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ストリップ劇場、初体験。
七夕に、ストリップ劇場に行ってきました。

以前ヲルガン座でストリップショーを観て、その女性性の美しさにガガーン!とヤラれて以来、
ぜひ次は本格的にストリップ劇場へ足を運んでみたい!
と思ってました。
が、いろいろ忙しくしているうちに、そのまま月日は流れて幾歳月…。

そして、なんと。つい最近になって、
広島の第一劇場が8月いっぱいで閉館する。という話をきき。

現在、西日本にはストリップ劇場が3つしかないそうです。
北九州と松山の道後温泉、そして広島。
そのうちの一つ、広島の第一劇場がこの夏でなくなってしまうとは。

これはなんとしても行かねば!と気負ってみたものの…
ん〜、何となく、行きづらい(汗)。
そう、やっぱり女子一人で行くには敷居が高い感じがあります。

想像するだけでも、いったいどんな顔してそこにいればいいのか。
だったらダンナと2人で行く?というのも何だかなあ…。
行きたいけど行けないもどかしさがありました。

と、そんなとき、渡りに船。
ヲルガン座の企画でゴトウイズミさんが、第一劇場ツアーを開催するときいて。
さっそく飛びついたのでした。ダンナと2人で初参加。
参加者は30名以上。やっぱりみんな興味あるよねえ。

まずはヲルガン座に集合して、イズミさんからマナーなどのレクチャーを受けます。
そうそう、そういうのが知りたかった。まったく未知の世界だから。

ざっくり教えてもらったことを意訳して説明すると、
ストリップはもはや伝統芸能の領域だとか。
なので一定のカタチとマナーがあります。

流れとしては、普通だと4人の踊り子さんが出演、一人づつ登場します。
最初は新人さん、あとになるほど大御所が登場。
一人30分くらい、各自が趣向をこらした演出で踊ります。

最初は衣装を身につけて踊って、だんだん露出度が高くなり。
そして決めポーズのときには、しっかり拍手。
もちろん元気のいい曲の時は手拍子を、ムーディなときにはそれなりに。
空気を読んで、舞姫が気持ちよく踊れるように盛り上げます。

そのあとポラロイドの撮影会があって、1枚1000円でこちらの望むポーズで撮らせてもらえます。
その後、もう一度アンコール的に踊ってフィニッシュ。

この流れを1人づつ4人やって、ショーとしてはだいたい2時間くらい。1日4回やるんだったかな?

と、このくらい流れがわかってると、ちょっと安心して個人でも入場できますね(笑)。

そしていざ、第一劇場へ初潜入!

まずはその、昭和レトロな佇まいの劇場そのものにウットリ。
花道があり、真ん中に回る舞台があり。
迷わず、できるだけ舞台の近く、かぶりつきに座ります。
思ってたよりこじんまりしたスペースなので、踊り子さんとの距離はかなり近い感じになりそうで、ワクワク。
もうね、座席の赤いシートが座られすぎて剥がれてる椅子もあって。
剥がれ度が高い椅子は、おそらくよーく見える(笑)人気の椅子なのでは?と予想をつけて座ってみます。

そして、ショーが始まりました。

内容を説明するのは野暮というもの、細かいことはおいといて。
やっぱりすごかった。

これまでに見たことのない世界でした。
昭和の空気ムンムンの伝統芸能。
常連のおじさんたちの掛け声もいいし、
白いスモークが煙たいまでに座席にかかってくるのもまた趣深い。

そしてもちろん、一番すごいのは踊り子さんです。
柔軟な体を駆使して、回る舞台であられもないポーズを決める。
拍手せずにはいられません。
あるがまますべてをさらけだす、という言葉そのままを体現してる。
その「さらけだしっぷり」に、こちらの奥にある、どうでもいいもろもろの常識、がふっとぶ感じがします。

アメノウズメの系譜につながるかな、と思いました。
きっと天の岩戸の前では、こんな感じだったかなあと。

伝統芸能の流れの中でも、お楽しみはポラロイド撮影会タイム。
今まで妖艶に踊っていた舞姫が、一度戻って衣装を着て、ポラロイドや宣伝グッズなどの入ったカゴを持って再登場。
「今日はありがとうございま〜す。ポラロイド撮りたい方いますか〜?」とか明るく笑顔をふりまきながら、ある意味ファンとの交流会。

も〜、この身近な感じがたまりません。

私たちも最初は「いや、でも、ポラ撮ってみたいけど、その写真どうするの」
とか思って、一人目の方のときは遠慮してましたが、だんだん我慢できなくなっちゃって(笑)。お二人目からは毎回撮影。
写真を撮ることより、この時間自体、踊り子さんと最接近できる交流自体が嬉しいんだなあと。
そのツールとして、ポラロイドがあるだけで。

まずは衣装を着たまま撮影したい人が先。そのあとで脱いで撮影、という流れです。
常連さんはもう何枚何枚も撮ってるのでしょう。たいがい衣装を着たままでツーショットとかが多かったです。あんまりがっついてない。

でも私たち素人は、せっかくなら、やっぱり、さらけだした感じで撮影したい。がっついてます(笑)。
ので、毎回脱いでから撮影させていただきました。

ある踊り子さんの撮影の際に「どんなポーズがいいですか?」と問われ、
「じゃあ(ヌードを)ばっちりと(笑)お願いします」と言ったとたん、
「はい!ばっちりですねっ!」と、一瞬の躊躇もなく、体操選手レベルのV字開脚。

うおお〜っと、場内ツアー客どよめき。
観音開きとはよく言いました。思わず拝まずにはいられません。
エロスとか、そういうのとはまた別次元。
なんというか、健やかな感じなのです。うまく言えないけど。
誤解を恐れずいうならば、豊かな肉体をあらわした国宝の土偶をみたときのような感覚にちょっと近かったかも(もちろんボディラインは全然違いますよ!)。

で、撮影しようとポラロイドを構えていたのが、あまりのナチュラルな開脚っぷりに動揺して慌てて撮影してしまうと、
「あら、(ポーズ決め途中で)ちょっと顔がヘンだったかも。大丈夫ですか?」とか気をつかってもらったり(汗)。
その方は20年近く踊ってらっしゃるそう。
てことは、40歳前後?でも、ぜんぜんそんな風にみえない!鍛えあげた美しい肉体。
でも踊りの繊細さ妖艶さは、たしかに2年くらいの新人さんとは違います。
もちろん、新人さんはそのフレッシュさがまた良いわけで。
いろんなキャリアの方がバランスよく出演するのも、どの趣向もオリジナルでカブらないのも、やはりプロの仕事だなあ、と感嘆した次第。

また、別の踊り子さんとはツーショットで撮影。しかしこちらも他所様にはお見せできない露出度です。なかなか、ありえない感じの写真です。
ついつい、いっぱい撮影してしまいました(汗)。
しかし、8月末までにもう一度来れるかどうか、その保証はありません。
最初で最後かもしれない第一劇場での記念だしね。

お客さんも若い人はあんまりいないのだと思う。
ツアーで30人以上が来てるのをみて、踊り子さんみんな驚いてらしたから。

私たちは、なくなってしまう、と聞くまで行かないことが多い。
私も今になって、もったいない、ずっと続いてほしい、と思うけど、いままで行ってない奴がいう資格はない。
興味があることは、先延ばしせず体験。いいと感じることに、ささやかながら一票いれる行動をするのは大事だなあとあらためて思いました。

ほんと、しかし、すごい。何と言ってもナマですよ。
しかも目の前数メートルに。観音開きで。
AVとかと違って生粋のショーですし。
プロの踊り子さんだから、場の空気も読んで、エネルギーの交換がおきているのが感じられるし。

こんなすごいものが、広島からなくなるのは本当に残念です。

8月末までやってるので、興味のある人はぜひどうぞ。
踊り子さんは、だいたい10日おきに交代するみたい。
個人では行きにくい人は、次回もう一度8月にヲルガン座でツアーをするそうですよ。

終演後はぽーっとした心地の中、夜の繁華街の濃厚で雑多な空気をまといつつ、家路につきました。

とてもエネルギッシュな、人間の原初的な女性性のエネルギー、アメノウズメの頃から変わらない湧き上がるエネルギーを感じられて、とても満ちてきて、そして何かが解き放たれた感覚のある、不思議な時間でした。
極めたくなる。
この前フィギュアスケートの世界選手権があって、久しぶりに羽生選手の演技を観ることができました。
ショートプログラムのほうしか観てませんが、やっぱりすごかったです。
鬼気迫る気配と美しさと…。
最後の獅子吼も響きました。
素晴らしいパフォーマンスは、観ている人にも影響を及ぼします。
私も今回、普段は味わったことのない感覚を感じました。

なんだか無性に、極めたい。

いったい何を極めたいのかさえわからないけど(笑)、その「極めたい」という感覚自体が私に新鮮です。味わったことのない不思議な感覚。

もともと怠け者なので、極めるとか、上を目指すとか、何かを発展させることにあんまり興味を持ってないほうなのですが(というか、興味を持ってなかったことさえ今回気づきました。考えたことがなかった)。
神がかったパフォーマンスには、そんな怠け者にもこっそり備わっていた「極めたい」というフィーリングを引き出す力があるみたい。

しかもこの感覚、けっこう心地いい。
何かを極めようとする人は、
この気持ちをモチベーションにして、さらなる高みを目指していくのかな。

と。そんなわけで、何かを極めてみたくなっちゃった(笑)。
てか、極めることを意識してどこかへ向かってみたくなったというか。

でも、どうやるのかな。
頭で考えてもわかんない。

そもそも、私にとって極めるって何?

そうそう、こういうときこそタロットの出番。

タロットは歯に衣きせないで、本人の内奥では既に知っていること、思っていること、聴く準備ができていること等を伝えてくれる友達みたいな存在です。
しかもどんな質問であれ、必ずなんらかの答えが返ってくるという頼もしい奴でもあります。

お応え。
私は、私のままでくつろいで「そこにいる」ことを極めていきたい。
ありのままの自分と世界のつながりにくつろいでいること。
そうすることで、生きている喜びと感謝を受け取ることも極めていくのだよ、と。

なるほど〜。そう言われてみればそんなこと考えてる気もする(笑)。
ナットクだけど、予想してたより壮大な話。
じゃあ今、そのために何をしよう?

んーと、つまり何をしててもいいんだよね。
何をしてても「ありのままでいる」ことを極めるんだから。

じゃあ、いろいろ新しい経験をいっぱいして、たくさんのことを感じていよう。
好きな感じも、苦手な感じも。
今まで感じたことのない感覚も(例えばこの「極めたい」みたいにね)。
そして、どんな感じでいても、そこにいて、ありのままでいよう。
自分の「ありのままそこにいる」(あ、言葉としてはこれだ!)の体験を拡げていこう。

おお、なんだか「ありのままそこにいる」を極めていく、という意識を持って日常を過ごせば、それ自体が新しい経験になる気がしてきました!
日々精進したいと思いまーす。

羽生くん、どうもありがとう!
おかげでテンションあがりました〜!
とうろう流し、初体験。
DSCF1599.jpg
ついに今回のハチロク、とうろう流しも初めて体験できました。
もちろん、橋の上や川のほとりから、無数のとうろうが流れるのを見送ることは今までにもありました。
でも仕事が終わってから夜遅く行くので、いつも受付が終了していて。自分で流したことはないのです。

慰霊碑参拝の後、あまりの暑さに、夕方のとうろう流しまでうちの店で休憩しようということになり。
その昼下がりの戻り道、平和公園内の川べりでは、すでにとうろう流しの受付をしていました。

「あれ、もう灯籠を流してもいいんですか?」
「いえ、今は受付だけです。開始は18時ですが、人が多くなるので今のうちに願いごとやメッセージを書いておくとスムーズに流せますよ」とのこと。

その時点では、たしかに人も少なくて。
じゃあせっかくだから、と受付しました。
まず灯籠代を支払って、色が何種類もある中から和紙を選びます。
白、緑、ピンク、青、黄、赤…。
迷っていると「白は折り鶴から作られた再生紙なんですよ」と聞いて、白に決定。
そしてテント下に設置されたテーブルでメッセージを書きます。

和紙はあらかじめ灯籠にセットしやすいよう筒状になっていて、
メッセージやイラストを好きに書きます。
その和紙を自分たちで預かって、あとは18時以降にとうろう流しの川べりに赴くだけです。

で、夕方に出かけてみました。
もうビックリ!
ものっっっすごい行列でした。
慰霊碑参拝もすごかったけど、とうろう流しもディズニーランドの最新アトラクション以上の行列です。
いつも橋の上から見ていた灯籠たちは、こんなにたくさんの人が流していたんだな〜としみじみ実感。

そして昼のうちに受付済ませておいてよかった〜とも、しみじみ。
すでに和紙を持った人は、そのまま川べりで灯籠に和紙をセットして、流していきます。
たくさんのボランティアの人たちが、ロウソクに火をつけたり、質問に答えたりフォローしてくれるので安心です。

とうろう持って、たくさんの人たちと同じ目的で川べりに立っていると、
なんだかインド・バラナシのガンジス河のガートにいるような気分になってきました。
聖なる河、ガンジス河にはインド中から巡礼者や観光客が集まって、朝早くからたくさんの人が川のほとりのガート(石段。雁木みたいな感じ)で沐浴するのです。

その真剣な祈りの気持ちが、似た感じなのかなあ。
雰囲気は全然違うんはずなんですけどね。

そっと川に灯籠を送り出す。
しばらくしたら、たくさんの灯籠の一部となって、もうどこに自分が送り出したものがあるのかわからない。
大きな流れの一部になって、みんなの思いとともに流れていく。

橋の上や川の両岸は、ものすごくたくさんの人が見物している。
ゆらゆら川や人を眺めているうちに、空も夜に向かってどんどん暗くなって、
どんどんロウソクの灯りが際立ってくる。
ちらちらと和紙の奥で、炎が揺れているのが美しい。
ちょっと別の世界に飛ばされてる。

こんなにたくさんの平和への想いがここにある。
ほんと、慰霊碑の前で届いたメッセージどおり、きっと問題は起きてないのだ。
灯籠に託した気持ちを大切にすれば、日常の些細な行動さえ、それは平和に向けた創造になっていくのだろう。

そんなことを頭の隅で感じながら、
すっかり暗くなるまで、とうろう流しの静かな時間を過ごしたのでした。




日本に唯一現存する、幻の石風呂を体験!
ついに、以前から噂に聞いていた、幻の石風呂を体験してきました。
それが竹原にある「石風呂温泉  岩乃屋」さん。

いったいどのへんが幻かというと。
友人に聞いた話やネット情報を合わせて説明してみます。

いちおう「温泉」となってますが、石風呂とは蒸し風呂の一種。
石に囲まれた空間で火を焚いて熱した上、海水で濡らした海藻やムシロなどを敷きつめて蒸気を出すそうです。
サウナとか岩盤浴の元祖的なイメージでしょうか。
主に瀬戸内海沿岸に広まった風呂文化だとか。
それが時代の流れとともに、利用者が減少したり、維持が大変だったりで、どんどん減ってしまい。
今や通常営業を続けているのは、国内で唯一、岩乃屋だけなのだそう。

しかも「70歳を過ぎたおじさんが一人でやってて、あと2〜3年で辞めるって言ってるよ」とも聞いていて。
さらに、行ったことのある人はみんな「絶対一度は行っといたほうがいいよ!」と口を揃えるし。
そんなこんなで、かなり気になっていたところ、ついに機会が訪れたわけです。

折しもその日は、春本番到来!という感じの暖かい一日。
竹原の海沿いの道を、ドライブがてら岩乃屋に向かいます。

私も何度友人から説明を聞いてもイメージできなかったので、書いてもピンとこないかもしれませんが、せっかくなのでリポートしてみるね。

入浴料を払った母屋から、海沿いの屋根もない崖っぷちの小道をつたって石風呂に向かいます(おそらく100m以上あるかも)。
目の前が海…というより、海に突き出した風光明媚なその場所の突き当たりに、
岩をくりぬいたような(あるいはもともと洞窟だったのか)空間がつくられて。
そこに石風呂とムシロの敷かれた休憩室がありました。

皆さん、石風呂で蒸されては休憩室でダラダラ休み、蒸されては…を繰り返して半日くらいのんびりしていくみたいです。
飲食物も持ち込みOKです。お風呂にはドリンクの自販機が一つしかありません。

石風呂は男女共用なので、まずは更衣室で持参した石風呂用の服装に着替えます(この更衣室もコンクリートむき出しで昭和な気配ムンムン)。
女性は水着にTシャツ短パンなどを重ねる人が多いようです。
私は短いタイパンツとタンクトップに着替えました。

そしてさっそく石風呂にトライ。
お風呂は「ぬるい方」と「あつい方」(と扉に紙が貼ってあります)の2種あって、あついのが苦手な私は迷わずぬるい方へ。

熱気を逃がさないため、茶室のような小さい入口から腰をかがめて入ります。
中は、入口近くにある豆電球一つ灯されたきりで、ほとんど真っ暗な煤けた洞窟(天井はわりと高めです)。
岩のゴツゴツした床に、びっしりと海藻を敷きつめてあって(おそらくその下にはムシロも。暗くて見えないけど)、これが不思議とフカフカして心地よく。
ん〜、はっきり覚えてないけど、6〜8畳くらいの広さはあったかな。
人が多いときは座らないとだけど、少ないときは海藻のうえに大の字になって寝転ぶと気持ちいい。
あついの苦手でも、下のほうはあんまり熱くないので、寝転ぶと呼吸がラクで長く滞在することができました。
座ると胸から上あたりがムワッときます。
空気をかき混ぜるための団扇がわりの板みたいなのも置いてあったし、
座ったり寝たりで、ちょっとした温度調節はセルフで可能です。

汗びっしょりかいて、ガマンの限界で外に出ます。
隣接された水場で水や潮湯を浴びることもできるけど、
ちょっと寒い今の時期、何度も入るんだったら、汗をささっと拭き取って、
目の前の海辺に出て、潮風にあたって湯気の立つ身体を涼めて乾かすのが心地よかったです。
その後、休憩室で持ち込みの水など飲みながらムシロでゴロゴロ。

ちなみに、この休憩室も何ともワイルド。
岩をくりぬいたような岩盤むきだしの空間に、ただムシロが敷いてあるだけです。
ここは本当に日本なのか?と、一瞬疑います。
何だか、昔アジアの国に訪れた時のようなデジャヴ感があります。
インドの山奥、ヒマラヤの寺院にある温泉に入る時もこんな気分だったような…。

この休憩室で、みんなゴロゴロしたりおしゃべりしたり、食事したり。
どうやら気配的には、常連さんが多いみたい。
石風呂と休憩室を行き来しているうちに、石風呂に隣接したストーブで焼き物をしていた常連さん達から焼きトウモロコシを頂いたりして。
ホイルに包んであって美味しく焼けていて、かなりの手馴れた感があります。

来たことのある人に「ずっとゆっくり居たくなるから、早目から行くといいよ」
とは言われてました。
でも当初、話を聞く限り(…というか来てみても実際に)、岩場にムシロとか、今どきとは思えないワイルドな設備だし、あんまり居心地が良いイメージではなかったのです。
それがなぜか、居心地が良くて長居してしまう不思議。

私にとっての魅力は、やっぱり石風呂に敷きつめた海藻と、
目の前の海を見ながら、火照った身体に潮風をまとえることでしょうか。

聞くところによると、岩乃屋のおじさんが、毎日海藻を採りに船を出すのだそうです。毎日、ですよ。
石風呂で寝転ぶと、その海藻の薫りや潮の薫りが甘く爽やかで。
何度も入っているうちに、自分の身体からその薫りがしてくるような。
そして気づくと、さらさらすべすべの肌になってるのです。不思議。

そして少し慣れてから「あつい方」にも入りましたが、初心者には低温ヤケドしそうな熱さ。
2〜3分で降参しましたが、アメリカのネイティヴのスウェットロッジとかこんな感じなのかと思ったり。

火と水と岩(土)と蒸気(風)という、4つの元素が全部そろったお風呂って、今の日本に現存しているのが奇跡のように感じます。
なんといっても全部オーガニックですからね〜。たぶんそれが凄いのだと思う。
全てがナチュラルな環境で、身体も自然体になって、防御がはずれる感じ。
何度も入るうちに汗の出方も変わってきたりして。
石風呂で少し瞑想して、汗が肌に浮き出る瞬間を感じ取ってみたり。
いつのまにか、身体のあり方に敏感になってきていたりね。

普通のサウナとか岩盤浴にはあんまり魅力を感じなかったけど、ここは本当に心地良くて豊かな気持ちになります。
身体は人工と天然の違いをちゃんと感じてる。喜んでる。身体はホンモノが大好き。

そして、しぶしぶ帰る時間がきたら、女子は更衣室に温水の出るシャワーがあるので、汗を流して着替えます(男子は水シャワーだったみたいですが、この日だけ?)。

結局、6〜7回は出たり入ったりを繰り返して、おかげさまで身体をきっちりデトックスした感じです。
余分なものが抜けて、身体の中に自分がしっくりと収まったような。
気づいてなかったけど、普段は余分な何かがいろいろ体内にあって、実はしっくり収まってなかったんだな〜、と。
なんというか、例えば、砂がいっぱい入った靴をそのまま履いていたような感じだったかも。
その砂をきれいにデトックスして足の居心地がよくなった…みたいな、そんな感じ。

ちなみに翌日は、お肌がしっとりつやつやしてました。
この時期は、だいたい厳しい冬を越した後、乾燥ぎみなのですが。
あれだけ水分を搾りきったのに、なぜか前よりしっとりしてるという。
石風呂の魔法でしょうか。

いや〜、本当に堪能しました。また機会をみつけて行くつもりです。
私もこれからは石風呂経験者の仲間入り。
「絶対一度は行ったほうがいいよ」と、言いふらすことになりそうです。
「パンダモ」にてアンティークビーズに開眼! 〜道後温泉 番外編〜
さて。そんなわけで「パンダモ」の話。
(「猫に導かれて〜道後温泉 その4〜」参照)。

道後温泉駅前にある「パンダモ」は、主にはアンティークビーズ(いわゆるとんぼ玉)を専門に取り扱うアンティークショップ。

猫に導かれて、何の店かも意識せず何気なく入ってみたら、そこはモロ私好みの不思議魔法空間でした。
エキゾチックな空気と、さまざまな色合いのエネルギーを持つアンティーク雑貨の数々。

とんぼ玉専門店だけあって、陳列品はアクセサリー類が多い感じ。
綺麗なもの・見たことないものがいっぱいで、博物館のように目移りしてしまう。
なんせクレオパトラの時代や、ローマ時代のビーズまで並んでるんだもん。

今回対応してくださったのは女性の店主。旦那さまとお二人で始めた店だとか。

自分たちで世界に直接買い付けに行って(旦那さまは買い付け旅行中でした)、そのビーズで自分たちでオリジナルアクセサリーを作ったり。
全部ご自分たちを通して扱っているのが好感です。
もともとはお二人ともバックパッカーだったそうなので、私たちと似た感じの価値観がしっくりきてお話が盛り上がったのかもしれません。

ビーズのこと知らないので、いろいろ質問したら丁寧に歴史などを説明してくださいます。
本当に”そのこと”を愛している人の話には、喜びがまぶしてある。
彼女が感じているビーズの素晴らしさ、喜びとか美しさとか深みが、そのまま伝わってきます。

おかげで私は、一気にアンティークビーズの魅力に開眼してしまいました。

これまでもアンティークに興味がなかったわけではないけれど。
アンティークって真贋の問題もあるだろうし、いろんな時代のいろんな人のエネルギーを伴ってくるからデリケートな感じがして、扱いにくいイメージでした。

だからこそ、仲介する人への信頼や相性が大事になってくるかなあと。
アンティークはモノよりもまずはヒト。と思ってました。

としたときに、今まではそこまで相性の合う人と出会ってなかったのでしょう。
品物だけ陳列して、伝聞や二次情報で売る店とかもあるし。
そんなのだと手元に置く気になれません。
でも今回は「このくらい喜びのある人が見つけてきたモノたちなら、きっと私にも喜びだろうな」としっくりきたのです。

お店のニャンコやワンコと遊びながら、気になるアクセサリーやビーズをゆっくり眺めて、手にとってみる。
一つ一つに物語があって、歴史や由来などをお話してくれる。
すると彼女の言葉によって、知識というより、私が一番伝えてほしい”エネルギーの情報”がそのまま届く。
彼女も本気なのだ。
「私たちも責任があるんです。これらのビーズをどなたにお譲りするのか。長い歴史を持つビーズたちを受け継いでもらうわけですから」

そう、アンティークビーズには歴史と物語がある。
そこに伴うエネルギーは歴史上に生きていた人々のものだ。
人から人へと受け継がれてきた、想いと時間と文化と歴史と…それらが渾然一体となり、深い滋味を含んだものとなって。

その物語の果て、”時”の一番最先端である現在、こうして私が手にとっている。
長い長い時間そのものが、体のなかに滔々と流れ込んでくるような。

…という運命の不思議さ、時間の悠久さにクラクラしながら、そしてキラキラ輝きと喜びを感じながら、私のもとにいくつかのアクセサリーを引き取りました。

私が歴史を受け継ぐことにしたビーズたち。
もちろん、自分にしっくりくるものばかりをチョイスしたので、嬉しくて仕方ありません。
うちに来てくれてすごーく嬉しいので、折をみて、そのアクセたちを紹介しますね〜。
店主に伝えてもらったことを忘れないための記録としてもね。
平吉。
初詣の厳島神社にて、久しぶりのおみくじを引きました。

それで出てきたのが、平吉。

私、初めてです、平吉。

人生初の「新種の吉」を目の前にして、ちょっとコーフンしました。

そもそも読み方は「へいきち」でしょうか「ひらきち」でしょうか。
また、この新種をどう捉えていいのか?と不思議な刺激が身体をめぐります。

左脳的には、
「ランク的には吉とか末吉とか、あのあたりかな?」などと
上下関係や位置関係を頑張って憶測しようと、虚しい考察を続けてるし、
右脳的には、
フィーリングで、ふんふん、と何となく捉えてる感じもあるし。
感覚でいうと、平吉はまさに平らかで穏やかで。中庸中の中庸って感じかな。
「ピュアに平凡」みたいな。

まあ吉の質の臆測はともかく、
そのおみくじに書いてある文章自体が、今の自分にピッタリ。
この平吉は、満を持して、出るべくして出てくれたんだ〜とナットクしました。
ふと呼ばれて引いてみたんだけど、やっぱりそういうときは何か必要なメッセージが届くんですね。

ところで、今までこの話をした人の中では「平吉」を引いたことのある方はいないのですが…。
実はかなりレアなのかもしれません(笑)。

草木染め初挑戦!
夏休み、3泊4日の音楽イベントに参加したとき、いろんなお店が出店されてました。
そのなかで最初から気になってたのが、草木染めワークショップのお店。

オーガニックコットンのTシャツや、麻や竹などの自然素材のストールなどで草木染め体験させてくれるのです。

草木染め、前々から「一度はやってみたいこと」の一つなのだけど、なかなか機会がありませんでした。
それが、こんなイベント中に体験できるとは!

しかも街中のワークショップとかだと、藍染めでも本物の育てた藍ではないものを使ったりする場合もあるそうです。
でもこちらでは森の中の店らしく、ダイナミックにドラム缶に赤・黄・青と三種類の染料が用意してあって。
どれも本物の植物染料です。

青は藍、赤はインド茜、黄は…何だったかな〜。
一般的にはウコンらしいけど、こちらでは別の何かを使ってらしたようです。
私が今回黄色を使わなかったので、忘れちゃいました。

お客さんは自分なりのアイデアで、自由に3色をお好みで組み合わせたり、絞りをいれたりしてオリジナルの一点ものを創るわけです。

イベントの臨時の出店にしては大掛かりで、多様性があって、体験する側としてはありがたいかぎりです。

私は柔らかい竹素材のストールをインド茜で染めてみました。

さっきインド茜は赤、と言ったけど、ドラム缶内の色は紅いものの、
実際に染めてみると、ピンクオレンジ。私が大大大好きな色!

お店の方が「この色は、赤ちゃんが胎内で見ていると言われてる色なんですよ」と教えてくださいました。

大好きな色だったので、単色で染めることに。
そこにちょっとだけ、絞りで模様を入れてみました。
一番カンタンな、輪っかっぽい模様になる絞りにチャレンジ。

まずは全体をさっくり、下地の色として薄いピンクに染めておきます。
これも好み。絞りの模様が真っ白がいい人は下地も染めません。

その後、イメージしている絞り模様の直径分くらいを適当にキュッとつまんで、輪ゴムで固くしばります。
つまみ方が小さいと小さい模様、大きいと大きい模様が浮かびます。

私は大きめにざっくりと3点絞ってみました。
絞った部分は、染料に漬けても染まらないわけです。
その絞った状態のまま、再度ドラム缶の中にドプン。

漬け込む時間によって色の濃さも変ってくるから、染料から引き上げるタイミングも直感とお好みで。
そして染めあがったら、もう完成。
シンプルな絞りにしたのもあって、始めてから完成まで、1時間もかからなかったように思う。

その後、ドキドキお楽しみの輪ゴムをはずして、模様の出来ぐあいを確認。
縛る方法や強さによっても模様は全然違ってくるので、出来上がりが予測できないのも染め物の醍醐味だとか。

私の模様も、輪っかのイメージだったのが、なぜか四角くなっていて。
まあでもこれもいい感じ。と、自画自賛。

出来上がった作品を山の水で洗って、干してヒラヒラと風にはためく様をみて、またまたウットリ。
色が理想どおりで、まるで天の羽衣だわ〜と、さらに自画自賛。

優しい竹素材にナチュラルな大好き色の草木染め。しかも自分で創ったなんて。

つくった当初はまだストールという気分ではなかったので、窓際にかけて風に舞うのを見て楽しむだけでしたが、
最近はいっぱい、フル活用中です。

ふわっと優しい心地よさに包まれて、ほっこりいい気持ち。
そして山の楽しさも思い出せて。
今回の夏休み一番のすてきなお土産になりました。


厳島観月能を満喫しました。

生まれて初めて、能をナマで観てきました。

正直、能ってよくわからない芸能だった。
TVでちょこっと見たくらい?
なので、どんなものかもよくわからない。
わからない…というか、感覚的にも掴みどころがない感じがする。
本物を観ればまた違うだろうけど、掴みどころがないと思ってる奴が持ってる程度の興味では、積極的に観る気になれませんでした。

が。厳島観月能は別。

ずっと前にTVで紹介されたドキュメントを見て以来、
「ぜひぜひ行ってみたい!」と思ってました。

世界遺産・厳島神社内にある重要文化財の能舞台で行われる演能。
海に浮かんだ稀有な舞台と、その後ろには大鳥居。そして秋の月。

ん〜、能も演目もよくわからなくても、もうそれだけで、その世界を体験してみたくなるではないですか。

しかも演じるのは友枝昭世さんという人間国宝の方。
これまた私、人間国宝が国宝に指定された技能を使ってるところをライブで観たことがないのです。
なかなかお目にかかれる機会は少ないかと思われます。

とまあ、前々からいろんな面で気になっていたところ、今年はちょうど占猫の定休日に開催されると知り。
夏頃から早々にチケット入手してワクワク楽しみにしてたのです。


なのに日が近くなるにつれ、当日は大型台風が日本上陸、という情報も入り。
前日までいったいどうなるかと心配してたけど、宮島はどうやら護られているらしく。

たぶん、厳島の神様も楽しみにしてらしたのでしょうね。
前日までは風も強く、雨も降ってたけど、当日は台風後のクリアな空が広がって、お月様も美しく雲間に登場。
いかにも観月能にふさわしい、気品のあるお天気でした。

当日は、少し早めに出かけて宮島散策も楽しんで。
穴子めしの「うえの」に行ったり、弁天様におまいりしたり。
広島に来て初めての宮島水族館を訪れたり。

ぼちぼちあたりが暗くなり、参道の灯籠がともる頃に開場。
普段は参拝客で賑わう厳島神社の回廊に、その夜は能舞台を囲んで椅子が並べられ、さらに桟敷席まで設営されて大がかり。

開催日時は、潮の満干や月の出などを綿密に検討して決めているそう。
あとで知ったけど、終演間際に満潮になるタイミングだったみたい。

おかげで、潮が満ちていく際の心地よい波の音や、水面に映る月を楽しみながら開演を待つことができ。

そして開演。
回廊を灯していたライトが消灯される。
背後に高くのぼり始めた月の明るさが際立ってくる。

能舞台の照明も美しい。
海上の舞台ならではの演出。
照明を海面にあてて、その反射の光が舞台をほどよく明るく照らす。
光の加減がナチュラルで、波の紋様、動きまでもが舞台上に繊細に映し出される。

満潮に向かって満ちていく波の音、あちこちから届く潮の薫り。
さらに能舞台のうしろには、広島の夜景とライトアップされた大鳥居がすっくりと構える。
なんとも凄いシチュエーションでの能鑑賞でした。

感想はというと、
1時間半ほどの演能だったそうですが、
「え?そんなにやってた?」というほど、あっという間に時間が過ぎていたのがビックリ。
どうも時間の感覚が、ちょっと違ってくる感じ。
もしや異世界にいたのかも。

私が知ってる能の演目って、だいたいは亡くなった人が幽霊になって登場して舞う話が多い。
今回の演目「経政」もそんな感じ。

だからか、能の世界は、あの世とこの世の境みたいなところを表現するのに長けているのかもと思いました。
いつのまにか観客は自然に、いわゆる「幽玄の世界」にいざなわれ。
それで時間の感覚が違ったのかしら、と思ったり。

昔の歌詞とか、全然内容ききとれないし(外国語を聴いてるような…)、左脳的にはさっぱり理解できてなかったのだけど、
感覚的には不思議なところを刺激されて面白かったです。
今まで刺激されなかったツボを押されたような。

きっと、ずーっと昔から(室町時代くらいからでしたっけ?)引き継がれてきた芸能は、そのしきたりとか、身体の動かし方なども今の私たちからすると独特で。
これが昔から連綿と続いてきてるんだなあ…という雰囲気にも、キュウってひきこまれました。

生演奏のBGMで舞って謡うという実は派手な芸ですが、
特に印象的だったのは、やっぱりシテの舞い…というか、身体の動き。

表立ってはそんなに派手に動いてないはずなんだけど、その中に漲るものがあったり…。
ん〜、そう、野生の動物が瞬間瞬間に見せる、さりげなく美しい仕草のような。

私は舞いを観ながら、その日の午後、干潮の大鳥居の下で見かけたシラサギの子どもを思い出してました。
精一杯本気でエサを狙っている「一糸も動かない全力」の漲る有り様がどこかで重なったみたいでした。

あとやっぱり、経政があの世からこの世に渡ってくるときの精妙さも凄かったな〜。
あの世とこの世の境、というか、境の儚さ、というか。
昔の人たちは、あの世がとても身近だったんだろうなあ。
まさに、すぐ隣にあの世はあるのだ、と感じさせてくれる。

それと、いつも厳島神社にくるたびに眺めていたあの能舞台が、単なる重要文化財ではなく、ちゃんと使われて喜んでる感じがするのも良かった。
いつも見てる能舞台とは別のものみたいに輝いてました。

という、内容はよくわからなかったけど、不思議なところを刺激された不思議な時間でした。
経政の時代、平安の世界に行ってたのかもね。

帰りものんびりと、満潮の海沿いで十三夜の月と夜景をたっぷり堪能してから宮島をあとにしました。
とても素敵なタイムトリップでした。



不在者投票初体験!
そうなんです。
昔はあんまり興味なかったけど、最近はまめに選挙に参加しております。やっぱ、どうやら権利らしくて、大事らしいし。…と実感はないんだけど、せっかくですからね。わざわざお知らせくるし。

みたいな感じで、何となく参加してたのですが。

今回の選挙は、普段と違ってました。
5月に東京から引っ越してきたばかりなので、広島の選挙ではなく、広島で東京の投票をしなさい。という通知がやってきました。

ついては、選挙に参加したくばこの申請用紙を東京まで送り返しましょう。と。

めんどくさいなあと思いつつ、せっかくお知らせもらったし、と返送したところ、簡易書留の速達で御返事が。

これを持って直ちに投票所に向かいなさい。と。
直ちに、ですよ。

中を確認すると、これがまた仰々しい。
まず「決して開けてはいけません」と書かれた上に波線まで引いてある、本人確認の書類が入っていると思われるミニ封筒。もちろん仰々しい封緘付き。
そして2種類の選挙のそれぞれに二重封筒が用意されていて、参考までに東京都の候補者一覧表も(これがないとお手上げだし)。
そして(まあ当然なのでしょうが)決して投票所に行くまでには記入してはいけません。とも書かれていて、何とも滅多にお目にかかれないほどの仰々しい雰囲気を醸し出した封筒なわけです。
こんな一式を送ったり送られたり、選挙の3ヶ月以内に移転した人に対して、全国でこんなことが行われているのかと思うとビックリです。本当にご苦労さまです。

で、今日、区役所までいってきました。封筒にぎりしめて。

平日の午後でしたが、普通に不在者投票する方々って結構いらっしゃるのですね。
すご〜く賑わっていて、案内がなくてもすぐに場所がわかりました。
でも普通は、その区域の人が当日不在の時に行くらしく、皆さん投票部屋に入る前になにやら書類を書いてます。
そこで私も同じように書こうとして封筒から書類一式を取り出そうとした時、
「あ〜っ、こちら封筒持ってますよ!あ、だめだめ!開けないで!そのままお待ちくださいね」と、ワタワタと係の方が封筒をみたとたん部屋に入っていきました。

そして担当者がやってきました「あ、この方が封筒もってる方です!」と、引継がれました。
「どうぞ、入ってください」と案内されます。
どうやら、こういう投票だけ別コーナーで行われる模様。部屋は同じなのですが、投票ブースが違うのです。
旦那と2人で行ったのですが、担当者も2人ついて、マンツーマンで受け付けます。
まるでVIP待遇です。

まずは決してあけてはいけない封筒を担当者が開けて、本人確認のための質問をされます。
確認がとれたら、二重封筒の使い方など投票の説明を受けて投票します。
書き終えるまで担当者が横で待っていてくれます。VIPです。

それを二回繰り返し、
「それではこの投票は確かに御預かりして、三鷹市にお届けいたします。これで終了です」と、送り出されました。
ちなみに、普通の選挙にいらっしゃる数人の立会人の方々は不在者投票の時にもいらっしゃるのですね。
とても賑わった投票部屋の中で、VIP待遇を受けて、区役所を後にしたのでした。

…と、どうやら引っ越して3ヶ月以内に選挙がある時にしか体験できないことだったのかも、と思って記念?に自分のために長々とレポートしてみました。

今回の仰々しさ、そして一票のために使われたマンパワーを思うとクラクラします。
どこか笑っちゃうけど、選挙ってこの現実には大事なことなのだなあとようやく実感。
これまでなに気なく参加してた選挙ですが、これからは奥行きを受けて感じながら参加できそうな気がします。

もしいいタイミングで引っ越しと選挙が重なったら、ぜひご体験を。
そうそう、これだけ仰々しいにもかかわらず、最初の申請は自費で郵送します。
そこがまた微笑ましいです。
めんどくさいと思わずに送ったら、VIP待遇が待ってますよ♬


厳島弁財天ご開帳♪
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さる6月17日、日本3大弁財天のひとつ、厳島弁財天の年に一度の御開帳で宮島に行ってきました♪

もともと弁天さまファンの上、東京にいるときも井の頭弁財天に、いつもいつもお世話になり守られていたこともあって、弁財天はとても身近な存在。

で、年に一度の御開帳が、たまたま店の定休日にはまってるというのは、つまり弁天さまにご招待いただいたのね♪と、勝手に解釈してワクワクお呼ばれに行った次第。

しばらく雨続きだったのが、当日はなんだかとてもいい天気で祝福モード。

ちょうど法要が行われている時間帯に偶然当たって、詠唱や法話などを多くの方々と一緒に拝聴させていただき、町のご好意によるソーメンとかひやしあめまでご馳走になって。

弁天さま、素敵なご歓待ありがとうございます♪

一連の法要が終了し、みんなワクワク順番に、いよいよ秘仏とご対面。

とても優しくて素朴な、美しい方でした。

お逢いできて本当に良かった。

言葉では表現できないところに響いた感じ。

しばらくはそのフワリと優しい感じが身体を包んでくれていたような。

その気持ちよさ、まだ続いてます☆
そのまままったり、お店でくつろぎながら日記書いてます。

また来年も行けたらいいな☆

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