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セレナイトが好き。
セレナイトが好きだ。
それぞれに個性的な鉱物たちはどれも好きだけど、
セレナイトは、私の持ってる石の中では結構数が多い。
いつのまにか、いろいろ手に入れてる。
セレナイト好きの人のことを「セレナイター」と呼ぶとか呼ばないとか。

私にとっては、光と物質の境界線上にある存在。
じっと見てると、まるで白い光の束みたいなの。
光が物質化する瞬間、のような在り方。
普通に生活している場では、あまりお目にかからない佇まい。

光と物質の境にある美しさ。
私はボーダーに在るものに惹かれてしまう。
そのギリギリの境に入っていこうとすると、そのときだけでも深く深く世界に潜っていけるから。
頭で理解することが不可能な、その場所へ。

そんな場所に連れていってくれる、セレナイトちゃん。
いくつか持っている中でも、特にお気に入りが3つあって(3つもかっ!)、
その3つに共通しているのは、同じ人が磨いている石だということ。

311前まで、東京には私の友人が主催していた「虹の輪」というクリスタルのお店があって。
魔女のようなこの友人は、素晴らしくセンスが良く、美しい石しか置いてないの。
どんな小さい石でさえ、かならず彼女の目を通して、直感で選んできたものばかり。

つまり並んでいる石は「いるべくしてここにいる」ことを知っていて、
誇りと喜びに満ちてキラキラと輝いてる石ばかりなの。
私は「虹の輪」のおかげで、石の美しさを知り、愛でる眼を養えたと思ってます。

で、ある時、彼女がアメリカへの仕入れ旅行から戻ってきて。
新しい石たちがいっぱいある中で、ひときわ私の目を釘付けにしたのが、そのセレナイトたちでした。

今まで見たセレナイトとは、輝きの質が違う。
もっと光に近くなっている。
セレナイトに興味のない人からみたら同じかもしれないけど、
好きな人間にしたら、このミクロの違いはものすごい。
今までよりも、もっとボーダーギリギリにいて、もっと光として感じられる。

凝視していると、友人がニヤっと笑う。
「すごいでしょ〜。それ、手磨きなのよ」

アメリカのミネラルショーで出会った、あるアメリカ人。
彼はセレナイトが大好きで。
好きが高じてか、セレナイトを自ら手磨きしたものを出品していたとのこと。

ちなみに、普通の石は機械で磨いてます。
セレナイトは鉱物の中でも最も脆いうちの一つなので、
やろうと思えば手磨きできるのですね。

それを聞いてさらにナットク。
このセレナイトたち、その彼にもらってる愛がハンパない。
ものすごーくセレナイトを好きな人が、
ものすごーく愛を込めて、しかも手磨きで一つ一つ磨いてくれた石たち。
それが他のものより光を放ってると感じるのは不思議ではないよね。

そして一つ一つの作品に、それに合ったサイズの皮の手作りケースまでついている。
「お家」まで、彼がちゃんと作ってあるの。
どれだけ彼の愛は深いのだ。

彼が磨いてくれなかったら、セレナイトがここまで光を解き放てるとは知らずに人生過ごしてたと思う。
きっと今生ではお会いすることもないけれど、この作品たちを通して、いつも彼とセレナイト談義をしている気がします(笑)。

結局、何度か「虹の輪」に通ううちに、店にあった彼の作品の大半である3つも入手。
私の大事なセッションツールとして、占猫と自宅に鎮座ましましておられます。

セレナイトちゃん、いつもありがとう。
これからも愛と光をいっぱい届けて、輝いていてくださいね!
ポール・ソロモンについて。
もう20年ほど前に亡くなられたが、ポール・ソロモンという人がいる。
ざっくり説明すると、スピリチュアルな分野の方で(ざっくり過ぎ?)、そのリーディング能力はエドガーケイシーの再来と評されたりしたみたい。
でも、リーディングで人々を援助するよりも、少しでも多くの人が霊的覚醒をすることのほうが重要だと考えて、瞑想などを各地で指導されていたそうです。
晩年には世界の恵まれない人々への援助にも尽力され、ノーベル平和賞にノミネートされたりね。

とか、このへん殆ど本の受け売りです。
日本では、そんなに知られてないと思う。
本もあまり出てなくて、私が知ってるのは2〜3冊。

私はずっと昔に(でも彼が亡くなったあとですが)、縁あって、ポール・ソロモンが提唱した瞑想を学んだことがあるのです。
その頃にはスピリチュアル的なことは何が何だか、全然わかってなかったのだけど、最近になって当時入手していた本を読んでみたら、すごくいい。

「愛とは何か」が、ビンビン伝わってくる。

「愛」って、言葉としては世間に氾濫しすぎて、ちょっと手垢がつきすぎの感もあって、こんなにメジャーな単語なのに、実態はよくわかんない…って人が多いと思う。
何となくは、方向性はわかるような気がするけど、でもよくわかんない。みたいな。
だけど本を読んでいると、ハートに「それ」が伝わってくるの。

かといって、本の内容がわかりやすい、とかそういうわけでもなく。
英語もしゃべれない私が、大変失礼な物言いではありますが、日本語の翻訳も、ある意味つたないのです。ちょっと分かりにくくもどかしい。
それは別に、翻訳者を批評してるわけではありません。

おそらく、ポール・ソロモンの「愛」に対する理解があまりに深く、翻訳者さんが何とかしてそのままの理解を写しとるように訳そうとしてくださるのだけど、そのレベルで日本語にするのが難しいのだと思います。

なので私の所感でいうと、彼の本は文章の字面だけ見ると、ちょっと雑味がある感じがして読みづらいのですが、ポール・ソロモンの想いは、その奥に脈々と流れていて、そのエネルギーがハートに働きかけてくれるみたいなのです。

いったいどう働きかけるかなんて、もちろんここで説明は不可能です。
なんせ「愛」ですからね。体験するしかない。

まあでも、何とかして言葉にできる部分を書いてみると、
ハートにふわっと届く感じかなあ。
実は意外と(笑)、自分にどれほどの愛があるのか、どれだけ愛に満ちた存在なのかが感じられる。

でもこれ、もしかしたら、今だからようやく感じられるのかな。
当時、瞑想を学んだ頃には、読んでもわかんなかったのかもしれないけどね。
(そのころ読んだかどうかも記憶にないという…)

ともあれ、翻訳のもどかしい本を読んだだけでも、愛のエネルギーが伝わってくる人なのでした。
実際、その学んだ瞑想は今も時折やってますが、初心者に優しい、わかりやすい方法だと思います。愛があるなあと。

これを書くにあたって、ネットで調べるとYouTubeに映像が残ってました。
1991年に来日して、どこかのTV番組に出たのを見たんだけど、ポール・ソロモンの本質とはズレたところで紹介してる感じ。まるでトンデモ系の人みたい。
チャネリングして預言するところだけピックアップしてる。ある意味20年前の番組らしい(笑)。
日本でも、もっと評価されていい人物だと思うのですが、これを見たらさらに誤解を受けそうな(笑)。
まあでも、必要な人はちゃんと必要なタイミングで出会うからね。現時点では知る人ぞ知る、でいいのかもしれません。

…と。
あっれ〜、本当はここまではイントロで、ここから先の話を書くためのマクラだったのですが、またまた長くなっちゃって(汗)。

よし、2部にわけよう。
まずはいったん文章を締めるね。
これはこれで、ポール・ソロモンを紹介するにはいいタイミングだったかも。
高橋邦弘さんの手打ちそば
高橋名人のそばを食べに行ってきました。
高橋さんは全国的にもその名を知られたそば打ち名人。
水のきれいな北広島の山奥に店を構えてらっしゃるのですが、もう少ししたら大分県のほうに移転されるらしいとのこと。

「じゃあ今のうちに行かなきゃ!」と昨秋くらいからずーっと気になってたところ、ちょうど広島駅前のデパートの催しに出張されるとの情報を耳にして。
こんな近くに来てくださるのに、行かない手はありません。
さっそく休日の予定を急きょ変更し、高橋名人のそばを頂くために半日費やしてきました。

ちなみに当然ですが、名人のそばは並ばないと食べれません。
なのに私は並ぶのが苦手で、広島にいるのに今まで店に行けなかったのも、なんとなく並ぶのが大変な気がしていたからかも。
でも現実的に考えてみたら、並ばずに食べようなんて、ラッシュ時の山手線に座ろうと思うくらい無謀なことです。

前回食べたのは実はもう10年近く前。東京へ出張されていた際にいただきました。優先予約みたいなのがあって、それなりの便宜をはかってもらったのに30分以上並んだ記憶があります。

当時、30分以上並ぶ気持ちになれるのは日本橋人形町の「玉ひで」の親子丼くらいと思ってました。
が、名人の手打ちそばのエッジのきいた舌ざわりと、もうとにかく「美味かった!」という記憶は残っていて。
並んでもいい!と思ったのを思い出しました(笑)。

というわけで、買ったばかりの文庫を携えて、2時間は待つ覚悟で心を整えて向かったのでした。
でも行ってみると、平日なのもあってか1時間くらいでそばにたどり着けて。
知人が店に行ったとき3時間待った、という話もきいたことがあるのでラッキーだったかもしれません。

ところで、そば自体ももちろんおいしいのですが、
何といっても美しく、素晴らしいのが、名人のそば打ち姿。
店頭で、並ぶ人々の注目のなか、気迫に満ち、かつ淡々とそばを打ち続ける姿は本当にうっとりします。

お弟子さんが仕込んできたそばの塊を、薄く伸ばして、たたんで、形を整えて切っていく、その一連の流れは全てが美しく、まさに芸術です。
いったい、この作業を生涯に何万回(も、もしや何十万回?)繰り返してきたのか。私たちはその美しさに息を呑んで見つめるのみ。
もう、拝みたくなるほどの領域です。

繊細かつ大胆、手の動き一つ一つが愛に満ちていて、そばが喜んでいるのがよくわかる。
そば粉の塊が名人の愛をいっぱい浴びて「ものすごく美しいもの」に変容していく様子に、きゅうっと胸が熱くなります。

…と、そんなのを拝んだ上で頂くおそばが、どんなに美味しいか。

選び抜かれた粉をブレンドしている名人のそばは、薄緑色にポウっと優しく光っているようにみえます。

まずはそばつゆをつけないで、ひとくち。

口に入れた途端、舌の上と背筋にパアアっと何かが電気のように走っていく。
もしかしたら、これがそばの生命力かもと思う。
が、それは一瞬。あとはもう夢中で食べました。
そばと私、一対一。他のものは存在しない世界に旅してきました。

もう記憶も定かではないけれど、10年前のときは名人の技術にヤラれたように思う。
少しのブレもなく創られた、一本一本のそばの存在感。
香り、舌ざわりなどが統合されて「うまい」という境地を味わえた。

今回は名人の愛にヤラれたみたい。
食べるごとに感じられる、一本一本の、そして全体から放たれる「そばの喜び」たるや。
名人の魔法の手を経たことで、そばという植物の生命がさらに別次元の生命に変わっているような。
一口食べるごとに歓びが湧きたち、ハートが愛にみたされる。
そばの喜びと幸せが、私の体に響いてきて。

久しぶりだった。食べるだけで泣けてきたのは。
いつのまにか目に涙があふれてた。
ワサビのせいにしては多すぎる水分量。

愛と喜びと幸せの響きを味わううちに、あっという間に2皿食べ終わり。
まるで夢のなかにいたようなひとときでした。

本当に、喜びと愛そのものを伝えてくれた手打ちそばでした。
高橋名人、ありがとうございます。
これからも末長くおそばを打ってくださいますよう。
大分に行っても、また広島にいらしてください。
次回の出逢いも今からすでに愉しみにしています。
布良のタオル
私の冬の悩みは、お肌の乾燥。
ここ数年、毎年寒くなると足や腕がカサカサして荒れてしまうのです。

それでこの冬、はたと思いついた対策が
お風呂のときにせっけんをやめて「布良(ふら)のタオル」を使うこと。

布良のタオルというのは、身体に優しい糸で作られたもので、
オーガニックコットンなのはもちろん、手紡ぎでとてもソフトな風合いのタオルです。
しかも詳しくは知らないけど、どうやら生き物のようなタオルで、身体に良い微生物?みたいなのが入ってるらしく。
そのため、石けんとか洗剤とかをつけるとダメになっちゃうので「水洗いして天日干し」がお手入れ法。

「濡らして顔や身体にあてるだけで、適度に余分な皮脂をおとしたり、乾いたのを身体に巻いただけであったかくなったり、不思議なタオルなんですよ〜」
と、知人にオススメされて、何枚か購入したのが1年くらい前のこと。

でも、そのときはほとんど使いませんでした。
乾いたままで、寝るときに身体に巻いたりしてましたが、そのときにはまだ身体には良さがピンと来てなくて。
ふわふわと心地良い感触が、ハートをほっこりさせてくれてましたけどね。

で、しばらく忘れてたところ、今冬カサカサの危機を感じたとき
「そうだ、石けんを使わないで冬を乗り切ろう。それには布良のタオルがいいのでは?」と、突然思い出し。今度はお風呂で本格的に使い始めたのです。

結果。今、2ヶ月くらい使用中ですが、想像以上に効果バツグンです。
石けんを使わず、布良のタオルでお風呂の中で顔や身体を優しくなでるだけなのに、適度に皮脂がとれるため肌が乾燥しなくなりました。

それどころか、冷え症だったのに、その症状もかなり軽減している気がします。
これはそもそも布良の効果かどうかわかりませんが、私のフィーリングでは、タオルのおかげな感じです。

不思議なんだけど、タオルを身体にあてているだけで、ほかほかと内側からあったかくなって、温泉にいるような感じになるの。
たとえお湯がぬるくなっても、身体はほっかほか。

触れていると、コットンのナチュラルなエネルギーがダイレクトに伝わってくる感じ。
優しい触感が、身体に赤ちゃんの頃を思い出させてくれてる気がします。
その頃の生命力、みたいなのが呼び覚まされるような。
それで触れたところからヒーリングが起きて、必要な癒しが行われてるような。

む〜、ここまで読み返すと、まるで布良のタオルの宣伝みたいではないですか。

別にそんなつもりはないんだけど、ようやくさっき、あの不思議なヒーリング感を表現できる言葉がやってきたので、書いてみたかっただけなのです。

そうだそうだ、タオルの糸がもつエネルギーが私の生命力を引き出して、共振するんだな。

でも、相性とかもあるだろうし、人によって感じ方は違うと思う。
あくまで個人の感想です。
私も1年前はピンときてなかったしね。

ただ、実際の効果はどうであれ、私はこのタオルのおかげで冷え症まで軽減したと思ってるわけなので、とてもありがたい存在です。

消耗が早いタオルだから、この冬が終わるころには卒業ですが(濡らして使うと1枚で一ヶ月目安とのこと。私は数枚をローテーションで使ってます)、
また来冬も使いたいなあと今から思う次第。

いや、ほんと、布良のタオルの回し者ではないんですよ(笑)。
お気に入りのものは、今年からなるべくブログに書きとめようと思ってます。

セルロイドの筆箱
この前、雑貨屋さんでデッドストックのセルロイドの筆箱を買った。
ペンケースというよりは筆箱、っていうイメージ。
表面には「PENCIL  CASE」と金で印字してあるけどね。

昭和っぽい、コクのある明るめグリーンと、貝ボタンのような仄かな虹の輝きを感じさせるパールが入り混じって、何ともいえない風合いの細身のケース。

あの、セルロイドの不思議な光沢が好き。

亡き母もセルロイド好きだったので、彼女が使っていた裁縫箱や小物入れをそのまま引き継いで使ってます。
古いのは劣化するのか、輝きがちょっとニブくなります。
もちろんそれはそれで味があるので満足してるけど、機会があれば新しいのも欲しいなあとは思ってました。

ただ、新しいのを買うとなると、けっこう模様とか形にこだわってしまって。
今までも何度か目にする機会はあっても、もう一つピッタリしっくりくるものがなくてスルーしてたんだけど、今回は満足度の高いものが手に入りました。

しかも筆箱、というのがいい。
私はエンピツが無性に好きなので、好きなものを入れるケースもお気に入りと出逢いたいなあ…と、ゆるゆる感じていたところ。

そうそう、そのとき一緒にエンジ色の革が巻いてある鉛筆延長器(っていうのかな?短いエンピツを入れて使うやつ)も入手。
柔らかな触感のツールで、セルロイドのケースに入れるといい色合い。

しばらくはニヤニヤしながら、眺めて楽しめそう。

身近にあるものが、どれを見てもお気に入り、というのは理想。
できれば、モノは一つ一つ愛着のあるものを厳選して手元に置いておきたいなあと。
まあ理想と現実はなかなか一致しませんが(笑)。
いろんな出会いを経験して、どれも出会いの物語があるモノばかりになったらステキだなあ、なんて思ってます。
今回の筆箱と延長器もいい出逢いでした。
ようこそ、我が家へ。これからよろしくね。

黄輪ちゃんがやってきた。
とうとう自転車を店に迎えました。
前から、あると便利だろうなあ、とは思ってました。
でもうちの店ってマニアックな場所に佇んでるわりには、
駅近だし、郵便局とか銀行とか、必要施設もほとんどが徒歩5分圏内にあるという、意外と便利な立地なのです。

なので、特に困ってないし…と、しばらく忘れてたのですが。
突然、ふと駆られてしまい、衝動的に購入した次第。
ちなみに自転車屋さんも店から徒歩5分圏内です。

どの自転車にするか、スグ決まりました。
お店の前にある信号を渡る前から、キラキラ輝いてみえたライトオレンジ色の車体。
あれが気になる〜と目星をつけて覗いてみたら、
やっぱりその子が大きさもお値段もお手頃で。

一番のポイントは色。
ライトオレンジの軽いフィーリングがお気に入り。
さらにオートライトってのもいい。
最近の自転車って、オートライトなんてついてるんですね。

私は自転車について、浦島太郎なのです。
なんせ、ここ10年くらい自転車に乗ってなかったのです。

だって全然必要なかったんだもん。
東京はとてもとても便利な場所に住んでたので、徒歩と電車でなんの問題もなかったし(都会は自転車の置き場所を探してる間に、歩いたほうが早いです)、
今の自宅は、山に近い坂道ばかりの町なので、逆にとてもとても自転車を使う気分ではなく。

なので今回、自転車屋さんから店までの試乗がかなりドキドキでした。10年以上ぶり。
念のため蛇足ですが、無事到着しました。
身体で覚えたことって10年たっても忘れないのですね〜。
風を切る感覚が、久しぶりで新鮮でした。

そして、その日にさっそく自転車の名前がダンナに降りてきました。

命名「黄輪(きりん)」ちゃん。

うん、黄色っぽいし、フォルムもなんとなくキリンぽい感じもするし、いいですね。しっくり。

そして、大好きなインドの神様・ジャガンナートのちっちゃいシールを貼ったりして、ちょっぴりオリジナルにカスタマイズ。

店のドアから見える場所に置いてるので、ドア脇をとおるたびにお気に入りのライトオレンジの色が見れて、目にも心地よく。

ではでは、きりんちゃん、これから末長くよろしくお願いしいたします。
占猫にようこそ。来てくれてありがとう。大切にしますね。


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