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「色川」の思い出 〜後編〜
「色川」は6代続く、由緒ある老舗の鰻屋さん。
ランチ時、店の外には行列ができ、ウナギを焼く香ばしい匂いにお腹を空かせながらしばし待ちます。

カウンター越しに見る大将は、いかにも江戸っ子の雰囲気ムンムン。
炭火で焼きつつ、煤けた白いウナギ用の団扇をハタハタさせながら、仏頂面、いや真剣な顔で、ウナギに向き合ってます。
出てきたうな重、当然美味くないわけがない!

食べ終わってから、このまえ取材依頼した者です、と伝えました。
「美味しかったです!大将がまずは来てみて、と言われた意味がよーくわかりました(笑)」
仏頂面がニヤリと笑う。
「何だよお、人が悪ィな。こっそり黙って食ってるたぁ(笑)」

そして、いろんな話に花が咲き。
以来「浅草特集」だの「ウナギ特集」だの、事あるごとにいろんな取材をお願いさせていただくようになりました。


一言で、大将を会ったことのない人に説明するとしたら
「天然記念物に指定してもいいほど生粋の江戸っ子」です。

私は東京に住んでいながら、それまで時代劇や落語の中でしか「江戸っ子」に会ったことがありませんでした。
それが、大将を目の当たりにしてからは
「ああ、江戸時代のこの辺には、こういう人がいっぱいいたのかなあ」
と、ものすごーくリアルに感じ、より時代小説や落語が立体的に味わえるようになりました(笑)。

きっぷがよくて、気が早くてケンカっぱやくて、三社祭が人生一番の生きがい…とか、そういうスペックも、当然ベタなくらい「江戸っ子」です。

でも、説明としてはそうなるけど、私が当時いちばん鮮烈に感銘をうけたのは、

自分にとって何が大切なのかがわかっていて、それが一切揺るがない。
という点です。

仕事に振り回されがちだった当時、大将に出会えたのは本当に幸運でした。
自分自身にとって、いったい何が大切なのか。
それを思い出させてくれたような、我に返らせてくれたような。

己に対して誠実であるとはどういうことか、を見せてもらったような。

もちろん大将だって人間だから、弱い部分はいっぱいあったと思う。
でも私が接していた面、仕事に関する意志は確実に強く、揺るがない。

たとえば、最初に取材したときのこと。
カメラマンに撮影してもらう際に、
「どうすんの、うな重のアップ撮るの?お椀や香の物も入れるの?」
「はい、お椀もお願いします」
「蓋するの?」
「はい、蓋します」

そこで普通の店だったら、蓋するんだから、空のお椀を持って来てくださる場合が多い。
だけど、大将は言いました。

「そうか、じゃあお前、こっちきて見てろよ。いいな、これお椀な。ちゃんと見てるか?」
「はい」
「いいか、そら、中身を入れるぞ…ほうら、入った。いいか、見たな、蓋するぞ…これをここに置く、と。さあ撮れ」

大将は、お椀の中身が入ってるか入ってないか、たとえ目には見えなくても、それをカメラマンがちゃんと知って感じているかどうかが、撮影の質に影響することを知っているのだ。
その微妙な差へのこだわりと姿勢。

あるいは、個人的に食べにいったある時。
あまりの旨さにしみじみ感動し、カウンター越しについつい
「もうっ、なんで大将のウナギはこんなに美味しいの〜っ?」
と、感嘆詞と同じ感覚で大きな声を出したことがあります(笑)。

私としては感嘆詞レベルなので、まさかキチンと返事が戻ってくるとは思ってませんでした。でも、ちゃんと丁寧に応えてくれたのです。

「んー、俺にとって、これは勝負なんだよな(ニヤリ)」

「…勝負?」
「うん、俺ァやっぱ”こーゆーの”好きだろ?(と、ここでシュッシュッと、シャドーボクシング風パフォーマンス。「こーゆーの」イコール喧嘩とか闘いとかってことだと思う)何でも勝負がいいんだよなあ。すると気合が入る」
「はあ」
「まずは誰よりも早く起きて、築地まで自転車こいで、その日のいちばんいいウナギを全部掻っさらって来る。
選ぶのを卸の奴に任せたり、店まで持ってきてもらうようじゃダメだ。適当なの持って来るからな。
最近のやつはウナギの良し悪しも分からねえ。だから俺が全部さらってやるんだよ。カカカ」
「そんでもって、今度は仕込みな。丁寧にさばいて、くし打って、蒸して。その間、ずーっと「絶対勝ってやる!」と思ってる」
「で、開店だ。客が入って来るだろ。今か今かと待ってるだろ。俺ァ、炭で焼いて、煙まわして、いよいよ勝負の時が近い。この間もずーっと「勝負だ、勝ってやる!」って思ってんだよ」
「ははぁ…」
「で、焼きあがって、飯敷いて、のせて、蓋して、「はいよ、お待ちどう!」とお客さんに差し出す。そんで、お客さんが蓋を開けて…「勝負あり!」だ(ニヤリ)」

細かい言葉の言い回しはさておき、この会話は昨日のように覚えてる。

まさか、こんなに全力で朝から勝負ふっかけられていたとは。
そんなの、最初っから客に勝ち目はなく「美味い!」と言っちゃう手以外は残されてないでしょう(笑)

…と、そんな感じの人でした。
他にもいろいろ「思い出」となると、書きたいことはいっぱいある。

三社祭の神輿は「絶対にハナをとる」のが彼の矜持。
ハナというのは、お神輿を担ぐにあたって、担ぎ棒の一番メインの場所らしく。
その場所を、祭が最高潮に盛り上がったタイミングで誰がとるか…というのが、大将的にはこれまた「勝負」のようで。

あまりのハナに対する執念から、大将は「ハナ=87」という数字が好き。
店の電話番号にも87が入ってます。1187。イイハナ。

そして浅草寺の除夜の鐘。
大晦日、近隣の檀家さん?が一回づつ鐘をつくらしいのですが、その順番をクジ引きで決めるのだそうです。
で、大将は87番がいいので、くじを引く時に

「87、87、87、ハチジュウナナ〜〜〜っっ!!」
(と、くじを引くときの気合の入れようを、実際に目の前で再現してくれます。それはもう凄いです。昔あったマンガ、北斗の拳の主人公ばりです)

と、気合を入れて引くからか「そんで毎年、87番を引くんだよ」という。
除夜の鐘、毎年87番目。
「壁にかけてあるのは全部それな。「浅草の七不思議」なんだよ」
たしかに、当時壁には「八十七番」と書かれた短冊が何枚も飾られてました。

こればっかりは、にわかには信じがたく。
きっと住職さんやお寺のクジ係の人が、気合に負けて87番にしてあげたくて、なんか細工してるんじゃないの?とか思ってましたが。
でも半分は「あの気合なら、あり得るな」と思ってしまうこと自体がもう魔法。
なので、今思えば、やっぱり七不思議なのだろうと。

とかなんとか思い出話、いろいろ書いてしまいました。
長くなったけど、これは私の色川の大将へのオマージュでもあり。
他界したことを知って以来、何となくずっとこれを書きたかったのだと思います(書いてみて、ようやく気づいた)。

もう大将の「勝負のうな重」がいただけないのは残念だけど、
こんな人と出会えたことに心から感謝します。

素っ裸で、誠実で、いつでも真剣、いつでも本番。
それを体現していた大将を見ているだけで、毎回元気をもらえました。

「いつでも真剣勝負」の情熱、私も見習いたいと思ってます。
本当にありがとうございました。

追伸。
書き終えてから知ったネット情報を。
大将は2014年の3月24日に他界されましたが、
亡くなる前日まで普通に仕事をしていて、終わった後に「具合が悪い」と救急車を呼んで、
翌日にこの世を卒業されたとのこと。
ほんとに、最後まで粋な江戸っ子でしたね。
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