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切なさは、味わいきると感謝に変わる。
※これは「レヴェナント」というレオナルド・ディカプリオ主演の映画を劇場で観たとき書いた文章を、長すぎて放置してたのを思い出して発見。いまさら掲載〜。

☆★☆

私にとって「切ない」という感情は、
「好きだけど苦手」という複雑な立ち位置にあるフィーリング。
じっくりしっかり感じると、いいところに抜けていくんだけど、そこに至るまでがしんどいから、切なさがやって来たときに、つい避けてしまう。感じないフリをして押さえつける。
あと「悲しみ」もそうかな。しっかり感じて味わうと美しいとこに行くんだけど、なんせ悲しみだから。積極的に味わうにはハードルが高い感情でしょ〜。

そうして感じないでいると気持ちを抑圧してるので、どこか心が麻痺したようになって、感覚全般の味わいがボンヤリしてくる。感受性が鈍くなる感じ。

ときおり、そうなったときに自主的に気づいて、
「あれ、生きてる感じを感じにくいぞ。もしかしてまた無意識に切なさや悲しみを抑圧してるのかな?」と振り向くことは大事。

さて、そしてここ最近、自分へのタロットのメッセージで
「悲しみの感情を感じて」とか「泣いとけ」とか、言われることが多くなり。
でも、自覚がないの(汗)。抑圧しているであろう、悲しいことや泣きたいことが思い当たらない。
大抵は「あ、なるほどね」と、それなりに気づける範囲のことが出る場合が多いんだけど。

けど、タロットは今の私に必要なことしか言わないから。
おそらく何らかで、あまりにも身近すぎて気づけない部分なのだろうな、と。

私はタロットを信頼してるので、自覚がなくても、理由がわからなくても、アドバイスはなるべく実行するようにしてます。
なので今回も「自覚はないけど、とりあえずアドバイスどおりどこかで泣いとくか」と思ってました(笑)。

そんなタイミングで見に行った映画がレオナルド・ディカプリオ主演の「レヴェナント」。

これはとてもいい映画でした。
といっても、R15指定の、ある意味バイオレンスばかりの映画。
アメリカの開拓時代だったかな、北部の先住民を略奪しながら、動物を殺戮しまくり、毛皮などを大量に持ち出している時代の話で、実話をもとにしているとか。

私はバイオレンス系の、見てて痛々しい映画は本来苦手なハズですが、この映画は観た後に不思議と心地よいフィーリングが残りました。

ちょうどタロットに「悲しみを味わえ」と言われてたので、普段なら、その痛々しいシーンで起こる感情から逃げて、感じないフリをしがちですが、今回は意識的に、悲しみや諍い、暴力や死にしっかり向き合ってみました。

ネイティブと開拓者の間の争い。自然をどんどん破壊していく、動物を無残に殺していく有様、同じように人を殺していく有様…。
素晴らしい人となりの人物が出てきても、たいがいほとんどの人が、あっけなく、いとも軽々と殺されていく。

そういう切なさに、キリキリ痛みを感じながら味わってると、
タロットに言われてもすぐには気づけなかった、少し深いところにあった悲しみや切なさにたどり着いた。

気づいてなかった感情。
それは「人が人であることの悲しみ」とでもいうか。
人として生きることの苦しみ、みたいな、人間の根本の苦しみを感じている自分がみつかった。

有史以来、ずっと争い続けている人間。
どうして戦争や暴力はおこってしまうんだろう。なんて命はあっけないのだろう。
世界や人類全体に対する無力感や切なさ。
人が人である限り、必ず起こる苦しみや悲しみ。
なんて切ないんだろう。

これら誰もが感じるような感情を、心の奥底に抑圧していたことに気づいた。
だって、感じたってどうしようもないじゃん。って。
でも、感じてる…ね。隠してただけ。

タロットは、そういう普遍的な悲しみや切なさと、そろそろ向き合う時期が来ていたことを知らせてくれてたんだね。
自分自身の個人的な出来事や状況から悲しみを探していたので気づかなかった。

気づいてなかったけど、抑圧してるのは事実だから、なんらかの形で私の感情を制限していたのだと思う。

映画を観るうち、心の奥底に潜んでいたその部分を刺激されて、少しずつ氷が溶けるように涙がじわじわと勝手に滲んできた。

後半のクライマックスの頃には、すでに話のストーリーはBGM状態。
頭は話を追ってない。ただ眺めてるだけ。
映画が、純粋に感情を味わうツールと化してました。

そして、抑圧していた切なさや悲しみがかなり引き出され、たっぷり身体いっぱいに痛みを感じることで抜けてきた頃(感情は味わうと抜けるのです)、今度は、人の持つ美しさや優しさ、良心、強さなども映画の中から感じられるようになって。

愛や、美しさ優しさと同時に、恐れや憎しみや怒り、両方を持つ人間という存在。
これらを同時に持つからこその苦しみ。
どちらか一方だけなら苦しくないもんね。

そうか、人が人であることの悲しみを感じるのは、人の愛や美しさ素晴らしさを知ってるからこそ感じてしまうのか。

ほんと、だから人間なんだよな〜、人間ってこうなんだよな〜。と。

人間のその悲しみを感じることで、同時に愛を感じられて、
またその切なさを感じることで、それでもこうして生きることのできる世界への感謝を味わえて。

観た後にはすがすがしく、優しい気持ちになり。
おかげで「世界って素晴らしい!」という心地よい感謝にまで抜けていくことができました。

でももちろん、どの映画でもこんな風になるって訳ではありません。

個人的には、トートツに主人公の恋人が死んだりして、強引に心を揺さぶろうとする映画は好きじゃない。
あからさまな作為を感じると、素直じゃないから、
「ほーら、ここで泣いてごらん、泣き所だよ〜」みたいなシーンにくると、
「誰がそんなバレバレの手にのるか!」とか思っちゃって、受け入れられないの。
うっかりそういう相性の悪い映画を見に行くと、
悲しむところであえてグッと抑圧しちゃって(表面部分はもちろん泣かされちゃうよ。だけど奥の部分では心を開けられない。粗雑すぎて)、感情開放どころか逆効果、みたいなこともある。

レヴェナントは暴力シーンや死んじゃう場面も多いのに受け入れられたのは、その背景がすべて、雄大な大自然のシーンだったからだと思う。

おそらく殆んどカットしてない、ものすごい長回しで自然をたっぷり味わえる趣向になっていたのです。

切なさや悲しみが満載の映画だったけど、それがすべて大自然の中で起こっていたから、ハートがオープンしてフィーリングを受け入れることができたのだと。

それぞれに痛みを抱えた人間たちの、必死の小さな営みと、それをそのままに在らしめる、厳しくも美しい豊かな大自然。
それらをそのまま、心開いて、痛みを感じながらも味わうことができました。
これ、レンタルDVDでなく、大画面で大自然を堪能できてよかった。

私にとっては、心の奥底にあった切なさや悲しみ、苦しみを、世界への感謝と愛にまで変容させてもらった、素敵な映画でした。
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