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2017年は「1」の年
ふと思いつきました。
今年も数秘的な2017年のエネルギーについて書いてみようかな〜。と。
…こーゆーのって、ふつう年明けでしょ。
「なんで今さらこの時期に?」と自分で突っ込んでみましたが、
よく考えたら、もうすぐ春分だし。
実はちょうどいいタイミングかもね。
さて、何を書くのかな。

2017年は、数秘的には「1」のエネルギーの年になります。
昨年は「9」の年で、9年周期の最後の年。
それまでに溜まっていた不要なエネルギーを手放していく時期でしたが、今年は新たな始まりのエネルギーです。

なので世界的にも、今までの古い流れが終わって、新しいことがやってくる感じです。
まだ芽吹いたばかりなので、これからの世界がどうなっていくのか分かりませんが、
新しいシステムや新しい潮流、今までの前例にないようなオリジナルな体験をしていくかもしれません。

今までにないから、その世界の流れを良いとか悪いとかの判断もできない。
でも前年までの価値観が残っていて、その古い価値観で判断するくらいなら、むしろ何も判断しないほうがいいのかも。
無垢な白紙のまま、ひたすら体験しながら、新しい価値観の芽を育てていく時間。

そして、世界もまったく新しい流れに突入するけど、
つまり個人的にも同じく、まったく新しい年になるわけです。
としたら、個人的な営みにも古い考え方はそぐわない。
無垢な白紙のまま、ひたすら体験していく。
前年までの、過去の経験や習慣から動くのではなく。
もし何かについて判断するにしても、過去の価値観ではなく、その時に感じるままの自分のオリジナルの価値観で、先入観なく判断して行動するといいと思う。

「今までだったら」とか「世間では一般的に」とかで考えると、昔の古い枠組みから抜けるチャンスを逃すかも。それはちょっともったいない。
だから今年は「自分」という唯一無二のオリジナルの存在を信頼していく。
自分の考え方や、自分の在り方を認めてあげる必要がある。
古い価値観や、借りてきた世間一般の価値観に束縛されないように。

また、新しいものが芽吹いてきて、今までに経験のないことをやりたくなったりするかもしれない。
明確じゃなくても、ざっくり新しい方向が見えてきたりね。

そして、そういう時、私たちは疑いやすい。
これまでの、古いけど安心できることと違うものがやってくると、それを見つけた自分さえ疑う。
「それで大丈夫?」と。
今までと違う、世間や周囲とは違う、というだけで自信がなくなってしまったり。

でも。せっかくの新しい年だから。
先を恐れずに、自分の思ったこと感じたこと、そもそも「自分」という存在を、ありのまま認めていく、というのが大きなテーマになります。
それが認められれば、それぞれオリジナルの私たちは、オリジナルの方向性を認めることができて、新しい流れに入っていくのだと思います。

あ、そうか。
世界自体が、まったく新しい始まりの年になりますが、
その新しさの中に、人がそれぞれ個々のオリジナリティーを許して、本当に自分らしく生きるとは?という、周りと比較したりするのではなく、我が道を歩んでいく人が増えていくスタートの時期なのかもしれません。

1の年は、そんなことを応援してくれるエネルギーに満ちてるから。
そのままの自分を出していくことを許してあげてみてね。
それによって、今後の自分の方向性が見えてくると思います。

ちょっと自動筆記的な感覚で書いてみました〜。
降りてきたまま、あんまり文章に手を入れてないので、読みにくかったらごめんなさい。
マンガラ追悼(2013年分再掲載)


ここ最近ばたばた慌ただしく、ほとんどネットにも繋がってなく鎖国状態でした。この前ブログ書いて以来、もう1ヶ月近く?
が、この間に、なぜか意外とこのまえ書いた「数秘術では想定内」についての反響が大きくなっていて。
中でも、師匠のマンガラに興味を持たれた方が多いような気がします。
マンガラは2012年にこの世を卒業したのですが、実際に物理的に会った時間はわずかなはずなのに、沢山の言葉にできない何かをいっぱいもらったように思います。

それで、ふと亡くなった際に書いた文章を思い出して。
長い長い文章ですが、再掲載します。
マンガラを知りたい方にいいかなと。
そして私も再読して、感謝の気持ちを新たにしたくて。
ときどき、大切な想いは再掲載してみよう。と思った次第です。

ちなみに彼女、マンガラ・ビルソンの著作が日本でも2冊発売されてます。
「直感のタロット〜意識のためのツール〜」
「わたしを自由にする数秘」(共に市民出版社より発行)
もっと興味がわいたら、そちらも読んでみてね。良い本ですよ。
この世を卒業する前に、マンガラがみんなに届けてくれたギフトだと思ってます。

☆★☆★☆

すっかり時間が経ちましたが、昨年10月、私にタロットと数秘術を教えてくれたイギリス人のマンガラが、肉体を離れました。

もっと前に、このことについて何か書きたい感じはあったのだけれど。
あまりにもいろいろな想いがぎゅうぎゅうとまとめて押し寄せて。
全然まとまった言葉にならなかった。

今頃になってようやく自分を客観するための何かくらいは書けそうな気がしてきたので、とりあえず書いてみる。長いかも。


その訃報を2日後にきいたとき、急なことでビックリした。
だいたい年1回ペースで定期的に日本を訪れて、ワークショップを開催していた彼女。
たしかに前年は病気療養中とのことで来日しなかった。
でも、以前にも持病の腰痛が悪化して来れない年もあったし、また良くなれば来日するだろう、と気軽に考えていたので本当にビックリした。
寝耳に水。しばらくは何の反応もできなかった。
そして、しばらくしてようやく事の重大さに気づき、涙がボロボロ溢れてきてとまらなくなった。

そのとき、
「泣かないの〜」と、マンガラがやってきて、笑いながら、あのフワッとした独特のフィット感でハグしてくれた感じがした。涙がとまった。一瞬ね。

マンガラと私は、時間的にはそれほど長く親しい関わりではない。
ちょうど10年前に出会ったのだけど、そこから会ったのは5〜6回かなあ。
てことは、ざっくり計算すると、この10年で延べにして1ヵ月ほどの関わり方なのだ。
しかも私はそんなに英語が喋れないので、込み入った会話や親しい話を交わすこともそんなになかった。
それなのに、与えてもらったものはとても大きなものだった。

マンガラ、ありがとう。
この人生であなたに会えて本当によかった。
マンガラと会ってなかったら、私の人生は全く違うものになっていたと思う。

そもそもタロットと数秘に出会ってない。
そして、タロットや数秘が見せてくれる内面宇宙の意識の奥深さを、こんな風に店を作って、みんなとシェアすることもなかったと思う。

今こうして、毎日たくさんの人とセッションして、意識変容のお手伝いができる人生になったのも、元はといえば、つまり彼女と出会ったからだ。

たぶん、でも、ずっと前から会うことになってたんだろうね。
逢える人とは、いつか必ず会えるから。


それまでの私は、スピリチュアルとか占いとか、全くの懐疑派だった。
「星占い?人類12分割して何がわかるの?」みたいな。
なんせ興味がないので、関わる気持ちも知識も何もなかった。
私の人生には存在しないも同然の分野だった。

それが10年ほど前のあるとき、ある人から唐突に
「あなたタロット、絶対向いてるから」と言われたのだ。「はぁ?」

全然知らない、食わず嫌いな世界のものをいきなり「向いてる」とか言われ、しかも「絶対」とか言われ。
そんな経験がなかった私は、なぜか珍しく拒否しなかった。少し興味を持ったのだ。
そして「ちょうどもう少ししたら、イギリス人の素晴らしい先生が来日するの。
年に一度なのよ。よかったら教えてもらったら?」
と、そのタロット講座のチラシまで受け取って。

が、そのチラシを見たとたん、私は即座に諦めた。
時間とお金が予想以上に必要だったから。
当時の私の感覚からすると、興味本位で学ぶにしては、その受講料金はとても高くて手が出せなかった。

もうひとつ講座の日数は、週末を2回使って6日間。
その頃の私は雑誌のライターの仕事をしていて、週刊や月刊の連載を4つくらい抱え、並行して企画特集記事も定期的に担当し…と、文字どおり休みが1日も取れない状態が普通だった。
1〜2日ならともかく6日はとても無理だな、と。

で、仕事に忙殺され、すっかり忘れていたあるとき。
ひょんなことから臨時収入が入ったのだけど、それがほとんどピッタリ、その講座代金だったのだ。
つい「あ、これはあのタロットのお金だ」と思ってしまった。
そのお金をみて旅行好きの私のこと、「あ、ハワイに行ける」とか思ってもいいはずだ。なのにタロット用だと思ってしまった。

しかも仕事も、週刊連載が一つ終了することが決まり、スケジュール的に、ちょうど講座の期間中なら、休みをとることも可能…という状況がなぜか突然おとずれていた。

そんなわけで、全く何もわからず、タロットの予備知識もないまま受講しに行った。
いろんな流れが、その講座へ行くように示している気がしたから。
「占いなんて興味のない私がいったい何をやってるのだろう?」と訝りながら。


実際に体験してみると、マンガラのタロットは、懐疑派の私がそれまで勝手に想像していた「占い」とは全く違っていて、自分の意識に気づきをもたらすツールだった。
おかげで受講を始めて間もなく「占い」への偏見は解かれ、懐疑的な感情はなくなった。
が、それまで「自分の内面と向き合う」ということを殆どしてなかった私には、講座で伝えられた内容は、最初さっぱり理解できなかったのを覚えている。

ただ、マンガラという人物は最初からとても印象的だった。

たぶん、私がマンガラからそのとき伝えてもらったのは、タロットの知識ではない(あの時点ではまだ何も理解できてなかった。それらは後付けしていったものだ)。

彼女は「そのものの本質」を伝えてくれていた。
つまり「本質をありのまま伝えるとはどういうことか」を教えてもらったのだと思う。

それに気づいたのは、講座の3日目くらい。
ようやくスピリチュアルな専門用語にも慣れ始めたころ、受講者の誰かが
「これは良いカードなのか、悪いカードなのか」みたいな質問をしたのだと思うが、それに答えてマンガラが、
「この世界には良いも悪いもないのです」と、さらりと言い切ったのだ。

私はそのときの彼女の在り方に驚いた。
というか、ようやく「良いも悪いもない」という言葉の、本質を伝えてくれる人に出会ったと感じたのだ。
なぜなら、その言葉が、その発された瞬間にハートに入ってきたから。ストンと腑におちたから。

もちろん言葉としては、以前から知っている。
今までにもそういうことを言う人にはいろいろ出会っていたし(毎日いろんな方々をインタビューする仕事でしたからね)。
でも今思えば、その言葉を、本質的な確信を持って言っている人に会ったことがなかった。
たぶん、その人たちにとってもそれは単なる知識で、本当の意味では理解していなかったのだろう。
だからいくら言われても、理屈としてはわかってもハートには入ってこない。
なので、こちらも流しながら頭で受け取って知識として聞く、という感じになる。
でも、それが普通一般だし、そういうものだと思ってた。

でもマンガラが「良いも悪いもないのです」と言ったとき、本当にひと筋のブレもなく、確信を持って本質を知っているところから言葉を発したのだ。
それで私は瞬時に
「ああ、良いも悪いもないんだ」と深い実感として伝わり、理解した。

理解がくるのは一瞬だ。
それを本質で伝えられる人がいてくれたら。

私は英語があんまり話せない。講座も通訳の方を通して行われる。
だから、言葉自体は日本語で耳に入るのだけど、その本質はそのまま、彼女の持っているものが言葉ではないところで伝わってきたのだ。

それ以降、講座の間中、ひんぱんにそういう体験をし、
まだタロットそのものの理解はできてなくても、これは私にとって大事なものになる、という予感を、その講座で手に入れたのだった。

そしてその後も、マンガラの在り方を味わいたくて年に一度の来日に合わせて行けるときには行くようになり(それで数秘術も学んだわけです)。

彼女はあらゆる方向から、いろんなことの本質をストレートに伝えてくれた。

講座に行くたび、そのときの自分に理解できる限りの最奥まで行けることが多く、新しい自分を発見することができ、おかげで今の私がいる。
彼女に出会う前の私にくらべて、どれだけ意識の在り方が変化したことだろう。

最後に会ったのは2010年の秋。
広島に移住した年に、店を休んで東京に会いにいった。
「広島で夫と2人、猫2匹とのんびり店を出している」と近況報告したら、それは良かった、と笑ってたっけ。

本当にマンガラは私の人生にとって大きい存在だった。
私も彼女のように、本質そのままを伝えられるように、あるがままをシェアできるようになれるといいな、と心から思う。


死にゆく人は、いつも大きなギフトを届けてくれる。
親しい人が肉体を離れるたび、私は成長させてもらってると思う。

彼女が肉体を離れたのを知ったとき、泣かないの〜とハグしてくれたとき、
実は、2〜3の個人的なメッセージを届けてくれた。

その瞬間、何かが私の中で自動的に解放され、手放された感じがあった。

そのときには何が起きたかわからなかった。
ただ、最近になって感じているのは、セッションのときカードを見ていつものように口を開けると、以前には表出したことのない言葉や表現が現れるようになっている。

何かが解放され、カード一枚一枚のエネルギーに対して、以前より自由な認識と拡がりが出てきたらしい。
「え、そんな読み方するの?」と私自身が驚くような新しい発見が毎日のように現れてきている感じ。

知らないうちにカードのエネルギーに枠というか制限を設けていたのが、一気に解放されて360度の自由度でリーディングしてる感じで、果てしなく面白い。
それは私にとって大きな変化だし、また少し成長したということだろう。
素晴らしいギフトを届けてもらったと思う。


最初に学んだ時点では、頭ではさっぱりわからなかったけど、やってみるとタロットは私にピッタリ合っていたと思う。
そしてそれはマンガラだったからこそ、理論ではなく、タロットの魅力と魔法をダイレクトに伝えてもらえたのだと思っている。

そういえば、一番最初に「タロットってどんなものだろう」とマンガラのセッションを受けたとき。
彼女の第一声が「あなたはタロットリーダーになる可能性があることを覚えておいてください」だった。
その当時は「そのリーダーってどんな機械なんだろう?」くらいに思ってたのだけど、言葉としては不思議と覚えてた。
そしていつの間にか、タロットリーダーになってる私がいて。

先日ちょうど「マンガラのエッセンスを味わいたいから」と、セッションに来られた方がいました。
その後、メールが届きました。
「あゆたやさんを通じ、マンガラのタロットや数秘に触れる機会をいただいて感慨深いです。肉体を離れてなお出会いや繋がりをもたらすマンガラという人の愛の深さに感銘を受けます」と。

ほんとうに。私もマンガラに出会えたのは大きなことだったので、その歓びをセッションという形でシェアできるのは嬉しいことだと、あらためて思いました。


そう、いつもマンガラとハグすると、ちょっと独特な感じがあったのを思い出す。
ボディの感触が、肉体というより、もっと密度が薄くて軽くてふわっとしてる。シフォンケーキのような。
彼女とハグすると、独特の軽みに包まれて自動的に優しい気分にさせてくれるのだ。

それが、今もときおり、そのマンガラの感触にふわっと突然抱かれるときがある。
「その感じでOK、GOOD」と言われてる感じ。

それは別にタロットをやってる時ではなく。
朝の光に包まれているとき、陽射しのぬくもりにほっこりしてるとき、何かとても心地よく、充ちているとき。
「そう、あなたはその場所にいるだけでOKなのよ」と言われてるような。
「そっか、”ここ”にいればOKなのね」とニッコリする私。

肉体を離れてなお、やさしい関わりを持つことができ、大切なことを教えてくれている。

これからもマンガラから伝えられたことを大切にし、私の内面で育み、時間と流れのなかで、必要な動きと発展性をもって自分なりの形で世界にシェアしていこうと思う。
それが一番マンガラに喜んでもらえると思うから。
マンガラ、本当に本当にありがとう。
感謝をもって、先に進んでいきますね。
数秘術では想定内
長年、定期的にセッションに通ってくださっているリピーターの方が、こんな話をしてくれました。

「4〜5年前に数秘で言われた内容、当時は絶対ありえない!と思ってたのに。実際には、今それが起きていてビックリです」と。

最初に数秘術でお伝えした話が、あまりにもその時点での考え方や価値観からかけ離れ過ぎている場合があります。
そのため、当時は全然わからなかったのに、数年後、気づいてみたら、いつのまにか数秘で聴いていた流れどおりになっている…という。

人は「今」考えてることとは全然違う、今の自分には想像もできないところに流れつくことがあります。それはただ単に想定外だった、というだけ。
数秘は本人の想定外・想定内に関わらず、人生本来の可能性や方向性を示してくれるツールなのです。

その、まったく想定外なことを聴かされてビックリした、典型的な例が私です。

最初に師匠のマンガラのセッションを受けたとき、開口一番、こちらは一言も何も言ってないのに、
「あなたは数秘に特定の数字が出ているので、将来タロットリーダーになる可能性があります。覚えておくといいでしょう」と言われ。

この言葉が、マンガラと交わした最初の第一声だったのです。

でも、タロットがどんなものかも知らない頃に言われたので、
「リーダーって、それは何の機械の話をしてるんだろう?」
と思ったくらい意味不明の第一声でした。

それに、当時は大好きな仕事に就いていたので、タロットリーダーになることに興味がありませんでした。

その頃は雑誌のライターをやっていて、週刊・月刊連載などを何本か抱え、合間に特集記事なども入り、インタビューや取材、原稿書きなどで忙しい日々を送っていました。
今思えばいつも締め切りに追われ、休みも殆どなかった気がします。
でもやり甲斐を感じていたし、当時はずっと続ける気マンマンだったのです。が。

「数年後には自分でビジネスを始めたり、なんらかのお店を出したりする可能性がある」と言われ。

いやいや、ありえないでしょー!ビジネスだとか店だとか!
そんなのやったことないから、全然イメージすることさえできないし。
てかその前に、気に入ってる今の仕事を辞めるなんて考えられないし。

…などなど。さっぱり理解不能、イメージできないことばかりが伝えられ、よくわからないまま聞き流していたのです。

それが、どうですか。

その2〜3年後にはタロットのセッションを開始、4年後には編プロを辞め、フリーのライターと兼業で「CURRY TAROT CAFE」をオープン、その後は自然な流れでいつのまにかライターを卒業し、リーディングで生計を立てはじめ。

で、数年後にハッと気づく。
「あれっ、最初にマンガラが言ってたとおりじゃん!」と。

数秘術のセッションをやると、ときおりその時の私と同じような反応を示す人がいます。
今の自分にはさっぱりイメージできない、あり得ない話である、と。

うんうん、わかるわかる。その気持ち。
でも私の体験からすると、理解できなくていいと思う。
今は想定外かもしれないけど、数秘的には想定内。

タロットは、ざっくり言うと「今どこを見て何をすればいいか」というメッセージをお伝えします。「今」にフォーカスするのです。
つまり、その人が「今聴くとわかる話」です。

でも数秘術は「この人生、なんのために生まれてきたのか」という大きい話をするので、まだその人が人生の中心軸、メイン街道に触れてなければ、体験や実感とリンクしない内容も多々あるのです。

なので「今の自分」は数秘が伝えることを理解できなくていいのです。
そういう場合、おそらく「このタイミング」で聴くこと自体が重要だったのではないかと。

大切なのは、何が自分の人生の中心にあるのかを知ること。意識化すること。
そうすれば自然に、よりスムーズに、人生の中心軸に沿って生きていくようになるみたい。

数秘術の考えでは、人は名前と誕生日を自ら選んで生まれてきます。
その2つのデータに、自分が選んできた人生の地図…青写真がプリントされているのです。
ここからチャートを作ってリーディングしていきますが、青写真だから細かいことを説明するというより、方向性や可能性を示していく感じです。
とてもシンプルなんだけど深くて的確で、プリミティブで根源的。

この数秘のダイナミズム、根本にあるものを深くシンプルに見ていくシステムが、とってもエキサイティングなのです。
初めてセッションするときは長い旅になるけれど、自分の方向性、人生の軸を知っておくと、世界の見方がリフレッシュされて面白いよ。

聴くタイミングが来たら、いつでも遊びにきてください。
新しい角度から見る人生へと、ご案内したいと思います。
一緒にワクワク、数秘の旅に出かけましょう。

そして数年後、お釈迦様の掌の上の孫悟空のごとく、
「ああ〜っ、この状況も数秘的には想定内だったのか〜!」
とか、振り返ってはその不思議を楽しみましょう(笑)。
私はこのセリフ、これまで何度つぶやいたことか…!
数年ぶりにご来店される方、増えてます。
ここ1週間ほどのうちに「5〜6年ぶりにセッションに来ました」と言われる、何人かのお客さんがご来店くださいました。
占猫は開店して6年半くらいですからね。
「この前のときは、猫ちゃんが来たばかりで小さかったですよ」なんて言われたり。

いや〜、ありがたい話です。
5〜6年ぶりに思い出していただけるのも嬉しいし、
それだけの時間、お店が続いてなければお会いできなかったわけで。
ここまで続けていてよかったな〜、とあらためて感じます。

そういえばここ最近、6年とは言わなくても、数年ぶりというお客さんが多くなってきたように思います。
数年に一度のタイミングでセッションされる方との再会。
続けていればこその出会いは、続けないと出会えない。

もちろん、5〜6年ずっと定期的に通ってくださる常連のお客さんもたくさんいらっしゃいます。
長年通ってくださるリピーターの方とは、ここ数年のその方の人生の歴史を、どこかの次元で一緒にたどっているような。
でも同時に、毎回新しい一期一会の出会いでもあり…という、不思議なつながりを感じます。
リピーターさんもまた本当に嬉しくありがたく。

セッションが必要なタイミングは人それぞれ。
困ったときにくる人、状況や心の確認をしたいときにくる人、心の成長のためのメッセージを聴きたいときにくる人…
毎月メッセージを聴きたい人、シーズン毎の人、半年に一度、年に一度の人、数年に一度の人…。
そして、どんな時にこられようとも、魂はその人の「今」に必要なことを伝えるようです。
みなさん本当に、自分のタイミングを直観的に知っておられるんだなあと思います。

そして数年ぶりのある方に、
「来たのは久しぶりですが、占猫さんがここにあるというだけで、私は安心できるんです。本当に困ったときにはここにくればいいと思ってるから、逆になるべく自分でなんとかしようと思えるようになりました(笑)」と言われました。

すごく嬉しかった。

占猫が存在すること自体、その人が困難に立ち向かうための応援になるなんて。
物理的にはその人に関わっていないときも、役に立ってるなんて。

そもそも、当たり前ですが、私のセッションは私しかできないので、個人セッションしているときは、世界でただ一人の人としか一緒にいられません。
その人のためだけに、その時間を全力でサポートします。

とてもやりがいがあるし、一対一の形態は、私の好きなスタイルで楽しいです。
ただ、どうしても関われる人の人数は限られるなあと。

でも実は、その間にも、間接的に占猫がどこかで誰かをサポートしている。

そのビジョンを与えていただけて本当によかった。

そのときお店にいらしてない方のサポートも、その人が想ってくれるだけで自然に出来ちゃうお店。

なんて素晴らしい。

まだまだ未熟ではありますが、そんな風に言って頂ける機会があったということは、そのビジョンを手渡される時期なのかな〜と。
これからの方向性として、そんなビジョンを持つことが、大切なのかなと。

直接お会いしていないときでも、誰かのサポートになってる存在。

あ。いいな、これ。カチッと入った。

ここに在る、というだけで安心できる、そして実際にいつ行ってもホッと寛げるような、心穏やかになれる存在にいつのまにかなってるといいな。

占猫もそうだけど、私自身も。

よーし、これからも精進しよっと。私なりに、マイペースでね。
旅先リーディング
秋は行楽シーズン。連休も多いし、旅に出かける機会が増えますね。
占猫もこの時期、遠方からのお客さんが多くなるのです。

前から気になっていたからと、広島観光がてら遊びに来てくださる方。
占猫を目的にして、お忙しいなか、新幹線で日帰りで来てくださる方。
それはもう、本当に本当にありがたいことです。
おしごと、日々精進しますっ!っていう気持ちになります。

そして、それ以外に最近多いのが、
旅や出張目的で広島行きが決まって後、あるいは広島に来てから、ネットで調べて占猫の存在を知り、予約をくださる方。

つまり「旅先でリーディングをする」という事自体を、旅のアクティビティとして楽しまれている方々です。
ここ2〜3年で、とみに増えてきました。
パッと思いつくかぎり、遠いところだと北は岩手、山形、南は宮崎、熊本、高知…。

私が旅先リーディングの話を初めてきいたのは、東京にいた頃。
出張の多い地方の男性が来店されて、
「いや〜、出張先で占いするの大好きなんですよ。だって、全然知らない土地で、知らない人から、何を言われるのか楽しみじゃないですか」と。
そして「逆に、地元で行くのは何となく照れくさいんですよね」とも。

私はもともとは占いに興味がなかったほうなので、
「なるほど〜、旅先だからこそ体験したくなる人もいるんだ!」と、新鮮でした。

実はそういう人、けっこう多いみたい。
ときおり聞いてみると、10分とか20分とかの短時間だったら、どうやら旅先での占いはポピュラーっぽいです。
そういえば、観光地によく見かけますものね。占い処。

でも、うちのセッションは初めてだと1時間以上かかる場合が多いし、そもそも所要時間があらかじめ決まってない。どのくらい時間かかるかわからない。
という時点で、旅の途中で立ち寄るにはスケジュール管理上、難しめだと思うのです。

なのにご来店いただけるのは、旅のいろんなイベントの中でも、それだけの時間を割いてもいいと思えるくらい、スピリチュアルといわれるジャンルが一般的なものとして身近になってきたのかなあと。

…とかなんとか難しいリクツはさておき、純粋に嬉しいです。占猫に遠方から来てくださることが(笑)。
旅先での貴重な時間を、わざわざ足を運んでセッションを楽しもうと思っていただけるなんて。

もちろん、遠方の人であれご近所の人であれ、全ての出会いは、魂のメッセージを通訳する「その場、そのとき」においては、私にとって同等の喜びです。

ただ、遠方の人は、出会うまでにかかるエネルギー(時間とかお金とか)が、いっぱい必要です。
あと、タイミングもあります。旅先で思い立った場合は前日や当日のお問い合わせが多いので、空いてないこともしばしば。

それでもお会いする機会が持てたというのは、よほどご縁が深く繋がってるのだろうなあと思わずにはいられません。
まさに一期一会。
これからも、ひとつひとつの貴重な出会いのなかで、セッションの楽しさを分かち合えますように。

と。もしかして、これから広島に行こっかな〜と思ってた人が、何故かこの文章を見ていたら…ご縁かも(笑)。
逢える人とはいつか必ず会えるから。
ご縁のつながるタイミングに、お会いできるのを楽しみにしてますね。

興味がなかった方のご来店、増えてます。
先日、お客さんと雑談しているときの話。
その方は、つい最近まで占いとかスピリチュアル的なことについて、殆ど興味がなかったそうです。

「でも最近、同じように全然興味なかったはずの周りの人たちが「占いしてきた」「運勢観てもらった」とか言い始めて。それで、今までは考えたこともなかったのに、今回みたいに困ったことが起きたとき「そういえば占いっていう手があるのか」と、思いついて」と。

そうなんですよ。
初めてご来店の方とお話しさせていただくなかで、
「これまで興味なかったんですが」「一度もやったことないです」という人が増えてる感じを受けてました。

もちろん、対面セッション自体が初めてという方はこれまでもいらっしゃいます。
でも今までは、わざわざ足を運んで対面セッションした経験はなくても、ネットで無料のタロットやってみたり、雑誌の占い特集は好き、とか、スピリチュアルな世界が好きな人がもう少し本格的に体験したくなった…みたいな感じが多かった気がします。

それがいつ頃からか、全然興味がなかった人が、ふと思いついてご来店される割合がかなり増えてきていて。

実は私も、もとは興味がなかったタイプなのですが、興味がないものって選択肢にも入らないのです。自分の世界に存在しないから。
その頃はこんな世界があることさえ知りませんでした。占いというのは雑誌の星占いだと思っていたのです。

おそらくその頃の私と同じように、これまでは全くスルーしていた人たちが、なぜかこういう世界を意識し始めて、新しい扉を開いて、新しい可能性を見つけて新しい発見に
驚きを体験されるようです。

ことほぎ師としては、そういう人が増えるのは素敵なことだなと思います。
昔は興味がなかったけど、目に見えない世界を尊重することの大切さを感じている今となってはね。

知らない世界を開くのは、新しい可能性を開くこと。
もちろん、だから逆もあるよね、きっと。
もし見えない世界ばかりを大切にして、現実から逃げていた人がいれば、その人は現実の扉を開けることが新しい可能性を見つけられる。

その、新しい扉を発見すること自体が、これまでは難しかったと思うんだけど、
やっぱり最近は世界の進化のスピードが加速してる感じがあるから、
たくさんの人が、いままでにない体験の扉をあちこちの分野でオープンしてる気配を感じます。

その一環として、うちの店にも影響が。
占いや目に見えない世界に興味を持つ人も、今まで以上にどんどん増えている予感。
たしかに、今までやったことのない体験は、新しい発見を得る可能性が高いです。
これからも、そんな方が増えてくるでしょうね。

もし「なんだかわからないけど占猫が気になる〜」という方がいらしたら、
どうぞ直感で遊びにきてくださいませ。
逢えるかたとはいつか必ず会えるから。
新しい扉を開けて冒険を楽しみにきてくださいね(笑)。

2016年は数秘で「9」の年。
久しぶりに年始の数秘を書いてみよ、と思いつきました。

2016年という今年は、数秘術的には「9」の年です。

9のエネルギーは、手放すエネルギー。そして、信頼のエネルギー。
古くて、今の状況に合わないものは、それを信頼して手放すしかありません。

なので、2016年は世界全体的に、旧式のシステムや価値観など、
現状に合わないものが、手放されていくことになりそうな。
もちろん、ラクに手放せるものもあれば、怖れのために痛みが伴うこともありうるでしょう。
なぜなら、今年は「手放す」だけなので、まだ新しいものが入ってこない。
新しいものが見える前に捨てる状況になるから、それはもう怖い怖い(笑)。
でも、おそらく手放す以外には選択肢がないことがわかってくるのだと思います。
それをいかに信頼するかが、この年を穏やかに生きる鍵となってくる気がします。

そしてもちろん、個人的にも同じエネルギーが適用されます。
信頼して、手放します。

今年は、自分が今まで無意識に使っていた生き方やルール、執着していた状況や考え方などが、自分に合わなくなり浮き上がってくる年です。

自分を守るために必要だと思っていたものは、たしかに以前は守ってくれていたかもしれないけれど、おそらく今の成長度には見合わない、つまりもっと成長して新しい可能性にチャレンジするのを妨げているものなのです。

そんなところにあるとは思わなかった場所に次の扉を見つけるかもしれません。
でも、それは本当は前から知ってたけど、見ないふりをしていたくらい開けるのが恐かっただけかも。
としたら、今年ももちろん怖いけど、でも前よりは直視できるくらいには怖くないってこと。
新しい自分になるのは怖いかもしれないけど、古い自分を捨てていく、というイメージだと扉が開けやすいかもね。

今までの方法では、今年は行き詰まりを感じる場面が少なくないと思います。
そこに行き詰まったまま留まるか、怖くて未知だけど、古い自分を手放してまっさらになるか。
9の年としては、手放すのをオススメです。
古いルールやこだわりは、次の何かが来てなくても自分を信頼して手放せますように。

と、なんだか読み返したら「怖いことが起こるんですか?」という感じだけど(笑)、
そうではなく、人生の不要なものを手放す断捨離みたいな年と考えていいと思います。

お掃除の年、みたいな。
かなりリフレッシュできると思います。
私も今年はどんな「無意識の何か」が浮き上がってくれるのか、ワクワクドキドキ。
さらなる喜びあふれる人生のために、不要なものが浮き上がってくれて、手放せるといいなあと楽しみにしています。

ではでは「9」の年、2016年をエンジョイしましょうね!
仕事始めでした。
本日、仕事始め(あれ、もう昨日?)。
また新しいサイクルがはじまりました。
まるまる一週間も休むと、
「果たしてちゃんとセッションできるのかしら?」とドキドキしましたが(笑)、無事に終了。

5〜6年来の東京からの常連さんを皮切りに、2時間を超える濃厚セッションが続くなどして、気がついたら結局、休む間もなく夜の10時ごろまでずーーーーっとセッションし続けてました。

ん〜、新年早々エキサイティング!

こうして1日終わって振り返って
「あ〜、やっぱり私、このシゴト好きなんだなー」と、しみじみ思いました。

まだ仕事のサイクルに体が慣れなくて、休憩もなかったから体力的な疲れはあるんだけど、それを「気持ちいい〜」って感じてる。
全力でやることやりきったぞ〜!みたいな、心身にあふれる充実感。

セッションごとに、そのときに行ける最奥まで深く深く潜っていく。状況によっては高く高く上昇していく。
他の全てを忘れて、その一瞬だけに全力をかける心地よさ。
次の一瞬に何が起こるかわからない、その瞬間に立ち会うワクワク感。

ここまで全力を尽くせる場面って、日常生活ではなかなかありません。

休日のゆるゆるした感じも大好きなんだけど、きっと365日それだけだと飽きちゃうのかもね。
でも、こんな風に仕事のありがたみを際立って感じられるのも、お休みがあるからこそ。

これからも、たっぷり休んで遊んでのんびりしたいと思います。
そしてたっぷり真剣にお仕事しようと思います。
一瞬一瞬、セッションを全力で楽しみます。

もしよかったら、そんな私に今年も一緒におつき合いくださいませ。
どこかのタイミングでお会いできるのを楽しみにしてますね。

とても楽しく充実した仕事始めでした〜。

82歳。
今日、82歳の方とセッションして、魂からのメッセージを通訳させていただきました。

長い人生を体験された方の魂の言葉は、驚くほど若く、熱く、活き活きしていて、とても勉強になりました。

そもそも、82歳でタロットのメッセージに耳を傾けようと思いたつ、その柔軟さを見習いたいと思いました。

私はどこか硬くなっているところはないだろうか?
新しいものを受け入れる柔軟性を忘れていないか?

…などなど、あらためていろいろ考える機会を貰えました。

そんな出逢いをいただいたことが嬉しくて、ありがたくて、ちょっと書きとめてみました。

ありがとうございます。

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