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地球が壊れる前に
レオナルド・ディカプリオ主演のドキュメンタリー映画「地球が壊れる前に」が、ネットで無料配信(期間限定みたいです)されていたので、遠慮なく閲覧させてもらいました。

彼が国連平和大使になって、世界各地の自然破壊や温暖化の状況がどうなっているのかを直接見に行ったり、バチカンで教皇に会ったり、オバマ大統領に会って環境問題について話し合ったりと、盛りだくさんの内容。

この映像を見るかぎり、やっぱり噂どおり、地球のあちこちで深刻な状況が起きているのがよく伝わってくる。
音を立ててグリーンランドの氷がもの凄い勢いでとけだしてる。
たぶん、私がこれを書いてる間も、滝のようにとけている。
このままほっとくと、北極とかグリーンランドなくなっちゃうよ、という専門家の人たちがいる。とけ出る映像をみると、そりゃそうだろうなあと思う。

そして南太平洋の島々は、海面上昇により、どんどん土地がなくなってる。
こちらもこのままほっとくと、消滅する国も出てくる。

そして同時に、広域にわたって森林は伐採され、化石燃料を手に入れるために土地はえぐられる。その荒れた地域の映像は、地球が大きな怪我をしているみたいに痛々しい。

…などなど、こういう話、誰もが知識としては知っている。
でもそれらの事象が自分とどんな風に繋がってるのか、グリーンランドやパラオ在住ならともかく、日本みたいなところに住んでると、いまいち漠然としてしまう。

もちろんそこは映画でも主張されているように、利権やお金儲けの関係で、巨大企業などにとって都合の悪いこういった情報を否定したり、なるべく知られないよう頑張ってる流れがあるのも理由の一つだと思う。

そういう流れの一環なのか「温暖化現象なんか起きていない」と言ってる専門家もいるらしく。
でもさ、温暖化とかそういう「単語」が合ってるか間違ってるか、みたいな揚げ足取りではなく、現実として洪水になったり、氷が溶けたりして困ってるわけで。
なんらかの対策は必要でしょう。
これはパラオやグリーンランドだけの個別の問題ではなく、地球の問題です。

私たち人間はみんな地球に住んでいて、今のところ地球にしか住めません。
つまり自分の家がボロボロと崩壊しつつある状態です。
なのに原因が明確でないからって放置しようとしてる感じ?

実際に自分の家だったら、いったい何が原因なのか探そうとしたり、想定される原因らしきものに対して対策をたてたりすると思うの。
居間が大丈夫でも、台所の水道管が破裂してたら、TV観てないで何らかの対策を考えようとするものね。

日本でもみんな異常気象はうすうす感じてる。
でも普段の生活に忙しくて、それを自分の生活の一環の中に起きてることとして考えにくい。…のだけど、やっぱり考えたほうがいいよね、この状況。

だって私たちは、ずっと地球の恩恵を受けて生きてるもの。
お米だって魚だって野菜だって、地球があるから生まれてきてくれるんだもんね〜。
ついつい街の中にいると、食べ物はお金があれば手に入るもの。と錯覚してしまいがちですが(笑)。

と、あらためて「地球を大切に」という基本に思い至るような映画でした。
なるべくいろんな情報に耳を傾けて、できれば地球に優しく、できない場合もなるべく地球をいじめない行動を選ぶ。

そうは言うけど、何をやればいいかわかんないよ、個人でできることなんて限界あるし。…とか思いがちですが。

この映画を見て、私みたいな一介の人間でも地球のためにできる効果的な活動は「お金の使い方」だと思った。

大切なお金をどこに使うのか、どこに一票入れるかを意識しておくのは大事。
地球をいじめてると感じる企業にはお金を回さないとかね。

たとえば私の場合は、福島の原発の処理も終わってないのに、原発推進して海外に売りに行ったりするのはどうかと思うので、その関連企業ー東芝とか日立とかーの製品は購入しない。とか。
逆に、地球に優しいと感じる企業には、多少商品が高くてもお金を回す。一票入れる感覚。

今の時点では、ビジネス的に「地球に優しい方が儲かる」と企業が思ってくれるのが、環境への影響力が早いと思います。

あとはやっぱ、こんな風にささやかではあれど、地球のために言葉にして周囲に伝えていくとかね。
…という気持ちになったので、さっくり感想でした。

ちなみにこの映画で、ディカプリオ主演のアカデミー賞作品「レヴェナント」の制作話も。
温暖化で雪がなくなってしまい、ロケ途中から北半球のカナダから南極近くまで移動して撮影したのだそう。
レヴェナントも、いい映画でした。
長文すぎてお蔵入りしてた感想(笑)載せちゃおうかな。
映画は映画館で観る。
しばらくぶりに、これは観たい!という映画があったので、映画館に行ってきました。
「マッドマックス4」と「インサイドヘッド」。
シネコンで時間帯もよかったので、1日で2本とも観れました。

私にしては2本続けて観るのは珍しい。
動体視力(?)が弱いのか、映像を長い時間追っていくのが苦手で。
1本観るだけで疲れるのです。
だから作品もけっこう厳選します。よっぽど興味がないと観る気にならない。

そのぶん家でDVDで観るってことも殆んどなく、鑑賞するならできれば映画館、ということになります。
せっかく観るなら、やっぱり迫力が全然違うしね〜。
特に音響とか、決して家では出せないボリュームと立体感です。

と、今回はあまりに両方ともいい映画だったので、ついつい書き始めてしましました。
最初は「インサイドヘッド」だけ観る予定だったのが、
とても気持ちよく洗練された作品だったので、疲れがほとんどなくスッキリ。
それでレイトショーの「マッドマックス4」に続いたのですが。

もともとピクサー作品は、ご多分にもれず、どれも好き。
ピクサー作品というだけで、とりあえず足を運びます。
「インサイドヘッド」も相変わらず良質で洗練されてました。
特に今回は人の感情をアニメ化すると、どんな風になるのかも興味がありました。
そんな題材がアニメになって興行されること自体、スピリチュアルな世の中になってきたなあ、と感じます。

もちろん個人的にはとても面白かったです。ただ、幼稚園くらいのお子さんが観に来てたから、この子たちにはストーリーの内容的には難しいかな?と思いました。
でも、あのきめ細かい、画面の隅々まで徹底して創られてる世界観は健在。そういう設定の部分では幼い子でも楽しめたのではと。

あと、実は今回ノックアウトされたのが、本編の前にある前座の短編アニメ。
ん〜、タイトルおぼろげだけど「南の島のラブソング」だったかな?
これが私のツボにすっかりハマってしまい。
いきなり最初の5分で号泣ですよ…。
どうやら美しくてシンプルでダイレクトで豪速球にハートに入ってくるものにヨワようです。
いや〜、あれはイイです!今も思い出しただけで、ハートがほんわり柔らかくなります。また観たいなあ。

と、そんな心地よいアニメを観た後は、ちょっと(かなり?)趣向を変えて「マッドマックス4」に。
こちらも気になってました。周りでは「絶対観たほうがいい」「すごい映画だ」「ぜひ映画館で」とかなり興奮的な高評価だったのです。

で。やっぱり凄い映画でした!
ハイクオリティな映画を観れた!という満足感に充たされました。
圧倒的な迫力、隅から隅まで徹底してマニアの粋を集めたような世界観。
ユルいところや詰めの甘さはどこにもなく(けっこうTVドラマの延長のようなユルい映画も多いですからね〜)。
映画館で観るのに最適の、素晴らしい迫力満点の作品でした。
「マッドマックス」の内容を語るほど馬鹿らしいことはないので説明はしませんが、
ハイクオリティとは何か、を知りたい時にはぜひ観てね。
叶うことなら、映画館での体験をオススメします!

映像を観るのが苦手な私は、必然、映像に対するストライクゾーンが狭いのですが、
「マッドマックス4」も「インサイドヘッド」もきっちりストライクとってきました。
しかも勢いよく。
良質なものを体験すると、エネルギーが湧いてきます。
ユルい映画とか観ると、一気に脱力するのに、今回は2本観れちゃってるのがその証拠。
「こうして日々、たくさんの良質なものと触れ合いたいものだなあ」などど思う、映画三昧の夕べでした。
本棚紹介*「寝ながら学べる構造主義」内田 樹(文春新書)
最近、また内田さんの著作にハマっている。
内容というよりは、その言い回しとか、文体とか、言葉のあり方が、ちょうど心地よくツボなタイミングなのだろう。次々と文庫や新書を見つけた順に片っぱしから読みあさっている。

この本も、その勢いの中で入手した1冊。
でもこれ、今までのわりと軽めのエッセー類とはちょっぴり違う。
「あれ、何これ?構造主義って?」と、入手してから内容を認識(著作者のチェックだけで漁ってるとこうなりがち)。

どうやら哲学の本らしい。
でも私、哲学ってさっぱりわかんない。あんまり興味もない。

内田さんの文章の風味を味わうこと自体にハマってるだけなので、そんな浅い読者にとって、これはちょっと難しいかなあ…と一瞬躊躇しました。

まあでもせっかくの機会だし、とりあえず読んどくか。
と、勢いで読みました。

ら。思っていた以上にわかりやすい内容で興味深かった。
面白いじゃん、構造主義。
さすが内田さん、タイトルどおり「寝ながら」学べました。
私みたいな、常識の範囲でさっくりと、大事なエッセンスだけを知りたい人にはピッタリの入門書でした。

いろんな本を読んでると、文脈の中で知らない名前が登場することがある。
この本に出てくる人だと、ラカンだとかレヴィ=ストロースとかソシュールとか。
そういうとき、私はそれがどんな人か知らないので、
「まあ、そういう人がいるってことね」と、”仮にX”として読みとばしてしまうのがお約束だ。調べるようなことはほとんどしない。

それはそれで、知らない部分を飛ばし読みするのは、ある種の技術でもあるけれど、そういう部分がいっぱいだと(=知識がなさすぎると)Xが多すぎて、もどかしく読後の爽快感も不足気味に。
だからやっぱり知識が増えて、今までわからなかったことがわかるようになるのは心地いい。
でも、知るためにはそれなりのエネルギーがいる。
その点この本は、わかりやすく書かれていてエネルギーもそんなに必要とせずに楽しく読めました。

これからは、何かの折に構造主義に関する人物や単語が登場しても、ざっくり理解している私になれたのはありがたい。この一冊を読んだだけなのに。

こういう良質の入門書…シロウトがある分野の世界を知りたいとき、どこを欲しているのか理解している本は、内容は難しくても、なぜか分かりやすくて面白いのだと知りました。

マルクス、フロイト、ニーチェ、ソシュール、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカン。このへんを極めてざっくり、どんなことを言ってるのか知りたかったら面白いと思います。

個人的には、レヴィ=ストロースとラカンにびっくりした。

自分の中で、昔からもやもやと、何となく疑問に思っていた”何か”(それが何かをさえわかってないもの)、言葉にならなかったことを、すでに言葉にしていた人たちがいたのだと。

でも、もし彼らの著作や専門書をダイレクトに読んだとしても、そのことがわからないと思う。私の知識の範囲が乏しいから。
専門的なことって、それまでにしっかりと積み上げていった人じゃないとわからない場合が多い。
それを、ちゃんと普通の人がわかる日本語で説明してくれた内田さんの力は大きいと思う。
彼の文章は頭に働きかけるのではなく、身体やハートに届くので、すごーく伝わりやすいのだ。

読後、レヴィ=ストロースの「野生の思考」とか読みたい気分になったけど、それは衝動的なもので、私の理解度では、読んでもよくわからないと思う。
ロジックでせめる文脈や難しい単語とか苦手な私は、きっと原書を読んでも退屈する気がする。

たぶん、私が今の時点で欲しい構造主義のエッセンスは、内田さんがピックアップしてくれた範囲で十分なのだ。

世界にはたくさんの事象があって、すべてを知識的に深く理解するのは不可能だと思う。きりがない。
としたら、こんな風に、その人が研究し学んできたエッセンスをわかりやすくシェアしてくれる本があるのは素晴らしい。
知的刺激を適度に満足させてくれ、気軽に楽しめる良書でした。
本棚紹介*「新訂版 まど・みちお全詩集」まど・みちお(理論社)
私は、まど・みちおさんに出会うまで、詩のよさがよくわからなかった。

学生の頃「もしや”詩のわかる人間”ってカッコイイかもしれない!」とか思って(笑)、ちょっとかじってみた事はある。

でも何というか、頭で理解しようとしてた気が。
今思えば「これは面白い、これは面白くない」と頭で判断してたので、どうもコツンとこない。
なので、しばらくいじくった後「興味のないジャンル」としてお蔵入りしてました。

それからずいぶんたって、30代か。
これまた大好きな、心理学の河合隼雄先生が、まど・みちおさんの大ファンであることを知り。
なんか、自分が好きなヒトの好きなモノって体験したくなりませんか?

それで、まど・みちおさんが気になり始めたタイミングで、たまたま古本屋で代表作を集めた本を100円コーナーで発見して。
その帰り道、カフェで気軽に読み始めて、ガガーン!と大衝撃を受けたのでした。

「あっ、詩って”ここ”なんだ!」と。頭を超えた理解がきました。
まさに頭を超えて、ハートで味わうものなんだ。と。

まどさんの詩は、頭に入ってこない。ハートにダイレクトに届きます。
だから、頭ではよくわからない詩もいっぱいある。
でもハートはとても嬉しくなる。あったかいものがこみ上げてくる。
音読したときのまろやかさも心地いい。

昔好きだった童謡が「え?これもまどさんの作詞だったの?」というケースも多く。
というか、そもそも私が今まで「こういうテイストが童謡」と思ってたそのテイストは、実は童謡ではなく、まどさんのテイストな気がしてきました。

いのちの喜びと不思議とあったかさと優しさを、ハートにダイレクトに届けてくれるまどさんの詩は、とても新鮮で衝撃的でした。
ハートが求めていたものを、たっぷり注いでもらった感じ。

それ以来、機会があるたび、まどさんの詩集をちょこちょこ入手してました。
そして、ようやく本題。
その中でも一番の大物が、この「まど・みちお全詩集」です。

700頁を超える辞書のような本の中に、発行時点までの詩が詰め込んであるという。
もちろん私、700頁も読んでませんよ。

でも、ふと呼ばれたときに、何となくその日の気分でパッとめくったページを読んだりします。
どこを読んでも、まどさんワールド全開。
気分で何ページか読んで、ハートが満たされては本棚にしまう…そんな頼もしい宝物本なのです。

まどさんが肉体を離れたので、またどこかのタイミングで全詩集が出ると思います。きっと買います。
そして、生前のまどさんが監修されたであろうこの本と一緒に、大切な宝物として本棚に並べたいと思います。

「ゼロ・グラビティ」を見て。あるいは3Dトラウマ脱出の件。
「ゼロ・グラビティ」という映画を観てきました。
ハリウッド映画を3Dでシネコンで観る、というシチュエーション自体が久しぶり。
なぜなら私、3Dにトラウマ(笑)があるのです。

思い起こせば数年前。
「アバター」を観た時がやはり3Dでした。
でも、慣れないためか画面の動きが激しかったのか(動態視力かなり弱いです)、途中で船酔い状態になり。
3Dならではの楽しそうな映像が展開される前に倒れ伏してしまったのでした。
(あとでDVD観たところ、かなり最初の頃からダウンしてたみたい)
以来、3Dには距離を置いてたのです。

が、今回の映画は宇宙空間を漂うようなストーリーらしいと。
どうも話を聞くかぎり、映画館の大画面で3Dで観ないともったいない感じがします。

…漂ってみたい。

それでとうとう勇を鼓舞して、体験してみよう!ということに。

人生のトラウマを乗り越える日って、ふとしたタイミングで訪れるものなんですね、なんて。

3Dガラパゴス状態なので、3Dメガネが買い取りだったのもビックリ。
今後、家に3Dメガネを保管する人生になるなんて、想像もしてませんでした。

映画っていうか3Dの話ですね、これじゃあ。

作品自体も面白かったです☆
まるで宇宙空間にいるような感じで観てました。
また背景の地球がとてつもなく美しく。
長回し、っていうんですか?
カットが少なくて、物語というよりは体験を楽しめて。

ほんらい刺激少なめの映画が好きな私としては、もうちょっと地球をバックにのんびり宇宙を漂っていたい気もしたけど(リピートしますが動態視力弱いんです)、そこはハリウッド映画、メントールたっぷりの目薬のように刺激満載。
でも、久しぶりのハラハラドキドキも新鮮で悪くなかったです。

ネタバレになるかもなので詳しくは書きませんが、宇宙の体感と同時に、地球のありがたさというか、自分はやっぱりこんなに大地に根付いてる、生きてる存在なんだなあ、としみじみ体で感じさせてもらえた映画でした。

もともとは、単に宇宙空間を漂いたくて観たはすが、
なんだか、生きてる実感を新しい方向から伝えてもらったような。

夢中になって作品の世界を体験するうちに、あっという間に時が過ぎ。
おかげさまで船酔い状態にもならず、3Dを快適に楽しめました〜。
よかったよかった、トラウマ卒業。

いろんな意味で充実した時間でした。
これから、こういう興味深い「体験」を楽しめる映画がたくさん出てくるといいなあ。
もう3Dも大丈夫だしねっ(笑)。

「地下音楽♥現場物語」
…というドキュメンタリー映画を、ゴトウイズミさんがつくった。
イズミさんは、知る人ぞ知る「音楽喫茶ヲルガン座」のオーナーであり、ミュージシャンでもある。

さらにはイベントのオーガナイザーであり、ライターであり、ラジオのパーソナリティやってみたり、この前は演劇の脚本を書いて上演してました。
そして今度は映画の製作。監督、撮影、編集まで手がけたそう。

しかも、そんなことをやりつつ、新しいカフェ「十日市アパート」も先日立ち上げてみたり。
いったいどこまで行くんだ、この人は。
と、何か起こすたびに毎回びっくりしています。

イズミさんにはいつもお世話になってます。
まだ東京に住んでいて、でも広島への移住が決まり、店舗探しでこっちにきていた頃に出会いました。

まだ広島は完全アウェー状態の開店前。
右も左もわからない中、噂では保守的ときいていたこの街で、占猫は果たして成立するのか?という懸念はもちろんありました。
だって、下北沢でもかなり「アヤシイ店」と思われていたから。

そんな時、私好みの素敵にアヤシイ、ヲルガン座の空間に出会い。
音楽関係だけでなく、いろんなカルチャーの人達が集まっているのをみて、
「ああ、こんなアヤシイ店が、こんな風に受け入れられている街なら大丈夫!」
と、広島移住への勇気をもらったものでした。

話がそれました。

そう、ヲルガン座は日々いろんなイベントやライブが行われる、広島のサブカルの中心地のような空間なのです(私も時折イベントをやらせていただいてます)。
また、そのハコを十二分に活かすイズミさんの手腕も、毎回すごいな〜と感心しきり。

とまあ、そんな彼女がついに映画まで作り、ただいま横川シネマでレイトロードショーを開催中。
初日には、映画の主演アーティスト・ボギーさんのライブも行われるというので、さっそく観てきました〜。

いやー、予想以上に面白くてビックリしました。
今思えば、観る前は何となく無意識に、知人のつくった映画だから内輪っぽいところで楽しめるのかな〜とか、ばくぜんと予想してたように思います。

けどフタをあけてみたら、誰がつくったとか関係なく、フツーに映画として面白かった。
インディーズ音楽界の現場を作り上げる人達のドキュメンタリーなんだけど、
まず、ドキュメンタリーなのがよかった。

長年そういう世界で実際に現場を作りつづけてきた、手練のイズミさんならではの視点。
その世界を知り尽くしている人が監督するんだから、面白くないわけがない。
編集もよかったな、軽みと切れがあって。

ん〜、映画は細かいディテールを紹介するのは野暮な気がするなあ。

まあでも、何かを作りだしていく人の、イメージを現実にしていく勢いやパワーを感じられて。
「やっぱまずは動かなきゃね!」みたいな元気な気持ちにさせてもらいました。

そうそう、ボギーさんのミニライブもよかったですよ。
主演の人をあらかじめナマで体験することで、よりリアルに映画を楽しめたと思います。

映画は2月7日(金)まで、毎日20:10から上映されるとのこと。
インディーズに興味のある方や、何かを作り出す、ということについて興味のある方には面白いのではないかと思います。

私は面白かったで〜す☆

ついに「字統」入手!

広島の中心街に「金正堂」という老舗の本屋さんがある。
風の噂で、どうやら閉店してしまうらしい、と聞いた。
私は学生時代に広島に住んでいて、当時、高校がその近くにあったこともあり、
よくこの本屋さんに入り浸っていたものだった。

もちろん、ずっと広島で暮らしている本好きの方ほどではないと思うけれど、
その噂を聞いたとき、何だか不思議に感傷的な気分を味わった。
学生時代によく行ってた場所というのは、そういうものなのかも。

かといって、昨年広島に戻って以来、金正堂には一度も足を運んでなかった。
広島にも都市型の大型書店が誕生していて、たまに中心街に出かけたときには、
そこと古本屋さんをチェックするだけで、だいたいまかなえるものだから。
あとは東京に行ったときに補填。

…という感じの広島での本屋ライフを送ってました。
なので金正堂は、全然ノーチェックだったのでした。

そして、その風の噂。

聞いた途端、店の空気感みたいなものとか思い出すのが、不思議。

で、今日ちょうど街中に出たので、さっそく広島に戻って初めて金正堂を訪れました。

入ってみると、老舗らしい、微妙なレトロ感がすぐに身体を包みこむ。ここちいい。

特に買いたいものがあったわけではないので、何となく棚の間をゆるゆると回遊。
いつ閉店するのかもわからないけど、そんな気配もなく、昔と変わらない感じの空気。
でも、何となく、何か記念に買いたいような気がして。
かといって何が欲しいかもわからず。
欲しくないものは無理矢理に買いたくなく。

で、字統だ。

あの、白川静の字書。

回遊中に、パタっと目が合って
「あ。これを買う日がついにきたのか」と思った。

何年も前から、字統は欲しいと思ってた。

けど、やっぱりあの体格、重量、そしてお値段的にも、
なかなか手出しするには敷居がちょっと高い感じ。
私の中では、何の衝動もない時に淡々と買うモノではないな、というジャンル。
理由はなくていいんだけど、何だかわからないパッションみたいなのを伴った時に買いたい感じがしてました。

たいがいは欲しいことさえ忘れてるんだけど、
たまに駆られる時があって、ブワっと書店の中でとつじょ衝動が走る。
そういう時には辞書コーナーに駆け寄り探すのだけど、
そういう時には何故かその本屋さんでは在庫切れだったり、置いてなかったり。
「お取り寄せしましょうか」と言われるけど、うーん、そこでは欲しくない。

…というポジションにある書物(本、というより書物という名称がよく似合う)だった。
特に必要なものでもないし。そんなわけで欲して以来、何年もご縁がなかった。

それが今日とうとう繋がった。

まさに記念に相応しい。と得心。どこでご縁が繋がったかまで大事に思い出せる書物として。
しかもたまたまお財布も大丈夫で。

やっぱり、モノでも何でも、繋がる時に自然に繋がるものなんだなあとしみじみ。
ついに、家にお招きさせていただきました。

といっても、これは占猫に置いとく予定です。
じっくり読むというより、気が向いた時にパラパラ味わいたいから。
みなさまも、お店に来た時には、どうぞ眺めてお楽しみくださいね〜。

そして金正堂さん、もしも噂どおり閉店されるのであれば(調べればいいんだろうけど、何故かそれさえあやふやなままにしておきたい感じは何だろう)、どうもありがとうございました。あの空気感を思い出せてよかったです。
心より感謝をこめて。

字統、大事にしますね。
ミツバチの羽音と地球の回転
「ミツバチの羽音と地球の回転」というドキュメンタリー映画を横川シネマでみた。
こういうのが、近くでみれる環境はありがたい。

今は新月が間近で、アウトプットよりインプットな気分なので、
本当は、この映画も自分の中でもっとじっくり消化してからこういうのを書きたい感じなのだけど、
とりあえず、今あるものを上手にまとめようとせず表に出してみるのは、ある意味インプットぽい気がして。
たらたらと、何を書くのか眺めてみようと思う。

どんな映画かというと、ざっくりまとめて言っちゃうと、
これから私達はエネルギー問題をどうするの、避けてはとおれないよ。
という映画だと思う。

監督は「六ヶ所村ラプソディー」の鎌仲ひとみさんという方。
私は前作はみていないのだけど、原発問題とがっつり向き合って考えてる方だと思う。
今回のは、上関原発で揺れ動いている、瀬戸内海の祝島周辺の様子と
持続可能な社会を模索して、自然エネルギーへとシフトしようとしているスウェーデンのエネルギー事情をピックアップ。

上関原発については、先日「祝の島」という映画でも、いろいろ考えさせられた。
私自身がこの原発建設計画を知ったのは、ほんの2年くらい前なのだけど
祝島の人たちは、なんと30年近くに渡って、原発反対を唱え続けているのだ。

前から気にはなってたけど、瀬戸内海周辺に住み着いた今となっては、さらにリアルな問題となった。
映画の内容はみてもらうのが早いので説明しないけど、
久しぶりに「怒り」がメラッと腹の奥に立ち上がった(腹って、ほんとに「立つ」ものなのですね)。
こんな瀬戸内海の入口に原発建てたら、瀬戸内海みたいな内海、とんでもないことになるのは目に見えてるだろっ!子どもでもわかるだろっ!
…という。

原発建てても大丈夫!とか言ってる人たちが、いったい何をみてどのへんで言ってるのかさえ見当がつかない。
てことは、きっと原発推進派の人たちも、原発反対を訴える人たちが理解できないんだろうなあ…という想像はできる。

うーん、問題としている対象が違うのか。
たとえば、推進の人たちは、今の電力が賄えないとか経済が安定しないとか「今の安心・安楽」に焦点をあてているのかも。
で、反対の人たちは、たぶん、このままで未来に人類が、てかそもそも地球が生き残れるか?というところに焦点をあてているのではと思う。
電力会社の偉い人とか、自分の孫がどんな人生を送るのかを想像してないのではないか。

以前、友人に「え?原発ってエコなんでしょ。そう言われてるよ」と、言われて愕然とした記憶がある。
マスコミでお仕事してると、大なり小なり何となく感じられるけど、
ほとんどのメディアには電力会社がスポンサーとしてついてるので、原発反対ニュアンスの記事などは、一般的なメディアに載ることはない。企画されない(下手すると推進ぽい記事を書かされる。そこに自分の矛盾を感じて、私は雇われを辞めてフリーのライターになったような気がする。あ、そうなのか)。
そういう状況をそのまま受け止めてエコと思う人もいるのだね。

原発反対の立場の私としては、より未来を人類が充実した形で生きていく方法を模索し創り上げていくには、
結局、個人の想像力と意識の変容が必要なのだと思う。

映画の中で、祝島の反対派の人が、こんな旨のことを言っていた。
「私達が原発建設をやめさせることはできないと思う。でもこうやって、前線で食い止めて、できるかぎり引き伸ばす。その間に人々の意識が変わってくるのを待っている」

すごいよ。

それで30年近く、あのおじちゃんやおばちゃんは前線で食い止めてきた。
そして、おかげさまで、私もやっと建設前に問題の存在をようやく知ることができた。
これからも、どんどん知るひとは増えるのだろう。
そこからきっと変わっていく。世界はどんどん変化している。
昔の原発ありきの発想ではうまくいかない予感を多くの人が感じている。

この映画では、原発以外の自然エネルギーを利用したシステムなどをスウェーデンをモデルに紹介している。
その中で個人的にいいなと思ったのは、一つの電力会社が地域を独占しているのではなく、
エコなエネルギーを扱うエネルギー会社など複数の中から消費者が会社を選べるというもの。
すでにモデルがこの地球上にあるんだから、可能な感じがする。
そういや日本も塩とか電話とか、昔は独占されてたもんね。そして変わったものね。
あと、環境裁判所なんてのもあるんだって。模索してるし、努力してる感じがする。

こうして世界は変化していく。
そしてその流れの中で、それそれが、真に思うことに責任を持ち、できることをすればいいと思う。

としたら私は、現時点では、
今のタロットリーダーのお仕事をさらに本気で楽しみながら命がけでやってくぞ。と着火。

これは言葉で説明すると浅くなってしまうけど、体験しないと伝わりにくいけど、
セッションで魂からのメッセージを届けると、その人に意識の変容がおとずれる場合がけっこうある。
それは私の力では決してなくて、その方のタイミングとかによって、魂が許せばそれはおとずれる。
とりあえず、その方にとって必要な何かがおきてくる。

個人の変容は、世界の平和に繋がる(マザーテレサも言ってました。世界の平和は家庭の平和から)。
たとえば、今の自分に余裕がないから、周りにまで気がまわらない人もいるかもしれない。
どんな形であれ、よりその方の深みにご本人がアクセスした時、そういう人が増えた分だけ、世界には必要なことが起きてくるのでは、と私は思う。
その結果は私の望みとは違うかもしれないけど、それはきっと予定どおり、必要な流れ。

私は、社会、というものはよくわからない。
目に見えない、実態がないものに感じるから。
だから、社会を変えるようなお手伝いはできない。
やはりそれぞれ役割はあって、そこが見える人々が、その「社会」という次元で働きかけていくのだと思う。
私は社会ではなく、個人が変容していくお手伝いをしよう。
全力で。喜び愉しみながら。
そしてもし飽きたら、また違う形でできることをやっていこう。

…ええっ?
今読み返してみました。
こんなこと考えてるの?うーん、びっくり。
でも、どうせいつもセッションは毎回命がけだしね(照)。
それをさらに自ら変容させつつ、深く深くを望んでるのね。びっくり。

それは文章も長くなるなあ。
やっぱアウトプットではなくインプットだったか。
そんな予感はしてたんだけど。
なんだか気恥ずかしい感じもするけど、
思ったことに責任をとろう。
喜びの中で、祝祭の中で命がけでセッションを楽しもう。

そして今日から、そう決めた私と、出会う予定の方が出会う予定の時にちょうどよく逢えるのだと思う。
逢えるその日を、楽しみにしています。

…映画の感想じゃないじゃん(汗)。

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