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「色川」の思い出 〜前編〜
このまえの時間をはずした日は、土用の丑の日でした。
ネット上でもウナギの話が数多くあがっていて。
どんだけ日本人はウナギとコミットしているのだ。としみじみ感銘を受けました。

そして今日は、私も遅ればせながらウナギの話を。
というより、浅草の鰻屋さん「色川」の大将のお話を。

この前の「天然ウナギ」の記事でも言及しましたが、
私は東京にいる頃、ウナギと言えば浅草の「色川」まで出かけてました。
でも広島に来てからは、たしか311前に一度食べたきり。
以来、なかなか都合もつかず行けてません。

それが先日、東京出張の際にふと「久しぶりに色川の大将に会いたいなあ」と思い立ち。
ちょこっとネットで調べてみたら…
なんと、大将は2014年に他界されたとのこと。
今は女性2人で(おそらく奥様やご親族でしょうね)お店の味を守っておられるそうです。

そうだったのか…いつの間にか、この世から卒業されていたなんて。
まだまだ先だと思ってたけど、気が早い江戸っ子らしいなあ。とも思う。

なんとなく、大将のいない色川に入る気持ちの準備ができなくて。
結局、東京滞在中は行きませんでした。

というわけで。
そんなこんなの中、哀悼の意にかえて、色川の大将との思い出を書いてみたくなった次第。
おそらく長いぞ(笑)。



色川の大将との出会いは、取材依頼がきっかけでした。

当時の私は雑誌のライターをしていて、それはそれは忙しい仕事でした。
いつも何本もの締め切りに追われています。
その原稿書きの合間をぬって、編集者と打ち合わせ、企画に沿ったアポイントをとり、取材をこなします。

なので、食べ物やエリア特集などで何軒もの店取材が必要な場合、行ったことのない店には電話で取材をお願いし、当日初めて体験する…というケースがほとんど。

取材がきっかけで知らないスポットや人物に出会えるのは、この仕事の醍醐味でもありますが、
同時に「できれば自分が予めその良さを体験して、納得の上で紹介したいよな〜」という理想もあって。
でも、この業界のスピードからしたら、そんなことはまさに理想でしかなく。
毎日とにかく夢中で、目先のことをこなしながら駆け抜けていたわけです。

そしてある時、浅草特集だったかな。クチコミで(当時はネットではなく本当にクチコミです(笑))美味しそうな色川をリストアップして。
編集からOKが出たので、さっそく依頼の電話をかけたのでした。

「はい?」
「あの、雑誌〇〇ですが、今回の浅草特集で色川さんをご紹介したいと思いまして…」
「ふーん。いいけどさ、あなたはウチに来たことある?」
「えっと、あの、すみません、まだ伺ったことがなくて(汗)」
「ああ、じゃあさ、とにかく一回ウチに来てよ。取材は全然いいんだけどさ、まずは来てもらってからじゃないとわかんないでしょ?うんうん、じゃあね(カチャン)」

「…」
私は、電話が終わったあと、しばらく動けずにいました。
うまく説明できませんが、そっけないのに不思議にあたたかい何かを感じたからです。
そして(なんとかして行けないかな…)と思いを巡らせてる自分がいました。

ちなみに普段だったらコレ、取材を諦めるケースです。
何と言っても、締め切りが目前に迫ってますから。

ライター同様に編集部も時間に追われてるので、特に週刊誌など、企画自体あがってくるのがギリギリです(きっとどこの業界もそんな感じでしょうね〜)。

なのに発行日は絶対。締め切りだけは決まっていて、その間に担当カメラマンと私の空いてる日程を調整し、こちらの都合にできるだけご配慮いただいた日に取材を敢行するわけです。

逆に言うと、いくら紹介したいスポットでも、締め切りに取材が間に合わないなら諦める場合も少なくありません。

大将が言ったのは「取材はいいけど、まずは来てみてね」という、至極真っ当な話です。

でも現実問題、1日は24時間しかなく、締め切りまぎわの記事のために2度訪問する時間を費やす…というのは、当時の状況においてはかなり難しいことでした。

なんだけど、どうしても気になって。
結局は無理矢理にスケジュール調整して(2晩くらい徹夜する感じに詰めて)、まずはお客さんとして食べに行ったのでした。

どうしてそんなに気になったのか、自分でも不思議だったけど。
今思えば、大将は素のままの自然体で電話に対応してくれたのだと。
そこに潔いほどの誠実さを感じたのだと思います。

私たちは社会生活を送るとき、意識的無意識的関わらず、多くの場合、何らかの「仮面」をかぶって対応します(専門用語ではペルソナっていうみたい)。
「私は社会に対して、こういう人だと見てもらいたい」とか、あるいは
「社会に対して、こんな風にしていれば安全だろう」という仮面。
それがどういう表現であったとしてもね。
常識的な社交辞令のフレーズを言い回すのも仮面。
豪放磊落な明るいムードを出すのも、優しさを出すのも仮面。

んー、「仮面」だと語弊があるとしたら、お化粧する感じ?
お化粧やファッションと同じように、その”人格”を身にまとって外出する。

たとえば私だと、お仕事してる時は、家にいる時より「やさしい人」的なペルソナをつけてると思うなあ。意識して頑張ってるわけじゃないけど、自然にそうなってる。

私はかなり裏表がないほうだと自分でも思ってるのですが(結構ジマンの領域です!)、それでもやっぱり、こうして振り返ってみると、家にいる時とはちょっと違うと思う。

でもそれは社会に出るときの、私たちが教えられてきた普通な在り方です。
スッピン、素っ裸、家のパジャマのまんまで社会に出てくる人は少ないと思います。
(あっ、私は化粧しませんが(笑)。でも流石にハダカでは外出しません(笑))

取材依頼の電話口ではなおさらです。私を含め、ほとんどの方は仮面をつけています。
なのに、大将は素っ裸だったの。そのスッピンぷりが際立っていたとでもいうか(笑)。
ある日突如、気持ちよさそうに街中をハダカで歩いてる人と出会ったような、不思議な気持ちになったのだと思います。

仮面をはずした人を前にすると、なぜかこちらの仮面もはずれます。
忙しさに振り回されている私を、ハッと我に返らせてくれたような。
「ほんとそうだよ、そうだった、まずは行ってみないとね」
と、さっそくスケジュールをやりくりし、色川を訪れたのでした。

うーん、ここまで、色川の思い出というより、ライター時代の思い出になってるなあ。
ようやくここからか。どうやら長くなりそうなので、前後編に分けることにしました。
今日はここまで〜!
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