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マンガラ追悼(2013年分再掲載)


ここ最近ばたばた慌ただしく、ほとんどネットにも繋がってなく鎖国状態でした。この前ブログ書いて以来、もう1ヶ月近く?
が、この間に、なぜか意外とこのまえ書いた「数秘術では想定内」についての反響が大きくなっていて。
中でも、師匠のマンガラに興味を持たれた方が多いような気がします。
マンガラは2012年にこの世を卒業したのですが、実際に物理的に会った時間はわずかなはずなのに、沢山の言葉にできない何かをいっぱいもらったように思います。

それで、ふと亡くなった際に書いた文章を思い出して。
長い長い文章ですが、再掲載します。
マンガラを知りたい方にいいかなと。
そして私も再読して、感謝の気持ちを新たにしたくて。
ときどき、大切な想いは再掲載してみよう。と思った次第です。

ちなみに彼女、マンガラ・ビルソンの著作が日本でも2冊発売されてます。
「直感のタロット〜意識のためのツール〜」
「わたしを自由にする数秘」(共に市民出版社より発行)
もっと興味がわいたら、そちらも読んでみてね。良い本ですよ。
この世を卒業する前に、マンガラがみんなに届けてくれたギフトだと思ってます。

☆★☆★☆

すっかり時間が経ちましたが、昨年10月、私にタロットと数秘術を教えてくれたイギリス人のマンガラが、肉体を離れました。

もっと前に、このことについて何か書きたい感じはあったのだけれど。
あまりにもいろいろな想いがぎゅうぎゅうとまとめて押し寄せて。
全然まとまった言葉にならなかった。

今頃になってようやく自分を客観するための何かくらいは書けそうな気がしてきたので、とりあえず書いてみる。長いかも。


その訃報を2日後にきいたとき、急なことでビックリした。
だいたい年1回ペースで定期的に日本を訪れて、ワークショップを開催していた彼女。
たしかに前年は病気療養中とのことで来日しなかった。
でも、以前にも持病の腰痛が悪化して来れない年もあったし、また良くなれば来日するだろう、と気軽に考えていたので本当にビックリした。
寝耳に水。しばらくは何の反応もできなかった。
そして、しばらくしてようやく事の重大さに気づき、涙がボロボロ溢れてきてとまらなくなった。

そのとき、
「泣かないの〜」と、マンガラがやってきて、笑いながら、あのフワッとした独特のフィット感でハグしてくれた感じがした。涙がとまった。一瞬ね。

マンガラと私は、時間的にはそれほど長く親しい関わりではない。
ちょうど10年前に出会ったのだけど、そこから会ったのは5〜6回かなあ。
てことは、ざっくり計算すると、この10年で延べにして1ヵ月ほどの関わり方なのだ。
しかも私はそんなに英語が喋れないので、込み入った会話や親しい話を交わすこともそんなになかった。
それなのに、与えてもらったものはとても大きなものだった。

マンガラ、ありがとう。
この人生であなたに会えて本当によかった。
マンガラと会ってなかったら、私の人生は全く違うものになっていたと思う。

そもそもタロットと数秘に出会ってない。
そして、タロットや数秘が見せてくれる内面宇宙の意識の奥深さを、こんな風に店を作って、みんなとシェアすることもなかったと思う。

今こうして、毎日たくさんの人とセッションして、意識変容のお手伝いができる人生になったのも、元はといえば、つまり彼女と出会ったからだ。

たぶん、でも、ずっと前から会うことになってたんだろうね。
逢える人とは、いつか必ず会えるから。


それまでの私は、スピリチュアルとか占いとか、全くの懐疑派だった。
「星占い?人類12分割して何がわかるの?」みたいな。
なんせ興味がないので、関わる気持ちも知識も何もなかった。
私の人生には存在しないも同然の分野だった。

それが10年ほど前のあるとき、ある人から唐突に
「あなたタロット、絶対向いてるから」と言われたのだ。「はぁ?」

全然知らない、食わず嫌いな世界のものをいきなり「向いてる」とか言われ、しかも「絶対」とか言われ。
そんな経験がなかった私は、なぜか珍しく拒否しなかった。少し興味を持ったのだ。
そして「ちょうどもう少ししたら、イギリス人の素晴らしい先生が来日するの。
年に一度なのよ。よかったら教えてもらったら?」
と、そのタロット講座のチラシまで受け取って。

が、そのチラシを見たとたん、私は即座に諦めた。
時間とお金が予想以上に必要だったから。
当時の私の感覚からすると、興味本位で学ぶにしては、その受講料金はとても高くて手が出せなかった。

もうひとつ講座の日数は、週末を2回使って6日間。
その頃の私は雑誌のライターの仕事をしていて、週刊や月刊の連載を4つくらい抱え、並行して企画特集記事も定期的に担当し…と、文字どおり休みが1日も取れない状態が普通だった。
1〜2日ならともかく6日はとても無理だな、と。

で、仕事に忙殺され、すっかり忘れていたあるとき。
ひょんなことから臨時収入が入ったのだけど、それがほとんどピッタリ、その講座代金だったのだ。
つい「あ、これはあのタロットのお金だ」と思ってしまった。
そのお金をみて旅行好きの私のこと、「あ、ハワイに行ける」とか思ってもいいはずだ。なのにタロット用だと思ってしまった。

しかも仕事も、週刊連載が一つ終了することが決まり、スケジュール的に、ちょうど講座の期間中なら、休みをとることも可能…という状況がなぜか突然おとずれていた。

そんなわけで、全く何もわからず、タロットの予備知識もないまま受講しに行った。
いろんな流れが、その講座へ行くように示している気がしたから。
「占いなんて興味のない私がいったい何をやってるのだろう?」と訝りながら。


実際に体験してみると、マンガラのタロットは、懐疑派の私がそれまで勝手に想像していた「占い」とは全く違っていて、自分の意識に気づきをもたらすツールだった。
おかげで受講を始めて間もなく「占い」への偏見は解かれ、懐疑的な感情はなくなった。
が、それまで「自分の内面と向き合う」ということを殆どしてなかった私には、講座で伝えられた内容は、最初さっぱり理解できなかったのを覚えている。

ただ、マンガラという人物は最初からとても印象的だった。

たぶん、私がマンガラからそのとき伝えてもらったのは、タロットの知識ではない(あの時点ではまだ何も理解できてなかった。それらは後付けしていったものだ)。

彼女は「そのものの本質」を伝えてくれていた。
つまり「本質をありのまま伝えるとはどういうことか」を教えてもらったのだと思う。

それに気づいたのは、講座の3日目くらい。
ようやくスピリチュアルな専門用語にも慣れ始めたころ、受講者の誰かが
「これは良いカードなのか、悪いカードなのか」みたいな質問をしたのだと思うが、それに答えてマンガラが、
「この世界には良いも悪いもないのです」と、さらりと言い切ったのだ。

私はそのときの彼女の在り方に驚いた。
というか、ようやく「良いも悪いもない」という言葉の、本質を伝えてくれる人に出会ったと感じたのだ。
なぜなら、その言葉が、その発された瞬間にハートに入ってきたから。ストンと腑におちたから。

もちろん言葉としては、以前から知っている。
今までにもそういうことを言う人にはいろいろ出会っていたし(毎日いろんな方々をインタビューする仕事でしたからね)。
でも今思えば、その言葉を、本質的な確信を持って言っている人に会ったことがなかった。
たぶん、その人たちにとってもそれは単なる知識で、本当の意味では理解していなかったのだろう。
だからいくら言われても、理屈としてはわかってもハートには入ってこない。
なので、こちらも流しながら頭で受け取って知識として聞く、という感じになる。
でも、それが普通一般だし、そういうものだと思ってた。

でもマンガラが「良いも悪いもないのです」と言ったとき、本当にひと筋のブレもなく、確信を持って本質を知っているところから言葉を発したのだ。
それで私は瞬時に
「ああ、良いも悪いもないんだ」と深い実感として伝わり、理解した。

理解がくるのは一瞬だ。
それを本質で伝えられる人がいてくれたら。

私は英語があんまり話せない。講座も通訳の方を通して行われる。
だから、言葉自体は日本語で耳に入るのだけど、その本質はそのまま、彼女の持っているものが言葉ではないところで伝わってきたのだ。

それ以降、講座の間中、ひんぱんにそういう体験をし、
まだタロットそのものの理解はできてなくても、これは私にとって大事なものになる、という予感を、その講座で手に入れたのだった。

そしてその後も、マンガラの在り方を味わいたくて年に一度の来日に合わせて行けるときには行くようになり(それで数秘術も学んだわけです)。

彼女はあらゆる方向から、いろんなことの本質をストレートに伝えてくれた。

講座に行くたび、そのときの自分に理解できる限りの最奥まで行けることが多く、新しい自分を発見することができ、おかげで今の私がいる。
彼女に出会う前の私にくらべて、どれだけ意識の在り方が変化したことだろう。

最後に会ったのは2010年の秋。
広島に移住した年に、店を休んで東京に会いにいった。
「広島で夫と2人、猫2匹とのんびり店を出している」と近況報告したら、それは良かった、と笑ってたっけ。

本当にマンガラは私の人生にとって大きい存在だった。
私も彼女のように、本質そのままを伝えられるように、あるがままをシェアできるようになれるといいな、と心から思う。


死にゆく人は、いつも大きなギフトを届けてくれる。
親しい人が肉体を離れるたび、私は成長させてもらってると思う。

彼女が肉体を離れたのを知ったとき、泣かないの〜とハグしてくれたとき、
実は、2〜3の個人的なメッセージを届けてくれた。

その瞬間、何かが私の中で自動的に解放され、手放された感じがあった。

そのときには何が起きたかわからなかった。
ただ、最近になって感じているのは、セッションのときカードを見ていつものように口を開けると、以前には表出したことのない言葉や表現が現れるようになっている。

何かが解放され、カード一枚一枚のエネルギーに対して、以前より自由な認識と拡がりが出てきたらしい。
「え、そんな読み方するの?」と私自身が驚くような新しい発見が毎日のように現れてきている感じ。

知らないうちにカードのエネルギーに枠というか制限を設けていたのが、一気に解放されて360度の自由度でリーディングしてる感じで、果てしなく面白い。
それは私にとって大きな変化だし、また少し成長したということだろう。
素晴らしいギフトを届けてもらったと思う。


最初に学んだ時点では、頭ではさっぱりわからなかったけど、やってみるとタロットは私にピッタリ合っていたと思う。
そしてそれはマンガラだったからこそ、理論ではなく、タロットの魅力と魔法をダイレクトに伝えてもらえたのだと思っている。

そういえば、一番最初に「タロットってどんなものだろう」とマンガラのセッションを受けたとき。
彼女の第一声が「あなたはタロットリーダーになる可能性があることを覚えておいてください」だった。
その当時は「そのリーダーってどんな機械なんだろう?」くらいに思ってたのだけど、言葉としては不思議と覚えてた。
そしていつの間にか、タロットリーダーになってる私がいて。

先日ちょうど「マンガラのエッセンスを味わいたいから」と、セッションに来られた方がいました。
その後、メールが届きました。
「あゆたやさんを通じ、マンガラのタロットや数秘に触れる機会をいただいて感慨深いです。肉体を離れてなお出会いや繋がりをもたらすマンガラという人の愛の深さに感銘を受けます」と。

ほんとうに。私もマンガラに出会えたのは大きなことだったので、その歓びをセッションという形でシェアできるのは嬉しいことだと、あらためて思いました。


そう、いつもマンガラとハグすると、ちょっと独特な感じがあったのを思い出す。
ボディの感触が、肉体というより、もっと密度が薄くて軽くてふわっとしてる。シフォンケーキのような。
彼女とハグすると、独特の軽みに包まれて自動的に優しい気分にさせてくれるのだ。

それが、今もときおり、そのマンガラの感触にふわっと突然抱かれるときがある。
「その感じでOK、GOOD」と言われてる感じ。

それは別にタロットをやってる時ではなく。
朝の光に包まれているとき、陽射しのぬくもりにほっこりしてるとき、何かとても心地よく、充ちているとき。
「そう、あなたはその場所にいるだけでOKなのよ」と言われてるような。
「そっか、”ここ”にいればOKなのね」とニッコリする私。

肉体を離れてなお、やさしい関わりを持つことができ、大切なことを教えてくれている。

これからもマンガラから伝えられたことを大切にし、私の内面で育み、時間と流れのなかで、必要な動きと発展性をもって自分なりの形で世界にシェアしていこうと思う。
それが一番マンガラに喜んでもらえると思うから。
マンガラ、本当に本当にありがとう。
感謝をもって、先に進んでいきますね。
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