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畑と温泉

この前のお休みの日、廿日市の山奥の畑に遊びに行ってきました。

その畑は、友人たちと共同で借りている場所で、渓流沿いの素晴らしい環境にあります。
自然農法の放置栽培の畑にしてるので、毎日面倒を見る必要はなく、
それぞれが行きたいときに行って、自由に種まきしたり収穫したり。

ただ、山奥で遠いので頻繁には行けません。私は今回が初めてです。
うちの家からだと車で90分くらい。
ほとんどドライブ&アウトドアのおでかけ気分。

久しぶりに携帯が「圏外」になる場所に身を置きました。
渓流の水音がなんとも言えず心地よく。

畑はしばらく誰も入ってなかったようで、
ものすごーく雑草ぼうぼう。畑がどこにあるかわからないくらい(笑)。
草むしり好きとしては、燃えるシチュエーション。
まずはざっくり草むしり。
近所に借りてる畑とは、雑草の種類が違うのも面白い。

雑草の下では、前回植えたという春菊や小カブ、レタス、おかのり、イタリアンパセリなどが無事に育ってました。さすが自然の力はすごい。
自然におまかせするには、固定種の種なのもよかったかな。

手入れもしてない、水もあげてないけど、生き残った作物たちは元気に立派に育っていて。
小カブは収穫。ニンジンやおかのり、パセリは間引き。
春菊はちょっと育ちすぎて花が咲きそうだったけど、自家採種できるのでそれもお楽しみ。

育たなかったバジルのスペースに、新しく豆類を撒いて。
小豆に大豆、緑豆、黒豆、ケツメイシ…などなど。あと空心菜もね。
今度来るときには、いったいどんな勢力図になっているのか。
ちょうど畑で合流したお友達は、綿花の苗や種を植えてました。
これもどうなるか楽しみ〜。

作業後しばらく渓流沿いでくつろいだら、あまり遅くならないうちに畑を出ます。

なぜなら温泉を探す、という重大なミッションがあるから。

私にとってアウトドアのあとは温泉必須。
そして、山奥にはたいがい温泉があるもので。
しばらく彷徨ってでも、見つけて入るのです。

来た道にはなかったようなので、反対方面に車を走らせたら、結構すぐ近くに発見できました。ラッキー。

こじんまりした、人の少ない温泉でのんびり体をゆるめて気持ちいい〜。
そのあとは遅いランチを温泉の食堂にて。
ニジマスの唐揚げなんかが定食についてるのが山奥らしい感じ。

畑と温泉。土いじりのあと汗を流してリフレッシュ。
このセットはベストマッチですね。

のどかで穏やかな、夏らしい一日を過ごせました。
直観の草むしり。
久しぶりに畑で作業してきました。
ダンナが種を播くかたわら、私はいつものように草むしり&間引き専門。

自然農の畑は、雑草をあまり刈りません。
雑草の根っこにも生態系が出来上がってるし、それによって土の保水力も高まり、栄養も豊かになるようです。

かといって全然刈らないと、光が届かず、野菜が雑草に負けて発芽しにくかったり、成長できなかったり。
基本的には根っこをとらず、表面の草の部分だけを刈ることが多いのですが、かといって雑草の根っこだらけの畑もこれまた微妙…。

なので雑草を「いいかげん」にむしる必要があります。
「いいかげん」は、手を抜くとかではなく「良い加減」にむしるということ。

畑の状況は、日によって季節によって違うので、その様子に合わせた「良い加減」で作業します。

今日ハマったのは、ミントとヨモギの勢力バランス。
ミントもヨモギも、うちの畑では雑草2大巨頭。
それぞれが勢力を伸ばそうと、虎視眈々と狙ってます。

今はヨモギが強いけど、これで調子にのっていっぱいむしったら、
畑の脇で生長中のミントが次にくるのは確実。
そうなると、根っこの構造的にはミントのほうが駆除にめんどくさく、ヨモギが台頭しているほうがラクな可能性も。

ふ〜ん、私はこの状況下でどんな塩梅でむしるのかな?と、土の中の根っこの在り方などを感じながら作業にはまっておりました。
考えるのとはちょっと違う。体が直観で自然に動くのをみてる感じ。それがまた心地いい。

実は草むしりって、直観を磨くにも最適な作業だと思います。
…っていうか、つまり結局どの農作業も直観なんでしょうけどね。
あえて草むしり担当として、ちょっとエラソーに語ってみました(笑)。

あ。間引きもしましたよ。ニンジン。
間引いた分を、その場でちょこちょこっと洗って食べたら、おいし〜!
土から出たばかりの爽やかな風味と苦味が、まろやかに口の中に広がります。

やっぱり草むしりと間引きが、畑作業の中ではなぜだか一番好きなのでした。
菜の花畑にて 〜自家採種に向けて〜
朝、少し余裕があったので、ちょこっとだけ畑に立ち寄ってきました。

自然農の畑なので、相変わらず雑草だらけで、野菜たちがのんびり寛いでる気配が心地いい。

脇のあたりで大繁殖しているローズマリーがアクセントに。
畑全体が、まるで季節ごとに色彩の変わる一枚の絵画のようです。

いつも使う分の野菜しかとらないから、今はトウのたったカブやダイコンがそこかしこにニョキニョキ。元気に空に向かって伸びています。
中にはすっかり黄色い菜の花が咲きまくってる株も。

ダンナ曰く、今年はカブやダイコンの自家採種を狙って、元気のいい株を放置して結実を待っているのだそう。

面白いのは、菜の花系(アブラナ科?)は、同じ菜の花系なら他の種族の雌しべと花粉が出会っても結実するらしく。
つまり環境次第では、カブ×ダイコンとかの組み合わせで結実する種もあるらしい。
となると、結実して採種して、その種がいったいどんな野菜になるか、次回の収穫までわからない…という。わ〜楽しみ〜。

種たちはそうやって、長い歴史の中で自然な形で多様化してきたんでしょうね。

元気な株からニョキニョキ咲いている菜の花に顔を近づけると、ほんわり甘い優しい香り。
この子たちが、いったいどんな種になってくれるのか。
今からとっても楽しみです。
いい感じで結実してくれるといいなあ。
今年の種はF1じゃなく。
春以降、畑の種まきが順々に始まっている。
畑担当大臣(ダンナ)からの告知によると、今年から、うちの畑ではF1の種じゃなく固定種のみを使うことにしたという。

うん、いいことだと思う。

ちなみに、ホームセンターなどで入手できる種の多くはF1だ。
固定種はまずない。
ほどんどの農家がF1を使ってるし、つまり店で売ってる野菜もほとんどはF1の野菜ということになる。

そもそもF1種とは何か。というと、
その年に作られる一世代の野菜しか作れない種のこと。

一世代めの野菜から自家採種しても、二代目からは親と異なった性質があらわれる。
つまり、次の世代に命を繋ぐことができない種。

私は初めてF1種のことを知ったとき、驚いた。
「え?種って前の世代から採種していくものなんじゃないの?」と。

でも、それは生命の摂理としては自然なことなんだけど、ビジネスとしては不都合なんだって。
前の世代から採種し続けると、原則1回購入したらもう買わないですむから種を扱う企業が儲からないと。

そこで編み出されたのが、一世代のみで完結しちゃう野菜。
これだと農家は毎年種を買うことになり、種企業は大繁盛…ということらしい。

しかも、そのF1の作り方は企業秘密。
多くは雑種交配といって、別の種類の種と掛け合わせて二代目が作れないようにしているらしいです。
でも噂によっては、種ができない劣性の遺伝子を使ったり、遺伝子組み換えが行われている可能性もあるとか(秘密にしちゃうと噂されても仕方ないですね)。

じゃあ、なんでそんな生命操作された野菜を農家が採用するのか?というと、
どうやら「便利でラクだから」らしい。

いろいろ人為的にいじって、人間に都合の良いスキルを種に組み込んでるから。
例えば、害虫や寒さに強い、生育が早い、同じ時期に同じ大きさに揃って成長するから手間がかからない…などなど。
そういえば農家の畑を眺めると、どの野菜も同じような大きさで、同じような成長度。

たしかに農家としては、同じ形で綺麗に揃わないと市場に出せない。
消費者側だって、形の悪いのは買わない傾向にあるし。
でもF1の野菜って、つまり細かいことを言っちゃうと、見た目は良くても生命力の弱い野菜ということなのでは…?と思ってしまう。

それでも結局、F1は人間のニーズに合わせてくれるので、今やF1じゃない種を探すほうが難しくなっている現状なわけです。


一方、F1でない種のほうは固定種とか在来種とか呼ばれていて、自家採種可能な、命がつながっていく種です。

それらは、その地域の中で何世代も作り続けられたことで、その土地に適応した個性豊かな作物になってます。
固定種の野菜は、生命力にあふれ、風味豊かで個性的で美味しいそうです。

そして生育がF1のように均一ではないから、タイミングをずらしながら長期にわたって収穫ができるので、家庭菜園には向いてるみたい。
(F1だと同時期にどの苗も一気に結実して、作物が余って困ってしまう…ということが結構あります)

まあこれだけF1種が普及してるからには、よっぽど育てやすいのかもしれない。今まで放置栽培でも育ってくれたのはF1だったからかもしれない。
でも、多少育てるのが難しくても、うちみたいな趣味レベルの小さな畑には、固定種のほうが楽しめそう。

また自然界も含めた目でみると、F1の普及によって種の多様性が失われているわけで。
今後を考えると、企業のコントロールにのみ任せることなく、個人が野菜を育て、種を採り、生命力のある健全な野菜の命を未来につなげていく必要はあると思う。

たぶんF1種のことを知らない人も、けっこう多いはず。
自分が日々食べてる野菜が、たとえ有機栽培であってもF1種で命を操作された野菜であることを知っておくのは大切だと思う。

それがいいとか悪いとか、そういう問題ではなく、まず知っておくことが大事かなと。
私たちも、そのこと自体は何年も前から知ってたけど、
自分たちで、命を繋いでいこうと思ったのはようやく今年からなわけで。
知って、そこからは個人個人が選択する。
今の世界はあまりにも、大事なことを知らされてない場合が多い気がします。

さてさて。そんなわけで、今年からは「採種」という体験も加わり、新たな気分で畑を楽しめそうです。
間引きが楽しくなってきた。
このまえ「芒種」の日、せっかくなので畑に種まきにお出かけしました。
でも、私には種まきよりも大きな使命が待ち受けてました。

間引き、です。

しばらく来ないうちに、以前に撒いた種たちが発芽して、すじ撒きしたところにギッシリと若草たちが密集してたのです。

これは大変なミッションだけど、やらないともっと大変になっちゃう!
と、気合い入れて間引きにとりかかりました。

私は、もともとは間引きが苦手でした。
めんどくさいとか、そういうことではなく、
いろんなものに執着しやすく、かつ決断が苦手、という性格に由来します。

頑張って生きようとしているそれぞれの植物を、自分の独断で生死を決めることに抵抗があったのです。
「せっかく、あの子もこの子も頑張って生きてるのに、私が選んで間引く?無理無理!」みたいな。
なので最初の頃は、間引くときは心が痛み、気持ちが重かったです。

でも間引かないと、結局は全員がぎゅうぎゅうで一生苦しい状態なのだと経験からわかりました(まるで山手線のラッシュに一生乗ってるようなものですね)。

しかも自然に生えたならともかく、勝手にこっちで人為的に撒いておいてそれはないだろう、ちゃんと手入れしてあげないと!
という気持ちに徐々になれてきて、今年はけっこう楽しんで間引いてます。

あまりにも密集してるときは、手で根から抜いたら他のも抜けて傷んでしまうので、ハサミが登場します。
ミリ間隔でびっしり生えてる細い茎を、息ができる空間を作るようにハサミで切って間引いていく。

ものすごく細かい作業。
最初は、きっとあまりに多くて選べないから、適当に切るしかないだろうなあ…と思ってたのですが、不思議なことに今はそれなりに選べてます。
個別に1本1本の植物を認識できている自分がいる。

特にそういう小さい時期の間引きの作業は、とにかく根元に近いところを集中して「感じ」ながら、残す残さないを決めていく。

そのとき何を感じているのかというと、
「生きたい!」「もっとこの世界で謳いたい!」「いっぱい遊ぶぞ!」という生命力。

それはもう、小さくても1本1本でエネルギーの在り方が違うのがすごい。
もちろん、隣り合った2本が同じくらい「やる気」に充ちてる場合もいっぱいあって。
そういうとき、マインドでは迷って判断できないこともあるけど、直観のエリアでは何だか精妙なものを感受して、テキパキと選んでる。きっと大丈夫なのだろう。予定どおりなのだろう。

間引きを経験することによって、おかげさまで「命」の感じ方が繊細になってきた気がする。
生命力の味わいかた、感受の仕方を学べて間引きが楽しくなってきている今日この頃です。

とはいえ畑仕事としては、たぶん効率の悪い作業っぷりでしょうけどね。
開墾ごっこ。
最近、畑の作物をリセットするため、ついに「ミントの根っこ掘り」という、重大かつ大規模な作業が始まりました。

ふだんは草むしりさえ、そんなに徹底してはやりません。
ある程度の草が生えてないと、作物に虫が集中してしまうので、適当に作物以外の草たちも生えたままにしています。

土中にある根っこも大事。なので草むしりも表面だけ刈ることが多く、そんなに「根こそぎ」にはしません。
根っこにも独自の豊かな生態系が築かれていて、それによって小動物や微生物、土壌菌なども豊かに育まれ、栄養たっぷりのフカフカの土になっていくのだそうです。

だから、土も耕しません。
せっかく微生物や小動物の死骸などが積み重なって、その場に最適に作られている自然の土壌が壊されてしまうからです。
今年3年目になりますが、耕さないおかげか、土がずいぶん豊かでフカフカになってきてるなあと感じます。

そうそう、話がそれた。
ミントの根っこ掘りだった。

そんなわけで、もともと繁殖力の強いミントを、しばらく野放しにして放置してました。
そのため、今や最盛期のローマかモンゴルかといわんばかりの「ミント帝国」が畑の一画に築かれており、他の植物が劣勢に立たされる状況。
さらに着々と勢力拡大し、いつの間にか隣の畝にまで浸食してくる始末。

そこで、ついに畑担当大臣のダンナから「ミント帝国の討伐命令」が下されたのでした。

となると、これはかなりの大事業。
2年近く拡大を容認していたので、表面に生えている以上に、根っこのネットワークが尋常ではない。
ちょっと探っただけで、ゴボウみたいな根っこがあらわれる。
しかも木のようにしっかりと根を張っていて、腰を据えて全力を入れても抜けなかったりして、鎌のお世話になることもしばしば。

そのぶん大物が連なって抜けたときには、長いほどに快感。
ちょっと芋掘りにも似てるかも。

でも、土の中は大変な騒ぎなのだろう。
アリやミミズや、何かの丸まった幼虫が、大慌てで逃げまどう。
うーむ、すみませんね。
ちょっと心が痛むけど、まあ災害ってのは予想できないタイミングで起きてくるのが世の常。
申し訳ないけど、どうかリセット後に、新しい世界を築き上げてくださいね。
…と、心を鬼にして、黙々と引っこ抜く。

いつのまにか夢中になって、一人で「開墾ごっこ」やってました。

私は「開墾」にちょっと憧れているフシがある。
たぶん、昔読んでいた絵本や物語の中に、人々が一生懸命に荒地を耕し、岩を、木の根を取り除き、豊かな田畑にしていく…みたいな描写があって、どこかでいたく感動した記憶があるのだと思う。
一歩一歩、着実に誠実に、地に足をつけて働くことで豊かな土地ができる…みたいなニュアンスにヨワい。

しかし軟弱かつ怠け者の私に、岩を取り除き、木の根を掘り起こすような本格的な開墾はまずムリ(だからこそ魅かれるのだろうけど)。
でも小さな畑の、少し太めのミントの根っこを掘り起こすくらいなら、ちょっと手が疲れるくらいで楽しく頑張れる。

というわけで、気分はすっかり開墾者。根っこを探りあてては掘り進む…というのを夢中になってやってるうちに、あっという間に3〜4時間。
気がついたら、夕暮れさえ終わりかけていてビックリ。
眉間には虫さされ。…なぜこんなところを刺されて気がつかないのか。

畑で作業してると、あっという間に幼い頃に戻るみたい。
今日は「開墾ごっこ」だったけど、次は何をするのやら。
私にとって、畑は「作物を育てる場」というよりは、子供の頃の感覚を思い出す「遊びの場」のような気がしています。

一面の菜の花畑。
ここしばらくバタバタしていて畑に行ってなかった。ら。
採りきれなくて残したままになっていた、
たくさんの水菜とか小松菜とか「菜っぱ系」のあらゆるものが一気に菜の花になって、目のさめるような色鮮やかな畑に変身していました。

うちの畑は完全無農薬の自然農。
というと聞こえはいいけど、出来る範囲で手入れしているだけの放置栽培なので、奇跡的に(笑)実った作物をいただけたら幸せ…という気軽な感じでのんびりやってます。

なので、都合次第で2週間くらいは普通に放置しますが、みんな作物たちはそれなりにバランスとって生きてくれて。

今回みたいに久しぶりに行くと、いつのまにか畑の命たちによる季節に合った新しい表現がそこに。
畑をキャンバスにして、生命力の美しさが展開されていてウットリします。

なんかね、作物をつくるよりも、実はそういう自然のエネルギーが展開する表現を観たくて畑を借りているような気もします。

例えばニンジンができたら、一番立派なのは収穫しないでそのまま放置する。
どんどん逞しい茎がのび、美しい花が咲き、薫り、その枝葉にも根っこにも、それぞれ独特の生態系ができてくる。そして朽ちていくまでを見届ける。
…とか、そういうのが楽しい。

最近は自然農がわりと認知されてきたようで、
近所の方も「最近はそういうやり方もあるんですってね」と、
雑草だらけの畑に対して、以前より視線が冷たくないのがありがたいです。

と。そうそう、菜の花畑だった。

菜の花畑にたたずむと、なんだか気分が高揚します。
たくさんのチョウや虫が、菜の花に誘われて集まってます。
ミツバチもいた!
ミツバチが来てくれるのは何となく誇らしい。
最近多くなった、ちょっと大きめのハチたちはイカついけど、
ミツバチはそれにくらべると丸っこくて仕草もかわいいので、お気に入り。
お仕事姿を観てるとハマります☆

などなど、むせかえるようなあま〜い香りの中にしゃがみこんで、いろんな虫たちの仕事っぷりを眺めてました。

畑のメイン担当のダンナの様子からすると、しばらくは菜の花畑を堪能するみたい。
そのあと、もう少ししたら、次の種まきが始まるのかな。

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