るされていて。
その中に潜り込んで、ぼんやり揺られるうちに、
「これはもしや私にとって、なくてはならない感覚かもしれない!」と気づき。
その後、すぐに入手したんじゃないかなあ。

ハンモックが私にとってどう大切かというと。
他では手に入らない感覚を味わえるのです。

たとえば、普通一般の家で生活すると、
身体の状態としては、歩くか座るか、寝る(横たわる)か、あと走る(笑)くらい?の3〜4つの状態で構成されてるよね。

そこにハンモックがあると「吊るされる」という状態が発生するのです。
うーん、吊るされる…というか、空中で地球の重力にひっぱられつつ、それを支えてもらってる、みたいな。

この感覚、一般的な日本の家で生活してると味わえないと思う。
地球の重力に空中で任せる、ぶらさがり感覚の心地よさ。とでも言うのか。
生活に、新しいフィーリングが入ってくる感じ。
身体としては、刺激のバリエーションが増えると気持ちいいんだろうな。

仕事から帰ってきたら、まずはゴロンとハンモックへ。
日中は座って喋ってるだけなので、体力的には平気だけど、基本的にずっと同じ姿勢ですからね。身体が違う刺激を欲してます。
そのままうっかり1時間くらい寝ちゃったりすることも(笑)。

うちのニャンコ達も、ハンモックがお気に入り。
といっても単独では乗りません。
「人間クッション」の上じゃないとイヤみたい。
しかも自主的には乗りません。

人間クッションが乗ってる気配に気づいたら、
すぐにニャーと寄ってきて
「どうしてもというなら乗ってやってもいいぞ。だから乗せろ。おまえが」
とドヤ顔でせがまれます。

うん、このモフモフしたヤツをお腹に乗せつつハンモックで寛ぐのも、平和な幸せ時間で大好きです。

今日ちょうど、とっても暑い日で、でもぬるい風もふいていて。
蝉の声をBGMに、ハンモックで本を読みながら、スムージー飲んでたら、
南国のリゾートにて寛いでいるような極上気分だったので、
ふと、ハンモック自慢をしたくなった次第です(笑)。

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