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御大切。
この前、河合隼雄と遠藤周作の対談を読んでいて、
かくれ切支丹の話になったとき、遠藤さんが話した一言が印象に残った。

「(当時は)「愛」という言葉の翻訳がないので「御大切」という言葉を使っていますね」と。

御大切。
そっかー。そうだそうだ。
と、妙に得心しました。

あの頃は「愛」って言葉を使ってないのですね。
(としたら、いつ頃から「愛」という言葉が一般的になったのかも気になってくるけど、まあおいといて。)

私は、日本語が好きだからか、昔ながらの日本人だからか(?)、
「御大切」という言葉をきいて、「愛」という言葉よりも、その本質にほんの少し近づけたような気がしました。
感触がわかるというか。

この世界、ベタなようだけど、結局は愛が大事。だと私は思う。
そう思ってる人はけっこういる、とも思う。
でも、なんというか、「愛」と一言でまとめられても、それは何か?どんなものか?と、深く突き詰めるとかなり難しい。
概念になってしまいがちな感じ。
まあ「愛」自体は、最終的には自ら体験するしかないものなのだろうけど、
今日は、その言葉、文字のこと。

人はそれぞれみんな、各自の「愛」のとらえ方がある。
そのオリジナルの繊細さを言葉にすることは難しいので、みんな「愛」というたったひとつの文字にその表現を委ねることになる。

でも私は、うまく説明できないのだけど、じつは「愛」という文字を観る時、自分の感じているその感情をしっくりと重ねることができてないのでした。

それに気付いたのは、この対談の言葉に出会ったからなのですが。
微妙な違和感というか、ちょっと距離がある感じ。
もちろん、これまで生きて体験してきた「愛」というもののデータみたいなものは重ねられるのだけど、そこから抽出されているであろう、現時点での私の智慧レベルでの「愛」が重ならない、フィットしにくい感じ。

でも、文字としてそれしかないから「そういうもの」だと思ってた。

そこに、この「御大切」ですよ。

おおっ!と思った。
今の私の触れてるものに、より近いものをこの言葉が持ってた。
より精密に感じると「お大切」かな、私的には。

つまりどうやら私は、文字もタロットっぽく、象徴やシンボル的に観ているのではないかとも気づきました。

その対談の主流の話でもなんでもない、ほんのちょっとしたエピソードだったのだけど、私には大変嬉しい衝撃がもたらされました。

最近、本を読む量が減ってたんだけど、こういう愉しい不意打ちがやってくるから読書ってあなどれない…と思った次第。
ついつい、この嬉しさを表現したくて(伝わるかどうかは別として)、言葉で説明しにくいものを無理矢理がんばって、こうして説明してみたりするエネルギーもやってくるしね。

そんなわけで、これから「お大切」という言葉、だいじに愉しく、私の感じているままに使っていこうと思います。
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